77話 自覚寸前のそれ
しばらくしてアルマンは本当に絵のうまい住人を連れてきた。
いくらかの問答のあと、抵抗を諦めたプラティナは祈りのポーズをスケッチされる羽目になったのだった。
それから数年後。
この集落は薬草の名産地として名を馳せるようになる。
清らかな水が育てた薬草は、他で育ったものよりも効果が高く長持ちするのだという。
またこの集落では美しい青銅色の鉱石の採掘が盛んで、それを使ったアクセサリーが貴婦人に大人気だった。
だがそんな集落の名物はこんこんと湧く清らかな水でも青銅色に染まった石壁でもなく、それを守るように祈りを捧げる聖女の像であった。
「それではどうぞお気をつけて」
「アルマンさんもどうぞお元気で」
明朝、一夜を集落ですごしたプラティナたちは別れを惜しむアルマンたち集落の人々に別れを告げた。
昨夜話し合いをして馬やロバを借りることはせず徒歩で進むと決めたので身軽なものだ。
集落の人に迷惑をかける可能性を避けたかったのもあるし、下手にプラティナだけを馬に乗せていたら目立つというアイゼンの判断だった。
荷物は可能な限り収納袋に詰め込み、ヘイリー装具店で買った山登りに相応しい装備に着替えて、街道ではなく山道に入る。
斜面はきつかったが滑り止めのついた靴のおかげで、そこまで苦労せず進むことができた。
不思議なことにほぼ装備を変えていないノースが一番身軽で、彼はアンバーとともにひょいひょいと先へと進んでは状況を確認して歩きやすい道を教えてくれるので、行路もかなり順調だ。
「この調子なら予定より早く山を越えられそうです。このあたりで少し休みましょう」
地図を確認していたクルトが嬉しそうに声をかけてきた。
山の中腹まできたところで木々に囲まれた岩場になだらかな場所を見つけたので、少し身体を休めることにする。
岩に腰掛け水を飲むと生き返ったような気持ちだ。
「このルートは前にも使ったことがあるんですが、こんなにも進みやすいのははじめてです」
「そうだな……普段はもっと時間がかかるし、こんなに路面がいいのもはじめてかもしれん」
「先行してくれている彼の指示が的確なのもあるのだろう」
ゴルドたちは驚いた様子で語り合っていた。
確かに想像していたほど過酷な山道という雰囲気ではない。大変なのは斜度だけで、進みたい方向には雑草や木々は少なく、地面も乾いている。
「……まるで山があなた方を受けて入れているようだ」
「そんなことがあるんですか?」
まさかとゴルドの方を見れば彼は静かに頷いた。
「我々は龍と同じだけ自然を信仰しております。時に彼らは我々に手を貸してくれるのです。今のように」
この先に進むべき道を見つめながらプラティナは目をこらす。
確かにまるでこちらにおいでと言われているかのように開けている。
「くだらんな。自然が人間に手を貸すというなら、何故先ほどの集落のようなことが起きた?」
「アイゼン!」
「事実だろう。あれは自然がもたらした病だ」
「…………そうですね。自然は人の味方ではありません」
ゴルドは立ち上がると近くにあった樹木に手を添えた。
「ですが敵でもありません。彼らの意志は我々とは違う価値観を持っている。大地に眠る龍が苦しんでいるのを感じた彼らが彼女を招いている可能性は充分にあるでしょう」
「詭弁だな」
アイゼンはそう言い捨てると立ち上がり足の埃を払った。
そしてプラティナに手を貸し、立ち上がらせてくれる。
「俺の第一優先事項はプラティナの安全だ。感慨に浸るのは自由だが、現実的な考えで動いてくれ」
「もう、アイゼン!」
「君もだ。いくら健康になったからと言って無理はするな。様子がおかしいと感じたらすぐに言え。いいな」
最初の時と何も変わらず過保護なアイゼンの態度にプラティナは頬を膨らます。
身体はすっかり健康だし身体の中にある呪いはほとんど動いていない。
もう迷惑をかけることはないと証明したいのに、ずっと子ども扱いだ。
(私は子どもじゃないのに)
アイゼンの態度が変わらないことが急に気になってきた。
彼に取ってみれば何も知らないプラティナは子どもで保護対象でしかないのだろうということが、とても嫌だと思う。
(何なんだろう、この気持ち)
自分の感情に名前をつけられないでいると、先を見に行っていたノースが戻ってきて安全なルートを確認したと告げてきた。
ならばとクルトが山頂を指さす。
「日暮れまでには山頂を超えられるでしょう。僕たちが山越えの時に使う小屋がありますから、そこを使いましょう」
「じゃ、場所だけ教えてくれる? 先に行って危険がないか調べとくよ」
「頼む。アンバー、そいつに同行しろ。お前がいればすぐに火がおこせる」
『わかった! プラティナ、もし困ったことがあったら呼んでね。すぐ飛んでくるから』
アンバーは甘えるようにプラティナの肩にとまり頬を擦り付けてからノースと共に山頂に向かっていった。
それを見ていたゴルドが歩きながら近づいてくる。
「あのドラゴンは喋るのだね。あんなに小型なのにずいぶんと知性が高いようだ」
「ええ。アンバーはちょっと特別なんです」
実はもっと大きな姿になれるとは言わず誤魔化せば、ゴルドは目を細めてアンバーたちが進んでいった先を見つめる。
先ほど言われたとおり不思議なほどに歩きやすい道が続いていた。
「君の母であるクリスタのことを少し話してもいいかな?」
「あ……」
思わず足を止めそうになると、ゴルドは「歩きながら聞いてくれ」と首を振った。
周りを見れば全員がなんとなく距離を取って歩いてくれている。
先頭を進むアイゼンも振り向かない。
「はい」
「……クリスタは私の末の娘だった。生まれた時から強い力を持っていたあの子は、龍に選ばれ巫子になったのだ」
「龍に? そんなことがあるのですか」
「ああ。聖地であの子だけが龍と対話ができた。なので私は父ではなく草の民としてあの子に接していたのだ。今となって思えば、もっと父子として交流すべきだったと後悔しているよ」
これまでにも龍と意志を交わせる巫子は生まれてきたことがあったのだという。
だがクリスタほどはっきりとした交流ができた者はいなかった。
復活がちかいことを悟った草の民は喜んだという。
「そして二十年ほど前、聖地に巡礼にきていた先代国王……当時はまだ王太子だった君の父上とクリスタは出会ったんだ」
「お父様も巡礼を?」
「ああ。まるで龍の導きだと思ったよ。我らは王族とはあまりかかわらないようにしていたからね」
龍の復活が近いことを知ったプラティナの父は、国として備えなければならないと決意し、巫子であるクリスタに求婚したという。
クリスタはそれを受け入れ、とある貴族の養女となり王家に嫁いだ。
「そして君が生まれたんだ、プラティナ」
「そうだったのですね」
両親の結婚秘話を聞かされプラティナはなんともいえない気持ちになっていた。
龍のため、国のために結婚した二人。
その間に生まれた自分には何ができるのだろう。
「志をもって結婚したお父様とお母様の意志を私も守らないといけませんね」
そう口にするとゴルドは何故か驚いたように目を丸くした。
「プラティナ。勘違いさせたのなら謝る」
「何を、ですか?」
「クリスタと君の父は確かにお互いの使命をわかっていた。だが、ちゃんと二人は想いあっていたんだよ」
想いあうと口の中で反芻したプラティナにゴルドは優しい眼差しを向けた。
「最初、二人はあまり仲がよくなくてね。高貴な身の上である王太子と、自由気ままに育った草の民の巫子だ。だが意見を交わすうちに心を通わせお互いを好ましく想うようになったと聞かされた。だからこそ二人は結婚という形を選んだんだ。巫子として傍に仕える道だってあったんだよ」
「じゃあ、二人は」
「正真正銘、愛しあった夫婦だった」
「あ、愛」
じわりと頬が熱を持った。
両親が義務や目的だけで結婚していなかったことが知れて嬉しいのと同時に、男女の間にそう言った感情が芽生えるという事実を急に教えられた気分だった。
婚約者であったツィンのことは嫌いではなかったが、そういう意味で好きと思えたことはない。
(いつか私もそんな人と巡り会う日が来るのかしら)
そう考えた瞬間、視線が自然とアイゼンの背中を向いていた。
プラティナの世界を変え、ここまで連れてきてくれた、男の人。
もし誰かの手を取るのだとしたら。
「……! ……!!」
「どうした? 顔が赤いが」
「えっ、いえ、何でもないです」
慌ててアイゼンの背中から視線を剥がし、ゴルドに向かって手を振る。
(何を考えてるの私。アイゼンは私を心配してついてきてくれてるだけなのに)
感謝してもしきれないほど世話になり続けている。
至らず倒れてばかりのプラティナをずっと支えてくれたアイゼン。
彼の態度は親が子を世話するようなものそのもので、プラティナを女性として意識しているとは到底思えないのに。
(いや、意識とかそういうのを考えるのがおこがましいのであって)
頭の中がぐるぐるしてきた。
ラナルトのギルドで彼が受付嬢に誘われた時、酷く不愉快だったのを思い出す。
呪いのことがわかった時、連れて逃げてやると言われた時涙が出るほど嬉しかったことも。
(私、どうしたの)
混乱から逃げるように一心に足を動かしていると、ばすんと柔らかい何かに身体がめり込んだ。
顔を上げればそれはアイゼンの背中で。
「ご、ごめんなさい」
「おい、急に下がるな。危ない!」
「きゃっ!」
咄嗟に後ろに踏み出した一歩のせいで身体が傾き倒れそうになるが、アイゼンが手を伸ばし抱き留めてくれた。
そのままひょいと抱え上げられ、プラティナはか細い悲鳴を上げる。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫ですから降ろしてください」
「こら、暴れるな。もう先は見えてるからこのまま運んでやる。じっとしてろ」
「えええっ」
当たり前のように歩き出したアイゼンにぎゅっと抱きしめられ、プラティナは情けなく呻く。
これまで何度もこうやって抱きかかえられていたのに、どうしてこんなに胸がざわめくのか。
落ち着かないどころではない。心臓がうるさい。でも離れたくもない。
そんな葛藤に悶え苦しんでいると、アイゼンの言葉通り急に視界が開けた。
「わ……」
木々が途切れたことで真上に空が広がった。
日暮れが近いのか、わずかにオレンジ色に染まっている。
山のほぼ中央に登ったことで、ラナルトの港町が見下ろせた。
下ってきた運河も見える。
そして山の反対側には、見たこともない景色が広がっていた。
「あれが、砂漠」
これまで昇ってきたのとは逆の斜面は下に行くにつれ木々が減り岩が剥き出しになっていた。
その先の地面は延々と続く砂地になっている。
風が吹く度に砂が舞い上がり、まるで薄いベールのように揺れている
砂漠をじっと見ていると、奥の方に白い何かが見えた。建物ともよべない小さな建造物が点在している。
「白く見えるのが我らの神殿です。龍が眠る最後の聖地」
「あれが……」
ゴルドが指さした先を見つめ、プラティナはごくりと唾を飲み込んだ。
ようやく辿り着いた最後の聖地。
そこで祈りを捧げれば巡礼は終わる。
(でも終わりじゃない)
巡礼を終えたあとに待つもうひとつの試練を思い浮かべながら、プラティナは両手をきつく握り合せたのだった。





