幕間 女王の苛立ち
ご無沙汰してます。書籍2巻発売中です。
「は? 失敗したと?」
真っ青な顔をした神殿長を見つめ、レーガは苛立たしげに眉を寄せた。
「息子に責任を取らせろと言ったのを忘れたのか?」
「それが……港町でプラティナ様を見つけたそうなのですが、護衛の騎士に追い返されたと」
「何……?」
レーガの眉間の皺が一層深くなる。
「護衛の騎士とは、アレの近衛だった男か? 隷属の呪いをかけていたのではなかったのか」
隷属の呪いはこの王宮に働く者たちの殆どに施している。
特に命を守らせる護衛の騎士には契約書を用いた強い呪いをかけてあるので、長く勤めれば勤めるほどに己の意志すら希薄になるのが当然だ。
(プラティナが解呪をしたか。あれほど力を奪っておいたのに、まだそんな力があったとは)
レーガは思い切り拳を握りしめる。
「ウェルディ。その騎士の身元は? 家族がいるのなら連れてこい」
控えていた宰相のヴェルディに呼びかければ、虚ろな灰色の瞳がこちらを向いた。
「残念ながら陛下。その騎士は元は流れの傭兵です。家族はおらず、師もいない根無し草でございます」
「何故そのような首輪のない男を護衛にしたのだ!!」
「その者は脱走しようとして囚われたのです。メディ様が処分にはちょうどよいと」
「メディか。まったく余計なことをする娘じゃ!!役立たずが!!」
舌打ちしたレーガは頭を振った。
地下牢に閉じ込めたメディはレーガがこの国の国王との間に設けた娘だ。
国王を籠絡するのに子どもがいた方が良いだろうと思って作ってみたが、ここまで身勝手に育つとは想定外だった。
(やはりゴミの子はゴミということか。プラティナ同様に閉じ込めておくべきじゃった)
あまりにも簡単にこの国を乗っ取れてしまったせいで油断していたとレーガは自分の失態に腹を立てる。
(プラティナを取り逃がし力は減る一方。早く連れ戻さなければ……)
わずかに老いの色が見え始めた己の手を見つめ、レーガは赤く塗った唇に歯を立てる。
レーガの本性は数百年を生きた魔女だ。
何度となく新しい身体に魂を移し替えて生きてきた。
このシャンデという国に辿り着いたとき、レーガは感動した。
『なんてつよい魔力を秘めた肥沃な土地だろう!!』
この国の地下にはとても強い魔力を秘めた龍が眠っていた。
だが王族をはじめ国民の誰もがそれを知らない様子で、潤沢な魔力を活用することもなく平々凡々と生きているのが、なんとも間抜けに見えたものだ。
『コソコソと隠れて暮らすのも飽きたし、この国を妾のものにするのも悪くない』
国に流れる魔力を吸い上げる魔法をかけ、手っ取り早く国王夫妻に近づき、側室の座に納まった。
そして王妃となり、じわじわとこの国の魔力を吸い上げ周囲を洗脳していった。
国王がようやく死んだ時には快哉を上げたものだ。
その時には既に国の中枢の殆どはレーガの支配下にあったのだから。
(王女であったプラティナが聖女としての素質を秘めていたのは幸運だと思ったが、やはり始末しておくべきだったか? いや、あの娘の魔力を見逃す手はない。連れ戻して利用するべきだ)
国王夫妻の娘であり正当な王位継承者のプラティナ。
もし聖女でなければとっくに始末していただろう。
しかしプラティナはなんの因果か、これまでレーガが出会った何者よりも巨大な力を持った聖女だった。
みすみす殺すには惜しいと思い、神殿に閉じ込めその力を奪い続けることにした。
下手に自我を持ち反旗を翻さぬように、自由を奪い、対人関係を制限し、神殿の奥底にその身を隠し続けた。
『その身を捧げ国を守るために祈りを捧げる聖王女』という肩書きも便利がよかった。
国民たちは姿の見えない聖女という存在を信仰することで、レーガからの圧政への不満を癒やしたのだから。
(なのに逃げられるとは。メディを甘やかしたツケがまわったということか)
レーガの娘であり次の肉体として育てたメディ。
邪悪な魂を持っていた方が肉体を乗っ取りやすいのを考え好きにさせていたが、つけあがりすぎて聖女の座まで欲しがるようになってしまった。
「貴様の息子は本当に無能だわ!! 妾の計画通りプラティナの婚約者として大人しく振る舞っておけば、次期神殿長にしてやったものを!」
「愚息が……まことに申し訳なく……」
「まったくだ。誰がお前を神殿長にしてやったと思っている!!」
びくびくと身体を小さくする神殿長にレーガは目を細める。
レーガがこの男に目を付けたのは、一番野心を秘めているように思えたからだ。
強い隷属の呪いを聖属性の持ち主にかけるのは骨が折れる。
自らの意志でレーガに従う存在が欲しかった。
そこで神殿を訪れたレーガはこの男に目を付けたのだ。
聖属性の魔力は充分に秘めていたものの、貴族階級の出身ではないことで上級神官になれずくすぶっていた男に取引を持ちかけたのだ。
『プラティナを神殿に閉じ込めておくことに協力すれば、お前をとりたててやろう』
そうしてレーガは神殿長というコマを手に入れた。
ある程度、手を染めたさせたところで逆らえば家族を殺すと脅し、プラティナを半永久的に神殿に囲うため息子とも婚約をさせた。
「簡単にメディごときに誘惑されるなど……目先の欲に流されやすいのはお前の子らしい」
「……」
神殿長は悔しげに顔を伏せるが反論してくることはない。
当然だろう。
長きに渡りレーガに仕えてきた神殿長は逆らえばどうなるかを知っているのだから。
「今の地位と命が惜しければ、プラティナを連れ戻すまでにお前の息子をしつけなおしておけ。次はない。」
「承知しました!」
「ヴェルディ。メディは今どうしている?」
「陛下のご命令通り、メディ殿下はまだ地下牢におります」
「しばらくそのままにしておけ。くれぐれも顔や身体に傷を付けるではないぞ。あれはそのうち使う予定じゃ」
「承知しました」
ヴェルディは大人しく頭を下げた。
その仕草にレーガは満足げに頷く。
(この男が私の支配下にある限り、多少の混乱はどうにでもできる)
宰相であるヴェルディはもともとは国王の右腕であり、当時からこの国の政治を実質的に仕切っている有能な男だ。
ヴェルディは元はプラティナの母親の従者だったらしく、彼女が死んで打ちひしがれていたところにつけ込み、その心に呪いの種を打ち込んだ。
国王が死んだ時にはもう完全にレーガの支配下におり、彼を使いレーガは女王の座を手に入れた。
そしてプラティナを聖女として神殿に閉じ込め、その力を半永久的に奪い続ける仕組みを完成させたのだ。
プラティナが持つ聖女の魔力とこの大地に眠るつよい魔力を使い、レーガは国を掌握し続けてきた。
(妾が国を離れたりしなければ)
普段、国際会議には代理を立てていたのに何故か今回に限ってはレーガの出席を求められた。
シャンデがあまりにも力を持ち始めたため、周辺諸国が警戒したせいだった。
豊かになりすぎるのも考えものだと思った矢先、プラティナとの繋がりが急に薄まったのだ。同時に土地に打ち込んでいた楔まで消えてしまった。
慌てて帰ってきてみれば、プラティナは余命わずかだからという理由で神殿から連れ出されたあげく、聖地の巡礼という死出の旅に出されたあとだった。
「ヴェルディ。妾の犬から優秀なものを選び、プラティナを追わせるのだ! 命さえあれば魔力は引き出せる! 手段を選ぶな!」
「……承知しました」
重々しく頷いたヴェルディが部屋からでいてくのを見送りながらレーガは爪を噛む。
レーガの中に残された魔力は尽きる寸前だ。
せめて大地から吸い上げる魔力だけでも取り戻せればいいのに、肝心の楔の気配さえない。
だというのに大地の魔力を誰かが使っているのだけは感じる。
「ええい、憎々しい。この国の魔力は全て妾のものじゃ……!」
せっかく手に入れた女王という地位は絶対に手放すものかと唸りながら、レーガは窓の外を睨み付けたのだった。





