60話 彼らの逆鱗
急いでギルドに戻ると、既に通信魔法で依頼の受理を知らされていたらしい職員が、アイゼンたちを出むかえてくれた。
受付の時に話した女性の職員ではなく、痩せた男の職員が嬉々とした様子で近づいてきて書類を差し出してくる。
「助かりました。あの依頼は2日前に持ち込まれたモノだったんですが、あまりに急ですし日数が未定ということもあって受けてくれる人がいなかったんですよ」
「あの依頼はアンタが受理を?」
「ええ」
なんでもあの船長はかつてギルド専属の船員だったらしく、職員とも付き合いが古いのだという。
書類にサインをしながら、アイゼンとノースは職員の昔話に耳を傾ける。
腕は確かで人情に厚く多少の無理なら聞いてくれることから、ずいぶんと信頼している相手らしい。
書き終えた書類を職員に手渡しながら、アイゼンはずっと気になっていた質問を職員にぶつけた。
「ところで聞きたいんだが、なぜギルドで保管してやらないんだ?」
隣に立っていたノースが「あ」と声を上げた。アイゼンの疑問の理由に気が付いたらしい。
ギルドは様々な依頼に応える。特殊な素材の買い取りや販売、仲介もその仕事のうちだ。あの船長がどれほどの量の薬草を運んできたかはわからないが、わざわざ倉庫を借りて護衛を雇うような手間をかけるよりも、ギルドに荷物を預けてしまえばよかったのだ。
「こちらも最初はそれを提案したんです。ですが、相手の商人が品をギルドに預けるのは嫌がったんです」
「何故だ? 手数料が惜しいのか?」
「わかりません。あくまで私たちは依頼を受けるだけなので、深くは追求できなくて」
職員も理由が分からないのだろう。首を捻りつつ書類の受理手続きを進めていた。
(薬草の代金はギルドに預けることになっている。つまりギルドを避けているわけではない)
ずいぶんと矛盾の多い依頼だ。そもそも特殊な薬草が欲しいなら、わざわざ船乗りに依頼するのではなく、それそのものをギルドに発注すればいいのに。
「ではこれで受付は完了です。期間は今日の正午から3日後の朝まで。それよりも早く取引が終わった場合は、この受取証にサインをしてもらってください。それをギルドで確認すれば、早期終了になります。日数にかかわらず、依頼料は一定。問題ありませんね」
「ああ。3日過ぎても商人が来なければ薬草はギルドに卸すと言うことで問題ないんだな」
「はい。その時は鍵をこちらまでお持ちください。依頼料は薬草の売買価格から差し引く形で処理しますので」
「わかった」
アイゼンは頷きながら受領書を受け取り懐にしまうと、ノースを伴いギルドを出る。
正午までにはまだ時間があるが、あまりゆっくりはしていられないだろう。
なにを打ち合わせるわけでもなくアイゼンとノースは足早に歩き出す。二人が向かうは市場だ。
人から見れば走ってるような速度でありながらも、その歩調は乱れず息さえ切らさずアイゼンたちはずんずんと進んでいく。
「なぁアイゼン。この依頼、なんか胡散臭くない?」
「お前もそう思うか」
「ギルド嫌いの商人がいるのも事実だけど、流石に不自然だって。受けて大丈夫なの?」
探るようなノースの言葉にアイゼンは肩をすくめる。
危険なことに関わるつもりは無かったが、依頼料の高さに気を取られ厄介な案件に関わってしまった可能性は高い。だが。
「いざとなれば力で解決すればいいだけの話だ」
「うっわ、怖い発言」
そう答えるノースの表情にも好戦的な色が宿っている。
なんだかんだと二人はこれまで実力で問題をねじ伏せるような生き方をしてきた。今回もそうすればいいだけの話だ。
「プラティナには余計なことを言うなよ。あいつは善良すぎる」
「了解。聖女様には心配かけたくないしね」
ヘラッと笑うノースの顔には、隠し切れないプラティナへの好意が滲んで見えた。
アイゼンはその顔に腹の奥からどす黒い何かが湧き上がってくるのを感じながらも、急いで目をそらす。
誰かがプラティナを想う気持ちを咎める権利などないのに。
調子が狂う、と小さく舌打ちしながら歩いて行けば、市場の入り口が見えた。
特に何か騒動が起きている気配がないことにほっと息を吐きながら近づき、プラティナの姿を探す。
「あの石を使えば?」
石とはノースが神殿長の息子から奪った石のことだろう。おそらくは女王が作ったプラティナを発見するためだけの魔道具。
「いや、止めておこう。どんな仕掛けがあるかわからん」
「それもそっか」
「これは砂漠にでも埋めるつもりだ」
そんなことを話ながら市場の中を歩いていると、女性の悲鳴がアイゼンの耳に届いた。
人混みの少し先から聞こえた、覚えのある声に弾かれたように顔を上げた。
ノースも同じ声を拾ったのだろう。目を見開きそちらを凝視している。
地面を蹴るのは二人同時だった。人混みをかき分け、悲鳴が聞こえたところまで一瞬で駆けつける。
「……!」
そこには地面に座り込んだプラティナがいた。
髪の毛は乱れ、額には汗が滲み、頬と目元がうっすらと赤い。
肩で息をしながら、苦しそうに眉を寄せ、汚れた服の土を払っている姿に、心臓がわしづかみにされたように痛んだ。
次いで湧き上がったのは殺意にも等しい怒りだ。
「プラティナ!」
「プラティナちゃん!」
ノースも同じ思いなのだろう。怒気混じりの声が綺麗に重なる。
「え、あ、アイゼン、ノース」
呼ばれて驚いたように顔を上げたプラティナが、ぱちりと大きく瞬いた。
その瞬間、目尻に溜っていた涙がぽろっとこぼれ落ちる。
アイゼンは頭の血管が切れる音を間違いなく聞いた。
「誰だ。言え、殺してやる」
「俺にも教えて。生きるよりつらい目に遭わせてやるから」
「えっ、ちょ、二人ともどうしたんですか」
スカートの土埃を払いながらプラティナが慌てたように立ち上がる。
アイゼンは傍に駆け寄ると、懐から出したハンカチで目元の涙や汗を拭いながら、怪我をしていないかをしげしげと確認した。
ノースに至っては、ぶつぶつと何かをつぶやきながらスカートや靴の汚れを払ってやっている。
「嗚呼、こんなに汚れて……許せない……俺の聖女様に……」
「アンバーはどこだ。まさか捕まったのか?」
「もう! 話を聞いて下さい! なにを勘違いしているんですか!」
「は?」
真っ赤に染まった思考を打ち切ったのは、プラティナの声だった。
毒気を抜かれた気持ちでその顔を見れば恥ずかしそうに頬を染め、珍しく眉を吊り上げている。
「私はあの子たちと遊んでいただけです! アンバーもあそこにいます」
プラティナが指さした先には、数名の子どもと戯れているアンバーの姿があった。
市場の中央にある小さな広場で、子ども達が両手を繋ぎあって大きな円を作りくるくると回っている。
きゃあきゃあと甲高い悲鳴は、先ほど聞こえたプラティナの声とまったく同じ音色で。
「アイゼンたちを待つ間、あの子たちと遊んでてくれないかって頼まれただけです! さっきまで一緒に回ってたんですが、疲れて休んでたんです!」





