59話 約束×独占欲
「待って。えっと、お嬢さん!」
「え?」
プラティナの呼びかけに女の子は驚いたように顔を上げた。
大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、プラティナのことを不思議そうに見上げている。
「急にごめんなさい。私はプラティナで、この子はアンバー。ここには巡礼で立ち寄ったの。さっきのことが気になって追いかけてきたのよ」
まずは安心させるべく、自己紹介をすれば女の子は少し考え込んだ後、ぺこりと小さく腰を折った。
可愛らしいその動きにプラティナは頬を緩める。
「私はメルリといいます。えっと、この少し先の地区に住んで、ます」
「メルリね。よろしく」
「はい……?」
メルリはどうして声をかけられたのかわからないというような顔だ。プラティナとアンバーを見比べながら、不安そうに瞳を揺らしていた。
よくみればずいぶんと痩せており、髪や肌の精彩が欠けていた。何か美味しいものを食べさせてあげたい。そんな庇護欲が胸をくすぐる。
「ええと、その……もしよかったら事情を教えてくれない? お母さんがお熱なのよね?」
お母さん、という単語にメルリの表情が苦しげに歪む。まだ銅貨を握ったままらしい手を震わせ、メルリはぽつりぽつりと事情を語りはじめた。
メルリの父親は漁師で一度漁に出ると数日帰ってこないのが普通らしい。母親は小さな食堂で働いているが、数日前に雨に降られたあと熱を出して寝たっきりになってしまったそうだ。
「お父さんはまだ帰ってこないの。私、どうしたらいいのかわかんなくて」
「それは、心配ね。お母さんの様子は? 食事は取れてるの?」
「あんまり食欲も無いみたい。すぐ元気になるから心配しないで、って言ってる。でも、でも……」
話しているうちに不安が増してきたのだろう。メルリの目元に涙が溜っていくのが見えた。
小さな身体でどんなに怖かったことだろう。
(やっぱり放っておけない)
「そうなのね。あの……私ね、少しだけ特別な力が使えるの。よかったらお母さんを治療させてくれないかな」
「えっ!?」
メルリは勢いよく顔を上げた。その瞳はきらきらと期待で輝いている。
どうやら提案を受け入れてもらえそうだと、プラティナは胸を撫下ろした。
薬を渡すなり薬草を買って渡すだけというのも考えたが、もしメルリの母親が抱えている病気の原因が薬では治せないものだったら、結局は悲しませてしまうことになるかもしれない。
だったら自分で治療をしてしまえばいい。それがプラティナが考えた責任の取り方だった。
「いいのお姉ちゃん!」
「うん」
「嬉しい! あのね、私の家はこっち!」
嬉しくてたまらないのだろう。メルリはプラティナの腕を引っ張るようにして連れて行こうとする。だがプラティナはソレをやんわりと制止しながらメルリの手を自分から握った。
「あのね。私、ここで人を待ってるの。勝手にいなくなったらその人たちが心配するから、それまで少し待っててもらっていい?」
「えっ……今すぐじゃ、駄目なの」
再びメルリの表情が曇った。
プラティナは慌てて首を振る。
「違うわ。私もアンバーもこの町に詳しくないし、待っている人たちも同じなの。行く先がわからないままいなくなったら心配させちゃうから。安心して、すぐに来るはずだから」
「……うん」
納得し切れていないのか、メルリはスカートの裾を握って俯いてしまった。
そんなメルリの顔を、アンバーが興味深げにのぞき込む。
「なんでそんな顔してるの? プラティナは嘘なんて言わないよ。ちょっと待つだけじゃん」
どうやらメルリの態度を、プラティナへの不信の表れだと感じたらしい。
咎めていると言うよりは不思議でたまらないという顔だ。
アンバーの問いかけが気に障ったのか、メルリがぎゅっと顔をしかめた。
「だって、お母さんは苦しんでるんだよ。いますぐよくなってほしいんだもん」
メルリの気持ちは痛いほどに分る。苦しんでいる家族を助けたい、助けて欲しい。そんな思いを全身から発してる彼女にしてみれば、声をかけてきたプラティナは今すぐにでもすがりたい藁のようなものなのだろう。
だが、プラティナもアイゼンとの約束を軽々しく破るわけにはいかない。信じて送り出してくれたのだから、せめて待ち合わせの約束だけでも守りたい。
「ごめんね。でも、私にも大事な人がいるの。その人たちを困らせないためにも、少しだけ待ってて」
「僕も一緒にいるからさ」
「……うん」
しょんぼりと項垂れながらも、メルリはもう一度頷いてくれた。
よかったと安堵したプラティナがメリルの手を握る。
その時だった。
「おい、あんたたち!」
焦りを帯びた誰かの声に、プラティナたちは弾かれたように振り返った。
***
ギルドへ向かう道を歩くアイゼンとノースの間には人間が三人ほどはいるくらいの隙間が空いていた。
誰か見ても同行者だとは思わないだろう。
「そんなに不機嫌になるくらいなら付いていけばよかったじゃん」
「……プラティナの意志を尊重しただけだ」
「青筋浮かべてるくせにぃ。心配じゃないの? 聖女様は超がつく箱入りだよ?」
「黙れ」
ノース言葉にアイゼンが荒れた返事をぶつけた。
よほど苛立っているのか、歩調も乱暴だ。
(心配に決まっているだろう!)
口には出さないだけでアイゼンだってプラティナのことを心配している。
幼少期は王女として育てられ、思春期を神殿でずっと生きてきたプラティナは、子どもだって持っているような常識すら持ち合わせていない。
旅の間、あれこれと説明して実際に目の前でやって見せたりはしたが、思い返せば自分でやらせたことは少なかったかもしれない。
こんなことなら、近くで見守る形でいろいろ経験させておけばよかったと後悔すら感じている。
(いや、でも彼女は余命わずかのはずだったんだ)
そう。プラティナは本来ならば明日をも知れぬ身だった。だから真綿で包むように大事にしてしまっていた。でもソレが今では違うと分った。だから本人が望むように自由にさせてやるべきなのだ。
だが。
「とにかくさっさと受付を済ませて市場に行くぞ」
「べつに二人じゃなくてもよくない? 俺、先に市場に行って聖女様を見守っとくよ」
「駄目だ」
「なんでだよ」
「言っただろう。お前をまだ全面的に信用したわけじゃないとな」
「まだ疑ってんの!?」
「ギルドの意向は理解しているから敵だとは思っていない。だが完全に味方だという確証も無いだろう。おまえとプラティナを二人きりにするのはよほどの緊急事態だけだ」
ノースが嫌そうに顔をしかめ、舌を出した。
「……独占欲の強い男はやだねぇ」
「は? 独占欲だと?」
「だってそうじゃん。今のアンタ、聖女様が自立するのも嫌だし、自分以外を頼るのも嫌だ! ってガキみたいな顔してるぜ。アンタ本当に噂に聞いた冷静沈着な黒騎士さま? そんなに大事なら聖地になんていかずに連れて逃げちゃえばいいのに」
「……」
揶揄いを含んだノースの言葉に、アイゼンが足を止める。
(独占欲? 俺が?)
ぐるぐると頭をまわるノースの言葉に、思考がかき乱されていく。
プラティナのことが大事なのは事実だ。守りたいし庇護してやりたい。いずれ手放すという覚悟だってしてきたはずなのに。
「えっ、もしかして無自覚!? うわ、俺ってやぶへび?」
アイゼンの動揺に気が付いたらしいノースが、ワザとらしくあわあわと口を震わせた。
その動きにすら反応できないアイゼンは、手のひらで顔を覆ったまま天を仰いだ。
「……とにかく、ギルドに行くぞ。気になることもある」
「へいへい。仰せのままに」





