表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/101

07.血の覚醒

ミンコレオとの戦いの決着。

 全身の血液が沸騰しているかのように、体の内側から熱が広がっていく。


 熱くて苦しくて堪らないのに、この時を長い間待ちわびていた。そんな歓喜に震える気持ちも、じわじわと沸き上がってくる。

 例えられない未知の感覚はまるで、ラクジット自身がヒトの括りから別の生き物へ造り代えられていくのではと、恐怖を抱き、震える自分の肩を両手で抱いた。



「あっ、ああっ? わたし、は」


 失いかけた意識を踏み留まらせて、踞って押し潰されそうな程の魔力の渦の中心となっていたラクジットは、身を屈めて腕を伸ばし地面に転がる幻夢を手にした。

 柄を握った瞬間、制御しきれない大量の魔力は濁流となり幻夢へと流れ込む。

 赤紫色の刀身は輝きを増し、輝きに導かれるままラクジットは幻夢を振るった。


 ヴィィ――ン!!


 放たれた魔力の衝撃波は、高い防御力を誇っていた女王の体をいとも簡単に真っ二つとした。

 二つに裂かれた女王の体は、強大な魔力に屈し音もなく塵と化す。

 欠片すら残さずに消滅していく女王を、ラクジットは呆然と見詰めていた。




「漸く、目覚めたか」


 多少介入はしたとはいえ、危機的状況から逃れるためラクジットの防衛本能により目覚めた力。

 一気に覚醒した力はまだ制御しきれてはいないが、概ね目的は達成できた。


「竜王の血」


 消滅していく女王を見上げるラクジットを観察しながら、エルネストは冷静に呟いた。


「死の恐怖より嫌悪感の爆発で目覚めるとは、本当に面白い娘だ」


 竜王の血を目覚めさせるために幾度となく無理難題をやらせて、死の瀬戸際まで追い込んだこともあるのに、恐怖よりも嫌悪感で目覚めるとは。


 何時も想定外のことをしてくれるラクジットは、自身から暴れ出る魔力を魔剣に吸収させ、やり過ごそうとして四苦八苦していた。

 いい案だが、如何に魔王の力を受けた魔剣とはいえ膨大な量の魔力を吸収するのにも限界がある。

 そろそろ、暴走しかける魔力を必死で制御しようと半泣きになっているラクジットへ助け船を出そうかと、魔力を抑制する魔方陣を展開しようとして……エルネストは呪文詠唱を止めた。




「ラクジット様!!」


 切羽詰まった第三者の声が空間に響き渡る。


 展開された転移陣から現れた人物は、普段の姿からは想像出来ないくらいの取り乱しており、エルネストは冷静な表情を崩して笑う。


「フッ、早かったな、ヴァルンレッド」


 使い魔を出してからたった半日で来るとは、感心して言うエルネストをヴァルンレッドは鋭い目付きで睨む。

 無言のままヴァルンレッドは片腕に抱えたカイルハルトを放る。

 エルネストが片腕で受け止めると、カイルハルトは痛みのあまり「うぅっ」と呻き声を上げた。


 口を開きかけたエルネストには目もくれず、真っ直ぐにヴァルンレッドは魔力に押し潰されかけているラクジットの元へ向かう。




 意識を保っているのもそろそろ限界だと閉じた目蓋に力が入る。

 諦めかけたラクジットの肩へ、そっとあたたかい手のひらが触れた。


「ラクジット様」


 このまま魔力に飲み込まれて、自分が自分でなくなってしまうかもという苦しさと恐怖は、彼の声が聞こえた瞬間に消え失せた。


(これは、幻聴?)


 嬉しさと信じられない気持ちが混じったラクジットは、ゆっくりと目蓋を開けて見慣れた黒色を認めた瞬間、大きく眼を見開いた。


 切なそうに紫紺の瞳を揺らす、ヴァルンレッドの顔がラクジットを心配そうに見つめていたのだ。


「ヴァ、ル?」


 どうして此処に? という疑問は直ぐに消え、胸の中に広がるのは安心感。ヴァルンレッドが来てくれたなら、もう大丈夫という安堵の感情。

 目尻が僅かに下がる、ラクジットが大好きなヴァルンレッドの笑み。


 背中に回された力強い腕のぬくもりに、強張っていた体から力が抜けていく。

 恐怖と緊張から解放されたラクジットの視界は、じわじわ涙の膜が張っていった。


「ヴァル、魔力が抑えられないの。苦しいっ」


 緊張感から解放されても、魔力過多による心臓の痛みとは息苦しさはまだ続いている。

 ラクジットの蒼色の瞳から涙がポロポロ零れ落ちた。


「もう大丈夫ですから、ゆっくり呼吸をしてください」


 恐怖で過呼吸になりかけていた呼吸は、ヴァルンレッドが背中を擦る動きに合わせていくうちに規則正しいものへと整っていった。



 落ち着きを取り戻したラクジットは、極度の疲労からヴァルンレッドの胸へもたれ掛かると二度目蓋を閉じた。


 意識を失ったラクジットの内へ、薄暗い中でもキラキラと輝く魔力の粒子が戻っていく。

 全ての魔力が吸い込まれてから、胸にもたれ掛かるラクジットを優しく壊れ物を扱うように抱き直し、ヴァルンレッドは短く息を吐いた。




「ヴァルンレッド、強制解除した魔術式はお前が書き直せよ」


 穏やかな好青年といった表情を消し、顔を上げたヴァルンレッドは抜き身の刃のような眼でエルネストを見据えた。


「エルネスト、貴様ぁ」

「焦りのあまり悲壮感を漂わせていた友人のために、竜王の血を目覚めさせてやったのだから感謝してほしいものだが?」


 怒りの感情が膨らみ、殺気混じりの圧力が巣穴の壁をビリビリ震わせる。

 防御力や精神力の弱い者だったら、ヴァルンレッドが放つ圧力に屈し意識を失うほどの圧力。

 回復魔法をかけてもらい怪我が治ったばかりのカイルハルトは、体力の低下のため防ぎきれない圧力による苦痛に顔を歪めた。


 弟子扱いのカイルハルトには全く容赦無いヴァルンレッドが、腕に抱くラクジットへ殺気が向かないように細心の注意を払っている。

 ここまで執着してしまって、この男は愛しい姫を自ら手放すなど出来るのか。

 軽薄な笑みを消したエルネストは真顔になると、ヴァルンレッドと彼の腕の中で眠るラクジットを見る。


「ヴァルンレッド、ラクジットと逃げるのならば手を貸すが?」

「……逃げられんさ」


 沈黙した後、ヴァルンレッドの口から出た声色は弱々しいもので。

 自嘲の表情を浮かべるヴァルンレッドが視線を逸らすと、場を圧倒していた彼から発せられていた圧力も一気に弱まった。




 ***



 あたたかいぬくもりがラクジットの全身を包む。

 どこか懐かしくて、安心するぬくもりに嬉しくなってへらりと笑った。


 とくん、とくん、傍から聞こえる心臓の音。心臓の主がラクジットの頬をそっと撫でる。

 やわらかくてあたたかくて、とても良い匂いがする誰かに優しく抱き締められていた。



「リセリア様」


 聞き覚えのある男性の声が女性の名前を呼び、ラクジットを抱いている誰はびくりっ、と体を揺らした。


 驚いたラクジットは体を動かそうとして違和感に気付く。

 動きたいのにどうしたことか、体が思うように動かせないのだ。

 その上、目蓋を開いて見えた世界はぼやけてよく見えないし、輪郭しか見えない物の大きさがおかしい。

 何とか動かせるのは、口と目、首と手足。四苦八苦して首を動かして横を向く。

 乳白色をした滑らかな素材の室内着がラクジットの頬を擽った。


 室内着を着てラクジットを抱いているのは、見知らぬ女性。それなのに彼女のことは知っていた。否、ラクジットの魂が覚えていた。


(そんな、そんな事ってあるの? これは、私の体は縮んでしまったの?)


 頑張って動かした小さな手を見て確信した。今のラクジットは14歳の少女ではなく、乳児になっていたのだ。



「私の子ども達は、これからどうなるの?」


 彼女が言う“私の子ども達”とは、ラクジットとアレクシスのことだろう。

 目を凝らして女性を見上げるが、乳児になったラクジットの視力では彼女の顔立ちは、輪郭以外ほとんど見えない。


「王子は陛下のお世継ぎとして育てられます。王女は……北の離宮へ居を移すようにと陛下は判断されました」


 女性の問いに答える男性の声はやはりよく知った人物のもので、ラクジットはもぞもぞと首を動かして彼の方へ向く。

 彼の姿はよく見えないが、シルエットと纏う黒色は分かった。


 漆黒の装束から、彼は黒騎士ヴァルンレッド。

 同一人物だろうけれど、ラクジットの知っているヴァルンレッドの声と比べると硬く無感動な声に聞こえ、違う人物じゃないのかと疑ってしまう。


「北の離宮? 何故? 北の離宮は妃が住まう場所の筈です。何故、王女たるラクジットが……まさか」


 小刻みに震え出した女性、リセリアはラクジットを抱く腕に力をこめた。


「そんな、まさか、陛下は……ラクジットは血を分けた娘なのに!」


 隠すように我が子を抱き締める細い腕、頬に触れる嗚咽混じりの息遣いを感じ、ラクジットは小さい手を伸ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ