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アキラの記憶(2)

 



「アキラって何曜日に公園に行くのか決めてるの?」


 夏の暑い日差しの中、木の根元にある日陰で冷たいアイスを並んで食べていた時、思い出したように問いかけられた。気温が高いとソラがいつも以上にバテるので、今はその休憩中である。

 他の遊び仲間も割と自由にしていて、夏の暑さなど気にもとめずにサッカーをしている奴や、涼しい室内へと避難した奴もいる。おれとソラは近所のコンビニで買った棒付きアイスを食べているところだった。


「別に決めてない」

「アキラはいつもいる気がする」

「暇だからな」


 おれは外で遊ぶ以外に他にする事も無いので、何も考えずに外に出て、気づくと公園に辿り着いて、面白そうだから遊びに混ぜてもらっている。

 ほぼほぼ公園にいるだけあって、この辺りでのおれの顔は広かった。親密とまではいかなくても、大人数で一緒に遊んだ経験があるやつが殆どだ。知名度だけはあるので、遊び相手には困らない。

 そう考えると、おれに一対一で話したりする友達はあんまりいない。あんまり……というか、ソラしかいない気がする。

 自分の偏った交友関係に思わず乾いた笑いが出そうになるが、ソラが話し始めたのですぐに引っ込んだ。


「ぼくはまだこの集まりが何なのかよくわかんないよ。一緒に遊んだり、バラバラだったり、そんなに仲よくなかったり……」

「適当に遊びたいやつがつるんでるだけだろ。もともと仲がいいやつ同士がいて、そんで……人数合わせ的なアレだよ」

「アキラもよくわかってないんだね」

「なんか文句あんのか?」

「ないよ。喧嘩っぱやいなぁ」


 臨戦態勢に入ろうとするおれを前に、ソラは慌てて否定し困ったように苦笑いをする。

 まあ、ソラが不思議に思うのも無理はない。おれは同級生の友達と一緒に遊んでいたつもりが大所帯になっていたような感覚だけど、ソラは知らない奴らの集団に放り込まれただけで訳が分からないだろう。

 話をしているとアイスが溶けてきて、おれは慌て溶けかけのアイスを頬張る。ふとソラの方を見ると、既に綺麗にアイスを食べ終えていた。

 それにしても、疑問を持つのが遅い。あれからもう数ヶ月は経っているというのに。


「でも、もう慣れただろ?おれ以外にも仲いいやつできてたじゃん。ほら、ソラと同級生の」

「仲いい……のかなぁ?クラスも違うし、学校でも軽い挨拶くらいしかしないよ」

「仲いいだろ。一緒に遊んでんじゃん。カードゲームとか、マンガの話もしてたし」

「それだけで仲がいいって言っていいのかな……?」

「それ以外に何があんだよ?」

「……うん、そうだね。仲はいいかも」


 ソラは嬉しそうに頬を緩める。こっちまでほっこりしてしまうような、穏やかな笑顔だ。

 しかし、次の言葉でおれの顔は歪む。


「あっ、最近は杣友くんともよく話すんだよ。これも仲がいいってことに……」

「そまともぉ?」

「え、なにかダメだった……?」

「そうじゃねえけど、なんで、よりによって、杣友?」

「えっと……杣友くん、いい人だよ?」

「ちげーよ、騙されてるよ、あいつはソラが思ってるほどいいやつじゃねーよ」


 おれが明らさまに嫌悪を表している事に、ソラはどう対応すべきか分からず戸惑っているようだった。

 あいつは猫被りが上手いんだ。大人への態度と、クラスメイトへの態度と、おれへの態度が全然違う事をおれは知っている。絶対にあいつは腹黒い。

 多分、おれは本心を隠しているようなやつが苦手なんだと思う。


「つーか、杣友となに話すの?」

「普通のことだと思うけど……あっ、杣友くんって釣りが好きらしいね。自分で釣って食べたって言ってた」

「ああ、あいつの趣味って基本的にオッサンっぽいんだよな」

「知ってるんだ」

「一方的に話してくるからな。こっちはうんざりしてるってのに、面白がって……」

「アキラと友達になりたいんじゃない?」

「そんなわけないだろ」


 バッサリと切り捨てると、ソラは苦笑いを返した。これでソラもおれが杣友をどれだけ嫌っているか分かったと思う。

 それにしても、ソラに自分の趣味を明け透けに話しているという事は、本当にソラを気に入っているのだろうか?

 あいつは自分の趣味が同年代には理解されにくいと知っているから、特別仲の良くないクラスメイトには話さない……と、本人がおれに言っていた。


 おれに対してはどんな話題でも振ってくるが、それは頑なに相手にしようとしないおれの反応を見て楽しんでいるからだ。ソラにそんな事をしているとは思えない。

 だとしたら複雑だ。真剣に仲良くなろうとしているのなら、あいつからソラを無闇に引き離せないじゃないか。


「アキラは家にいること少ないの?」

「家にいても誰もいねーし、つまんねーもん」

「マ……お母さんは?」

「母さんは……んー……仕事?」

「マンガ読んだりゲームしたりしないの?あのみんなやってるやつとか」

「持ってないから、やるにしても公園行って借りる」

「こういうのをアウトドアって言うのかな」

「おまえはインドアだよな。もっと外出て、動いて、日に焼けろ。そんで肉食え、だからチビなんだよ」

「うぐっ、それとチビなのは関係ないよ……多分」


 十中八九、関係はあるだろうと思ったが心の中に留めておく。

 チビだったり手足が細かったりするのをソラは結構気にしているらしく、そこを抉らないようにする程度のデリカシーは持っているつもりだ。突っつきはするが。


「あっ、そうだ!アキラ、今日はぼくの家で遊ぼうよ。マンガとゲームたくさんあるんだ。たまにはいいでしょ?」

「うーん……まあ、ソラはこの暑さじゃまともに遊べねーもんなあ。ていうか、行って大丈夫か?親とか」

「マ……お母さんはアキラなら大歓迎だって言ってたから大丈夫だよ!」

「ママって言えば?」

「なっ、なんのこと?」

「隠すならちゃんと隠せよ」


 ソラは家にあるマンガやゲームについての話を楽しげにする。おれはそういう物にあまり縁は無いが、何かについて熱心に話すソラが珍しく、相槌を打ちながら聞いていた。

 それだけ楽しそうにする話なのだから、きっと楽しいのだろうなという気にされられる。そして、そこがソラのホームグラウンドなのだろうなとも思った。

 いつもはソラがおれの居る場所へ遊びに来るので、おれはソラが普段している遊びについてあまり知らない事に気づいた。


「通信して協力プレイできるやつがあるんだ。パ……お父さんとお母さんのデータがあるから、それでやろうよ」

「いーけど、あんま期待はすんなよ」

「うん?」


 ソラの家は大きな一軒家で、アパートで暮らしているおれはその違いに若干緊張しながらお邪魔した。ソラの母さんに歓迎されて、リビングのテレビで早速ゲームを始めた。


「アキラ、そこ目的地とは真逆だよ」

「え?ああ、こっちか。何か視界が安定しないな」

「あっ、そっちは敵が多いから囲まれ……」

「しまった、囲まれた!」

「もう!?間に合わないよ!」

「こうなったら倒してやる!えーと、攻撃はっと」

「武器構えて!それ違う!ジャンプしてる場合じゃないよ!?」

「あ、死んだ」


 ゲーム画面には迷子になった挙句、敵に包囲され、しかし構わず軽快なステップを踏んだ無骨な男がいた。

 当然のように敵の集中攻撃を受けて、地面に倒れ伏している。そして中央にはゲームオーバーの文字。


「……もう1回やる?」

「……そうだな。まあ、これでどっちに行くかはわかったから次は目的地に行けるだろ」


 しかし何度やっても目的地には辿り着かない。目的地なんて初めから無いのではないかと思うくらい。

 マップ上をぐるぐると回り、その過程でモンスターと対峙し、無骨な男が奇天烈な踊りをしている間に攻撃を受け、ゲームオーバーの文字。

 始めはゲームに慣れていない所為だと思っていたソラも、何度か繰り返すうちにようやくおれが目的地にたどり着けない本当の原因を悟る。


「アキラって、ゲームでも方向音痴なの……?」


 まさか、とでも言いたげな表情だった。おれはいたたまれなくなって視線を逸らした。

 普段ゲームとかしないから慣れてないんだよ。


「じゃあ、戦闘がターン制で操作が簡単なやつにする?マップ移動も視界がぐるぐるしない、固定のならやりやすいし」

「……え?じゃあそれで」


 意味も分からないままに納得すると、ソラはゲームの機器を変えて、中身を別のソフトと入れ替えた。

 テレビにパッとアナログな映像が映し出される。軽快な音楽が流れて、ソラはおれに操作説明を始めた。


「―――で、どう?わかった?」

「おお、これならできそう」


 さっきまでのゲームとは打って変わって、単純な操作で出来る物だったのですぐに理解できた。魔王に連れ去られてしまったお姫様を救うという、ありきたりなRPGだ。

 王様にポンっと渡された武器は木の棒で、本当にお姫様を救う気があるのかとつい突っ込む。ソラは神妙な顔で「たしかに」と同意した。ソラの感覚はゲームに毒されている。

 合間にソラの説明を受けながらゲームを進めた。今は適当にザコを倒して経験値を稼いでいるところだ。簡単な作業なので、画面に目を向けたままソラに話しかける。


「ソラはゲームのどこが好きなんだ?」

「うーん……数字がいっぱい出てくるところかなぁ」

「数字?面白いからとかじゃねえの?」

「面白いのは当たり前だよ!ゲームって大抵は数値化されてるでしょ?敵と戦うゲームは特に。その数字が積み重なっていく感じが好きなんだ」

「おまえのそれって普通の楽しみかたなの?」

「普通だと思うよ。誰かに聞いたことないからわかんないけど。目に見えて強くなるのって楽しいし」

「でもその数字ってこう……なんつーか、ゲームの中だけじゃん?」

「そういう問題じゃなくて……えっと、装備の強化とか、キャラの育成方法、戦略、パーティ編成とか、複雑であればあるほど考える余地があって面白いんだよ」

「んー……わかんねーなー」


 お互い自分の気持ちを正確に伝えようと頭を悩ませるが、この通り上手くいかなかった。

 おれにはその楽しみ方は理解できない。どちらかと言えば、ストーリーの方が気になっている。

 すると、ソラがハッとしたようにおれの方を見た。


「あっ、もしかしてこのゲームつまんない?」

「いや、勇者のぶっとんだ行動が面白い」

「それはアキラが選ぶ選択肢の問題なんだけど……楽しんでくれてるならいいよ」


 テレビの向こう側にいる勇者は、お姫様の救出を放ったらかして町娘をナンパしていた。しかし町娘には厳つい彼氏がおり、画面がブラックアウト。目が醒めると全裸。主人公は復讐に燃え上がる。

 あ、ヤバイ、装備ぜんぶ失ってる。お金も無い。悪いな主人公、復讐どころじゃねえや。


「このままやるの?リセットしたら?」

「これがこいつの人生だから」

「人生!?」


 ソラもおれの楽しみ方を理解していないようだった。こいつは何を言っているんだ、という表情をおれに向けている。

 そうか、おれとおまえは理解し合えないんだな……なんて事を思ってみる。別にゲームをやる前から分かり切っていた事なんだけど。


 正直、おれとソラは話が合わない。ソラはおれと一緒に外遊びはするけれど、本当に好きなのは室内でするゲームやマンガだ。

 じゃあ何で一緒に遊んでいるんだろう、と自分でも不思議に思うけれど、話は合わなくても一緒に遊ぶのは楽しかった。


「つーかこれ、今ゲームしてんのおれだけじゃん。ソラは見てるだけでいいのかよ」

「見るのも楽しいから大丈夫だよ」

「ふーん?」


 そんな折、玄関のチャイムが鳴った。「宅配か?」なんて言い合っていると、ソラの母さんが興奮気味にリビングに顔を出す。


「もうひとりお友達が来たわよ!」


 ソラと顔を見合わせ、おれが先頭になって玄関へ向かう。そして、玄関で立っていた人物を見て、瞬時に顔を歪めた。

 そいつはおれと目が合うと、あざとくニコニコと笑いながら手を振る。


「来ちゃった」

「『来ちゃった』じゃねーよ!」


 感情を爆発させて怒鳴り散らかした。

 何でこいつが!?

 するとおれの背後からソラが顔を出し、目を丸くさせながら驚きの声を上げる。


「杣友くん?」

「よ、ソラ。何してたの?」

「アキラとゲームしてたよ」

「言わなくていいって!」

「ヒドイなぁ、俺も仲間に入れてよ。折角ここまで来たんだからさ。一緒にあそぼ?」

「帰れ!」


 おれがどれだけ拒絶しても杣友は一歩も引かず、飄々とした態度で背後のソラに話しかける。


「アキラはこう言ってるけど、ソラは俺と一緒に遊びたいよなー?」

「えっ、あ……う、うん」

「ムリヤリ言わせてんじゃねー!」

「え、えっと……」

「失礼しちゃうなぁ、言わされてないよな?」

「うっ、う……?」

「うっぜええぇ!」

「んじゃ、お邪魔しまーす」


 拒絶するおれと板挟みにされて狼狽えているソラを無視して、杣友は勝手に家に上がり込む。そして、隠れて様子を伺っていたソラの母さんに近づき、オロオロとしているその人に行儀良く頭を下げる。


「こんにちは。アキラと同級生でソラの友達の杣友平治(そまともへいじ)と申します。これでも仲良しなので、ご心配なさらないで下さいね。騒がしくなりますが、よろしくお願いします」

「え、ええ……」


 鳥肌が立つような見事なまでの猫被りだった。人の良いソラの母さんは完全に騙された顔をしている。

 杣友はソラの母さんと挨拶を終えてくるりと振り返ると、無邪気な笑顔で憎たらしい事を言いながら駆け寄って来た。


「で、何のゲームしてたの?俺はアキラと違ってゲーム上手いから何でも出来るよ」

「喧嘩売ってんなら買うぞコノヤロー!!」

「いいよ、いくらでも買って。ただし勝負はゲームの中でな。ここソラの家だし」

「上等だ!ソラ!格闘ゲームを出せ!」

「い、いいけど、アキラ大丈夫……?」

「ボコボコにしてやる!」

「あははっ、楽しみにしとく」

「不安しかないよ、アキラ……」


 結果は言うまでも無かった。



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