ゴブリンバスターズ
「ダンジョンアパート空室アリ。すぐ入居。」
そう書かれた立て看板に、オレは戸惑う。
オレの戸惑いが周囲に伝染したのだろうか。
ルカ、たま、シロ、ガーベラ、ラビィ、オインクも戸惑っている。
一方、クルマニー、ポピー、ググリ、キアは平然としている。
「どうしただか?」
「アパートは以前からあったべ?」
クルマニーとポピーにとってはそうなのか?
オレはこの立て看板を見たことがない。
クルマニーとポピーが氷の魔石の欠片を手に入れたのはいつだい?
「いつだったべな?このダンジョンで手に入れたんだども。」
「オーガの里に行くちょっと前だったべか。」
そうなんだ。もう一つ質問。
この街を出てオーガの里に着くまでに、
日数的にはどれくらいかかったんだ?
距離的には、おおよそ5000kmくらいあるはずだ。
「…言えねえべ。」
そう話すクルマニーの脇腹にポピーが肘鉄を食らわせた。
「…えーと。1年くらいだべかね?長い旅だったべ。」
1年か…。
1年=365日。1日あたり14kmを旅したことになる。
ポピーが肘鉄したことは気になるが置いておこう。
人工知能アインがアパートの経営者かもしれない。
いずれにせよ、ここで考えていても埒が明かない。
オーケー。
ダンジョンに突入しよう。
・・・
第一階層。
この階層はモンスターが枯れているはずだ。
そして、真・セーフエリアとダンジョン風呂があって、
冒険者にとって大人気スポットになっているはずだ。
きっと多数のパーティがたむろしているだろう。
…あれ?
思ったより人が少ない。休憩中のパーティは1組だけ、5人だ。
しかも真・セーフエリアじゃなく、普通のセーフエリアだ。
真・セーフエリアならば床が青く発光するのだが、
このセーフエリアの床は発光していない。
ダンジョン風呂にも「CLOSED」とある。
何があったんだろう。
ここの真・セーフエリアのワイワイガヤガヤした賑わいを
楽しみにしていたのに…。
オレのダダ漏れに、休憩中のパーティの1人が答えてくれた。
白いローブを着た女性は少し幼く見える。
「冒険者パーティの多くは第五階層の真・セーフエリアで休憩しています。」
言葉はゆっくりで、優しい声をしていた。
ありがとう。
教えてくれて感謝する。
彼女は装備から考えてパーティの回復役だろう。
「あっちに第五階層に行く転送門があるぞい。」
和服っぽいドワーフが髭をしごきながら、顎で方向を示した。
武器らしいものは装備していない。酒瓶を握っている。
「第五階層では冒険者デビューしたてのルーキーも、オークと戦っているわ。」
エルフの弓使いが、ヤレヤレというように首を左右に振る。
その声色と所作に、そんな危険をしないでよ、というニュアンスを感じた。
「冒険者は死と隣り合わせと言えど、
ルーキーがオークと戦うなど狂気の沙汰ですからな。」
穏やかな声の人物は、緑色の肌で竜のような顔をしている。
リザードマン、いや竜人族か。
5人組パーティのうち、会話できたのは4人。
残るは1人。
フルフェイスヘルムを被る戦士は無口だ。
レザーアーマーを着ており、小盾とショートソードを装備している。
…戦士という職業。
(戦士は勝てない戦いはしない、という言葉があります。
戦力把握は戦士という職業が持つ重要なスキルですよ。)
オレはルーキーだった頃に聞いたミラの言葉を思い出した。
戦士である彼の目には、オレたちのパーティの戦力はどう映っているのだろうか?
オレの思考を遮るように、竜人族がオレに話しかけた。
「あなたは…ホビットですか?」
いや…。
オレはノームの僧侶でウノと言う。
このダンジョンを攻略していたのは1年以上前なんだ。
第一階層の様子が様変わりしていて驚いた。
まあ、オレたちのパーティのメンバーも入れ替わりが激しい。
今回が冒険者デビューとなるルーキーもいる。
「ウノ殿、いや、ウノ様。」
竜人族は居住まいを正した。
今は正座している。
なんだい?あらたまって。
「ウノ様は神であらせられますか?」
…そうだね。
オレは降臨エフェクトを有効にした。
「風呂と掃除とロボットと発酵と医療とマッサージの神降臨」
オレの背後にまばゆい光が放たれた。
「おおっ!」
オレ同様にルカ、たま、シロが降臨エフェクトを有効にした。
「アシストの女神降臨」
「子供の神降臨」
「ペットの神降臨」
3柱の背後にも、まばゆい光が放たれている。
「なんと!」
「ハハーッ!」
竜人族と白いローブの童顔女性は平伏した。
ドワーフとエルフとフルフェイスヘルムの戦士は、態度に変化が無い。
態度に変化がないことにオレはむしろ安心した。
かしこまらないで欲しい。
頭を上げてくれ。
「神ならば人と念話が可能なのも頷けます。」
あ。それは違う。
オレのは念話というよりもダダ漏れ。
思考がダダ漏れなのはオレの短所であり長所でもある。
うるさくしてゴメンね。
正直者なんだって考えて許してくれ。
「思考がダダ漏れ…。私たちのリーダーもそうあってほしいものです。」
「フッ。そのとおりね。」
「まったくじゃ。わしらのリーダーは無口でいかん。ガハハハ。」
「うふふふ…。」
フルフェイスヘルムの戦士以外の4人が笑い合った。
フルフェイスヘルムの戦士がパーティのリーダー。
なるほどテンプレどおりだ。
ふむ…。
ゴブリンに恨みがあるなら、ゴブリン退治に執念を燃やすのは必然。
オレもかつて経験値稼ぎと称してゴブリンを過剰殺戮した。
パーティメンバーの魔法使いにファイアボールを連発してもらった。
ゴブリンを皆殺しにした。
だけどオレは神となって、鬼族の青年と出会ってから、
様々なことを考えるようになった。
人とは何か?人の定義のことだ。
人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ノームの5種族だけを
人と定義するのは間違いではないか?
人の定義は拡張可能なのでは?
キミたちのパーティの竜人族も人だろう。
その事にオレは喜びを感じている。
もしかして、あくまでも、もしかして。
ゴブリンは小鬼族として、人として見なせるかもしれない。
ゴブリンはモンスターなのか?人として見なせるのか?オレは確かめたい。
オークもコボルトも同様だ。
人とは何か。
善悪とは何か。
善悪は主観100%。
オレは仲間にしたいと考えたら仲間にするつもりだ。
5人組パーティのリーダーの戦士の眼が、
フルフェイスヘルムの奥で赤く光った。
…。
オレが思考を止めてしばらくすると、
ラビィとオインクが少し前に出て会釈した。
「アタイは兎耳族のラビィ。フェンリルのシロ様のお嫁さん候補です。」
「僕は豚頭族のオインク。元はオークで、今はウノさんの弟子です。」
ググリとキアも少し前に出て会釈した。
「某は真菌義人ググリ。元はカビの一種だ。」
「わっちは細菌義人キアでありんす。元は、いわゆるバイ菌の一種でありんす。」
フルフェイスヘルムの戦士は、一瞬戸惑った後、首を背けた。
オレたち神4柱は降臨エフェクトを無効にした。
会話してくれてありがとう。
凄く参考になったよ。
オレが5人組パーティに会釈すると、
他の3柱と7人も5人組パーティに会釈した。
また会おう。
ガーベラが5人組パーティに元気よく手を振った。
オレたちのパーティは転送門に向かった。
・・・
第一階層と第五階層を繋ぐ転送門。
これが設置されたのはオレたちが第六階層を攻略しようとしていた頃のことだ。
オレたちのパーティに入ったばかりのリリーナは、
当時、冒険者ギルド職員とパーティメンバーを兼業していた。
リリーナが転送門設置に必要な書類を揃えてくれたおかげで、
冒険者ギルドが第五階層と第一階層を繋ぐ転送門を設置してくれたのだ。
それで多くの冒険者が第五階層まですぐ来れるようになった。
リリーナにはあらためて感謝したい。
ありがたや。ありがたや。
ところでリリーナの腰痛は大丈夫かな。
「ふふふふ。リリーナの腰痛は完治しましたよ。
ウノが転送門のことであらためて感謝していたと、後でリリーナに伝えますね。」
ありがとう、ルカ。
でもオレからもリリーナに直接、感謝の気持ちを伝えるよ。
オレの思考はダダ漏れ。
だけど感謝の気持ちまでダダ漏れなのかはオレ自身にも分からない。
さあ。転送門をくぐろう。
そしてオレたちは転送門をくぐった。
・・・
第五階層。
第五階層の入り口には過去の記憶通り、真・セーフエリアがあった。
ダンジョン風呂にも「OPEN」とある。
真・セーフエリアでは多数のパーティが休憩している。
だがその表情は暗い。
横たわっている怪我人が多い。
うーむ。これは悪い状況だ。
第五階層の攻略が上手くいっていないのだろう。
オレはオレの過去を思い出す。
オレたちが第五階層を攻略した時、第五階層はオークの王国だった。
オークキングを頂点にしてオークジェネラル、オークベテラン、オーク
というように兵士に序列があった。兵士の総数は1000匹。
第五階層は凶悪だ。
いや、このダンジョンは全ての階層が凶悪だ。
…さてと。
真・セーフエリアから出て少し奥に進めばオークたちがいるはずだ。
オインクの父親を捜索しよう。
「一度、オークたちの様子を見たいです。」
オインクは真剣な表情だ。
わかった。
オークたちの様子を見に行こう。
ついては、パーティの隊列を決めようじゃないか。
オレは真・セーフエリアの空きスペースに座った。
円陣を組むようにみんなも座った。
パーティの隊列について、オレの案は次の通りだ。
・・・
リーダー兼牽引:シロ
前衛:ルカ、オインク、ラビィ、ググリ
中衛:ウノ、たま、ガーベラ
後衛:クルマニー、ポピー、キア
・・・
「ラビィとググリは問題ないと思いますが、オインクが前衛で大丈夫でしょうか?」
ルカは不安げな表情だ。
そうか、そうだよね。
でもさ。今回の目的はオインクの父親の捜索だ。
オインクが見て父親かどうか判断できるってのが大事だろ?
オインクはシュードアルアの大盾+23を装備しているし、
レッサードラゴンベスト+26を着ている。
マントはレッサードラゴンマント+27だ。
攻撃手段としてもストーンバレットマシンガンを持っている。
マシンガンは大盾とのアタッチメント機構があって、
弾倉交換は自動化されている。そして930発撃てる。
前衛で大丈夫じゃないかな。
それにさ。
シロをリーダーにするだろ?
シロの持つリーダースキルコピーの効果により
パーティ全員が索敵スキルを利用可能になる。
よっぽどのことじゃなければ不意打ちされることは無い。
だからさ。
オークキングやオークジェネラルがさ。
いきなり超大量に現れて全力で襲いかかって来る
なんてことでも無い限り、危険は無いと思う。
「ええと…。そこまで言うと破滅フラグっぽくありませんか?」
ルカの表情は変わらず不安げだ。
「破滅」という表現にオインクの表情が曇る。
…破滅フラグね。
ルカがそんな言葉を知ってるとは驚きだ。
ニンジャの女神ルーシィから聞いたのかな。
彼女はオレ同様に異世界転生者。しかもラノベ読者だったはず。
悪役令嬢転生モノを読んで破滅フラグを知っていてもおかしくない。
ルカが首を左右に振って否定した。
ルーシィじゃないなら、同じく異世界転生者である武の神ゲイルか。
ゲイルの妻で、ルカの妹でもある戦略の女神リリーナから聞いたのかな。
ルカが首肯した。
武の神ゲイル。
あのイケメンが悪役令嬢転生モノを嗜んでいた。
真の意味で「紳士とは何か」を学んでいたと言えるだろう。
さすがだ。
…ふむ。
ここは詳しく説明しておこう。
破滅フラグも、フラグと認識できればポキッと折れる。
むしろフラグを折っていくのが今のスタイル。
「フラグは折れる?」
そう。それが時代の流れ。
ルカはグッジョブ。
ナイスアシスト。
わかった。こうしよう。
ルカがオブスキュアでぼんやり化して見えにくくしておこう、
それからオレが【隠形】ルーンを刻もう。
そうすれば15分間は透明人間だ。
ニンジャの女神ルーシィの迷彩スキルに匹敵する。
(そんなことをせずとも、某が先陣として突っ込めば、
相手は某に気を取られる。)
ググリ?
突っ込むって何?
(オークキングにせよオークジェネラルにせよ、
オークを皆殺しにすればオインク殿が危険になることはない。)
待て待て。
ググリ、話を聞いてた?
今回の目的はオインクの父親の捜索なんだ。
むやみに皆殺しするのはダメ。
オインクの父親を殺しちゃう可能性があるからダメ。
…うーん。
そうか。
口での会話だけだと混乱しちゃうね。
よーし。
オレはアイテムボックスから沢山の木板とえんぴつを取り出した。
それをみんなに渡していく。
さあ、ダンジョン第五階層の攻略会議を始めよう。
進行役はオインクに任せる。
「わかりました。」
オインクは素直に受け入れてくれた。
オインクは戦略思考スキル持ち。
進行役もするとなると、結構大変だぞ?
アイデアを出そうと考え込むと進行できない。
進行をスムーズにしようとすると、アイデアは凡庸になる。
卓越したアイデアを思いついても、押し付ければ、
みんながやる気を無くしてオインクにお任せモードになる。
「…なるほど。」
オインクは腕組みをした。
そしてすぐに腕組みを解いて笑った。
「まずはみんなで木板にアイデアを書きましょう。
僕が進行役に失敗しても破滅しませんから。」
・・・
5人組のパーティはウノたちを追って転送門をくぐり、
第五階層に来ていた。
物陰からこっそりとウノたちの様子を伺っている。
(木板を使ってゲームしているようです。)
(ゲームの進行役はオークの、もとい豚頭族の少年のようですな。)
白いローブの童顔女性の囁きに、竜人族が答える。
(今、唐辛子の粉って言ったわよ…?どういうことかしら?)
(さすがエルフの地獄耳じゃ。)
エルフが眉を吊り上げる。
「あのね…。何度も言うけど地獄耳じゃなくて、聞き耳スキルなの!」
(うるさくするでない。わしらが盗み聞きしてるのがバレるぞい。)
ドワーフの囁きにエルフはバツが悪そうに押し黙った。
(しかし唐辛子とは、なかなか卑怯な戦法ですね…。)
(卑怯って、どういうことですか?)
竜人族の言葉に、白いローブの童顔女性は首を傾げた。
(拙僧の考えでは唐辛子で目と鼻を潰して、相手に激痛を与えるのです。)
(…。私たちがよく使う火責めの方が卑怯ではないですか?)
白いローブの童顔女性は首を傾げたままだ。
フルフェイスヘルムの戦士が考え込むように顎を引いた。




