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第7話 氷花の姫

 いつのまにか抜かれていた剣先が真っ直ぐにルエンに向けられる。

 男が数歩走れば、あっという間にその剣はルエンに届くだろう。だが、男の言葉に従いたくとも、こんな間近にいる竜を前にして不用意に動けるわけがない。


(離れろっていうなら、この竜をまずどうにかしてくれっ!!)


 ルエンの心からの叫びだった。

 しかし男の方は、いつまでも動かないルエンを自分の言葉に従う気がないと判断したらしい。ぐっと膝に力をいれ、殺気をこめてこちらに踏み込んでこようとするのがわかった。


(っ……!!)

「ギャァァァァ!!」


 だがそれを止めたのは、赤い竜。

 まるでルエンを守るように翼を広げ、男を威嚇するよう口を大きく開けた。金色の目に怒りの色が灯り、首を下に下げ、戦闘態勢をとる竜の姿に男は驚きルエンへと向けられていた剣はそれ以上動くことがなかった。


「な、何故……」


 困惑した瞳が竜へと注がれる。

 赤い竜は男から敵意がなくなったことを感じたのか、首をもとの位置に戻し鼻から息を吐いた。しかし、竜はまだ警戒を解いていないのか、目は男の行動をじっと伺っているように見えた。

 だが、その行動に驚いたのはルエンも同じだ。

 まさか、竜が自分を守ろうとするなど思ってもみなかった。


(いったい何が、どうなってるんだ?)


 そんな人間たちの目が合わされる。

 しかし、すぐに男はぎっとルエンを睨みつけ、竜を見上げた後剣をしまった。そこへ再び巻き起こる風。空にとどまっていた男の乗っていた黒い竜が降りてきたのだ。

 黒い竜は大きな体を震わせ、翼を閉じる。男と赤い竜を不思議そうに見た後、二人の間にある不穏な空気を気にすることなくのんびりと寝そべった。そんな竜の体を男は親しげに叩く。男と黒い竜の間には信頼の絆のようなものが見えた。


(……って、ことはアルゼール国の竜騎士か!?)


 というか、この赤い竜もアルゼール国の姫が乗っていた竜に間違いないだろう。

 竜という時点で、どうしてそのことに気付かなかったのか、自分を呪いたくなるルエンだった。赤い竜は男の敵意がなくなったことに満足したのか、ルエンの横に座り込み、先ほどと同じように髪に鼻を近づけ、まるで犬や猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている……ように見えた。自分は一体どうすればいいのだろうと半ば救いを求めるように男を見たが、男は自分の竜のご機嫌をとることに夢中になっているようだ。一向にこちらを助けてくれる様子もないので、ルエンは仕方がなく彼を観察することにした。


 男の年齢は二十代に入った頃か、半ばぐらい。

 鎧を着ていてもわかるほどがっしりとした体格をもち、先ほど剣を抜いた腕もルエンとはくらべものにならないぐらい太い。アルゼール国の民は、皆体が大きく、男女関係なく身長も高いという。男は長身の部類に入る兄レイドリックよりも身長が高いことは確かだったが、ルエンはアルゼール国の皇女と彼しか見たことがないので、とりあえずその判断は保留。……ルエンよりも身長が高く、男らしいというのは間違いないが。短く整えた黒髪と吊り上り気味の黒い瞳。まだどこか幼さの残る顔立ちではあるが、そんなことを言えばすぐに切りかかってきそうなほど、性格は少々短気そうだ。しかし、竜を見る眼差しはとても優しい。思わず彼が浮かべている笑みにつられそうになっていると、突然ぐるりと黒い射抜くような瞳がこちらを向いた。

 

「それで、貴様は何者だ。何の目的でここにいる。そしてその赤い竜をどうやって手なずけた!!」


 まったく人の話を聞かなさそうな、短気で浅慮そうな声が響き渡る。

 ……ええと、貴方の竜もびっくりしてわたわたしてますが、あの大きな爪でつぶされないんですかね……赤い竜もこの静かな空気を乱したのが気に入らないらしく、ふっとと鼻を鳴らしていた。


「……手なずけたなど、そんな方法私は知りません。逆にこちらも困っているので、どうにかしていただきたいのですが」

「それほど、竜になつかれて、何もしていないわけがないだろう! 何か薬でも使ったか……顔を隠すのでもなく、堂々とそんな行為を行うなど、余程自信があるようだな。必ずどこの国のものか、口を割らせてやる……」

「は?? いったい何を……」

「サジュール!! メディサ様を抑えておけ! 薬で操られているからな、少々手荒になっても致し方ない!!」


 男の言葉に竜は明らかに気乗りのしない顔をしていた。

 困ったように赤い竜を見つつ(そして赤い竜には睨みつけられ)、首をすくめてまるで男をなだめるよう顔を押し付ける。それが逆に男を押さえつける結果となり、竜の体と顔でつぶされることになった彼は慌てふためいた。


「俺じゃない! サジュール!!」

「……申し訳ないが、そろそろ帰って良いだろうか。もう日もずいぶん上った。私を心配する輩もいるんでな」

「ぎゅうぅぅ」


 男に頼ることはやめ、赤い竜と交渉してみれば、竜は知性のある瞳でルエンを見返し、素直に顔を離してくれた。竜に怯えていたシェスタも自分を害する気配がないことを察したのか、ルエンがひく手綱に素直にしたがってくれた。 


「ま、待てっ!! どこへ行く!!」


 自分の竜に押し倒され(?)ながら、男がこちらに手を伸ばしているがルエンはそれを一瞥しただけでシェスタに乗り、その上から赤い竜と視線を交わす。


「また、いつか。今度は君がかなり友好的だと知ったから、少しは打ち解けられるかな?」

「ギュウウ!!」


 自分に甘えてくる赤い竜をみていたら、いつの間にか恐怖はどこかへ吹き飛んでいた。ルエンの言葉を理解し嬉しそうに声をあげる竜に手をあげると、シェスタが走り出す。


「まてぇ!! 貴様~~」


 風を切る音とともに、そんな声が聞こえてきたが、ルエンはそれを気にすることなく城へと戻ったのだった。……そして、城の入り口で待ち構えていたヒールリッドに連行されていった。



 ◇◇◇


「いつもいつも懲りないこと。ヒールリッドの手を煩わせて、まったくあなたは何をしたいのかしらね?」


 目の前には、とても美しい女性がいた。真っ直ぐな茶色の髪に、こちらを一心に見つめるのは鋭く知性に富んだ青い瞳。その強い瞳のせいで、冷たく近寄りがたい印象を与える女性だが、曲がったことが嫌いで困った人がいるとすぐ首を彼女の凛とした姿には男性だけでなく、憧れる少女たちも多いという。別名、氷花の姫とも呼ばれているのが、ルエンの従姉でもあり、幼馴染でもあるメディーセカ・ファバル。ラグレーン国の東一帯を治めるファバル公爵の一人娘だ。


 そんな彼女の怒りを真正面から受けてしまったルエンは、ひくりと顔をひきつらせながらも、とりあえず……今日何度目になるかわからない謝罪をした。


「す、すまない。メディーセカ。あなたが来るなら、どんな予定があっても必ず開けていた」

「まぁ、白紙ばかりの予定表に書くものなんてあったのかしら? わざわざ可愛い従弟殿のお顔を朝早くから拝見させていただこうとした私も愚かといえば、愚かなのかもしれませんが……」

「いや! そ、そんなことはない!! メディーセカが来てくれるのはいつも嬉しいぞ」


 ルエンの必死ともいえる笑顔をじっと見て、彼女はようやく怒りが収まってきたのか、ぱちりと音をならして扇を閉じた。そして、八つ当たりをしてしまった自分を恥じるように目元を赤く染め、小さなため息をついた。


「……と、私も少々悪ふざけが過ぎましたわ、ごめんなさい。兄の騒動のことでは、貴方にもご迷惑をかけたというのに……」


 ふぅっと小さなため息をつくさまは、思わず手を差し出したくなるほど儚く見えた。

 しかし、付き合いの長いルエンは知っている。彼女が見事な令嬢の顔をしているときほど、心の中で吐かれている言葉は見事なほど正反対のときだと。


「領地にこもっている兄の訃報の知らせに慌てて帰ってみれば、木の上に登ろうとして足を折っただけ。しかも本人は呑気にメイドに甘えて、あれやこれやとのわがまま……ああ、あの時ほど、兄の首を絞めてやりたいと思ったことはありませんわ」


 メディーセカの兄であり、ファバル公爵家の跡継ぎであるライザネルは、まだ24歳という若さだというのに早々に領地に引きこもった変わり者だ。この国にある学園で教鞭をとるほどの頭脳がありながら、それは気晴らし程度と豪語し、王都の人のわずらわしさを嫌い、領地で好き勝手に暮らしているという。しかし、運動能力はほとんどなく、気まぐれに梯子に上って降りられなくなるというようなエピソードを山ほどもっており(屋根の補修のためかけられていた梯子だが、半分もあがれないのに、降りられなくなったという)、ルエンも彼の後始末にいろいろと駆けずり回った記憶がある。


「今頃、父上の監視のもとで眠れないほどの雑用を押し付けられているはずですわ。いい気味です」


 くすくすと笑う顔を直視できず、ルエンはさりげなく彼女から視線をはずす。彼女を慕う人たちがみれば、どんなに恐怖に震えるだろうと思いながら。


「さて…そういえば、今、城の中がいろいろ騒がしいことになっていわね。アルゼール国の皇女がついにこの国にも来たのね」

「あ、ああ。どうやら、ナサール公爵を気に入ったらしく、いつも傍に呼んでいるらしい」

「そう……あの、何を考えているのかわからない御方に目をつけるなんて、さすがと言えばよいのかわからないけど……レイドリック様にとってはよくないお話ね」


 さらりと何かつぶやいたようだが、ルエンはそれに気づかず、うんと頷いた。そしてしばし沈黙の時が流れる。話の続きがあるものだと思っていた彼は、メディーセカの沈黙に首を傾げながら顔を上げた。


「それで? あなたはそのことをどう思っているの?」

「……どうって?」

「アルゼール国の皇女がナサール公爵を夫候補にしようとしていること。どう思っているの?」


 いつの間にか真っ直ぐにこちらを見ている青い瞳は、こちらを見定めようとしているように見えた。何故自分にそんなことを聞くのだろうと、若干狼狽えながら、ルエンはしどろもどろに口から出てきた言葉を乗せる。


「ナサール公爵が選ばれたら、兄上が怒ると思う……でも、アルゼール国の皇女が決めたら逆らえないし、選ばれないようにしなきゃいけないとは思うが……」

「では、どうやって選ばれないようにすればよいのかしら?」

「そ、それは……わからない」


 視線の強さに耐え切れず、早々に白旗を上げてしまったルエンにメディーセカは深いため息を吐いた。

 やはり、ルエンにはアルゼール国皇女のことには危機感を抱いているものの、それをどうにかしようと考えることも動くこともしていない。自分が考えなくても、誰かが何とかしてくれる、そういった意思が垣間見えて、メディーセカの言葉はついきつくなってしまう。


「ねぇ、ルエン。貴方、いい加減に他人ばかりに頼るのはおやめなさいな。貴方はこの国の王子なのよ? もう少し自分のことも含めて周りをよく見て、考えて。貴方はいつもどこかで、永遠に自分の周りが変わらないと思っている。自分を誰かが良き方向へと導いてくれると思ってる。それは幻想よ」

「別に私は……」

「少し考えてみて。ナサール公爵がいなくなったら、レイドリック様は優秀な臣下を一人失うことになる。彼の有能さに代わる人物なんて早々にいるわけないわ。けれど、彼がいないなら誰かがやらなくてはいけない。組織の大掛かりな改革、彼の影響がなくなった後の、派閥の見直しなど様々な問題が湧き出てくるわ。レイドリック様も、友人でもあり腹心でもあるナサール公爵を失って、さぞお心を痛めるでしょう。ルエン、その時貴方はどうするの? どうすればいいと思う?」

「そ、それは……」


 叩き込まれるように質問されて、ルエンは少しパニックになる。

 彼女の言ったことの理解も、それに対する答えも、情報量の大きさに耐えられず、口からはもごもごとした音のようなものしか出てこなかった。そんな彼をメディーセカは黙って見ていたが、数分経っても何も答えがないことを知ると彼女の視線からは、強い輝きが失せてしまった。


「ねぇルエン。貴方はもう17歳。そういったことを考えなくてはいけないのよ。貴方はこの国の第二王子。王の子として生まれたからにはそれなりの責任というものがあるの。いえ、貴方だけでなく、貴族という者たち皆にね……これから自分がどうするべきが、何をしたいのか、国に何ができるのか、きちんと自分で考えて。もうそういった時の中に貴方はいるのよ」


 一度よく考えなさい。

 そういった彼女の言葉に、ルエンは頷くしかなかった。 


 

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