序章 定数測定
序章 定数測定
「次──!」冷徹な電子音声が、午前零時の静寂をせん断する。港区入区管理局。ここには、年収三千万円や総資産数十億円といった、現代社会の凡庸な数字では測ることのできない絶対的な美学があった。月の光が東京湾の水面に反射し、二度と繰り返されることのない、刹那的な反復不能の風景を奏でている。水面の有機的なフォルムに特異な愉悦を覚えながら、私の順番が刻一刻と近づいていく。「次──!」私は、水面の柔らかな肌に触れてみたいという倒錯した幻想を追い求めるようにして、ネクタイを外した。仕立てに百万円は下らない全身の「装備」を次々と解除し、無機質な床へと落としていく。「次──!」ゲートの先、波打つ水面の向こう側に、無数に立ち並ぶ男たちの裸の彫刻たちが一斉に「勃ち並んでいる」奇怪な風景を網膜が捉えた。この場で、安易な笑みを浮かべる者など一人もいない。彫刻たちの鋭い眼鏡、鍛え抜かれた大胸筋、そして肌の色や艶、持久力といった肉体のすべてのスペックが、港区条例という名の冷徹なプログラムによって計測されていく。ここでは、あらゆる存在が「定数」によって支配されている。今夜も彫刻たちは、限界まで磨き上げたその肉体のみを建材として、港を目指すのだ。「次──!」私の番が来た。 私は両手をしならせるようにして、上方へリフトアップした。卵を守るための母鳥の威嚇のように、あるいは優しく何かを抱え上げるようにして、自らの「男」を虚空に披露する。「ペンドゥラム(振り子)」ここでは、そう呼ばれている。五人の管理局員に囲まれ、ありとあらゆる座標を計測される。色見本とのわずかな差異すらも見逃されない。私はただの彫刻である。決して動くことはなかった。
「よし、通れ」「おお……」と、背後の彫刻たちから感嘆の吐息が漏れる。「それでは、お荷物はすべてお預かりいたします」そう、私は彫刻。この港を歩く時に、衣服や資産という名の「装備」の着用は、決して許されない。定数の非情さ。規定値にわずか九・八ミリ足りなかったがために、品川の闇へと消えていった投資銀行家たちの亡霊が、夜の海風に混じって泣いている。私は、彫刻。布など決して纏いはしない。石畳の通路が足裏から体温を奪うが、肉体に「冷たさ」を表現する必要はなかった。そのような脆弱な構造物は、この港区には不要だからだ。




