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第2話灰かぶり姫は20時に寝たい。筋肉大事!

『イノブタラ永久捕食の最短ルート』それこそ森の狩人シンシアスとの結婚だと信じ、シンシアス好みの女性になるための修行、と称した破壊活動を日々繰り返すアシュリン。


義母レティシアと義姉たちは、彼女を『恐怖の大魔王』と呼び、震え上がる日々を送っていた。


そんなある日、王宮から一枚の招待状が届いた。

第一王子エドワード主催の、婚約者探しを目的とした盛大な夜会。


「アシュリン、聞こえているの? 王子殿下の夜会よ! 伯爵令嬢として、出席は絶対の義務なの。いいわね?」

義母レティシアが、震える手で招待状を差し出した。


しかし、壁に向かって超高速の正拳突きを繰り出していたアシュリンは、振り返りもせずに言い放った。

「お断りします。そんな夜更かし、私の修行の邪魔だわ」


「し、修行……?」


「ええ。シンシアス様の望む『爆乳(大胸筋)』を手に入れるためには、成長ホルモンの分泌が不可欠なの。20時に寝て早寝早起きを徹底しないと、筋肉が健やかに育たないじゃない!」


「(そんな根拠あるのか……!?)」

レティシアと、背後で様子を伺っていた義姉たちの心の声が一致した瞬間だった。


令嬢が口にする「成長ホルモン」というあまりに可愛くない単語に、義姉セシリアはめまいを覚えた。


「で、でもアシュリン、これは王命に近いものなのよ! もし欠席なんてしたら、伯爵家が不敬罪に問われてしまうわ!」


「不敬罪? それで私の筋肉が衰える以上の損失があるというのですか?」


「あるわよ! 一家離散よ! 地下牢よ!」

レティシアたちは必死だった。

正直なところ、不敬罪も怖いが、何より『アシュリンにこれ以上屋敷に居座られること』の方が恐怖だった。夜会という公の場に送り出し、あわよくば高貴な誰かに彼女を押し付けて(あるいは押し付けられて)、この魔王から解放されたい。その一心であった。


「お願い、アシュリン! この通りよ!」

「お願いします、アシュリン様! 私の、この特注の豪華なドレスも貸してあげるから!」

「私の、この大切な装飾付きの革靴も使っていいわ! だから行ってちょうだい!」


義母と義姉二人がかりで、もはや土下座に近い懇願を繰り出す。


アシュリンは、三人の必死すぎる形相を見て、ふぅ、と溜め息をついた。

「……分かりましたわ。そんなに言うなら、今夜一晩くらいは睡眠時間を削ってあげましょう。その代わり――」


アシュリンの口角が、不敵に吊り上がる。


「明日は一日中、休みなしで『修行』に取り掛かりますわ。……よろしくて?」


その言葉を聞いた瞬間、レティシアたちの背中に氷水を流し込まれたような戦慄が走った。

明日、一日中。あのアシュリンが一切の休息を挟まず、屋敷の壁を殴り、床板を剥がし、厨房を爆破し続ける。それはルーカス伯爵家全壊という死亡宣告に等しい。


「(ひ、ひぃぃっ……!! 明日にはこの屋敷、瓦礫の山になってるわ……!)」

セシリアとベアトリスは抱き合いながらガチガチと歯を鳴らした。


だが、レティシアの瞳の奥には、絶望と背中合わせの狂気的な希望が宿っていた。


「(いいえ、耐えるのよ! 彼女が夜会で王子の目に留まれば、そのまま王宮へ引き取られるかもしれない……。あるいは、あの無礼極まりない態度で王子の逆鱗に触れ、そのまま地下牢へ送られるかもしれない!)」


そうなれば、明日の修行(破壊活動)など起こり得ない。

これこそが、魔王を合法的に屋敷から叩き出す千載一遇のチャンスなのだ。


「ええ……ええ、構わないわ……っ! 明日のことは、明日考えましょう……っ!!」

レティシアは血の涙を流しながら、笑顔(の形をした引きつり)で叫んだ。


こうしてアシュリンは、義姉ベアトリスの『小さな革靴』に、トレーニングで鍛え上げた立派な足を「メキメキッ」と音を立ててねじ込み、戦場(夜会)へと向かうことになったのである。


彼女の脳内には『20時就寝・健康・筋肉』、そして『修行』の文字しかない。


それが、後に『王国の悲劇』と呼ばれる深夜0時の逃亡劇へと繋がるとは、この時の彼女はまだ知る由もなかった。

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