第1話 灰かぶり姫とイノブタラ(神)
カクヨミに一度だした作品ですが、なかだるみして自分でも気にいってなかったので、もう一度練り直して書き直したいと思います。
―義母と義姉に虐げられる可哀想な灰かぶり姫? そんな世界は、この物語には存在しない。 これはある食に魅せられ、それを神と崇め、そのために手段を選ばないという、一人のヒロインの執念の物語である―
「私、決めたわ。あの方の隣で、一生あの肉を食らって生きていく。そのためなら、この身を地獄の業火で焼いても構わない!」
満月の夜、ルーカス伯爵家の一人娘アシュリン(15歳)は、誰にも聞こえない声でそう誓った。 彼女の瞳に宿っているのは、恋する乙女の輝きではない。獲物を狙う肉食獣の、鋭い光だった。
すべては、あの日、暗い森の奥で出会った『肉の神』から始まった。
数ヶ月前、実父であるルーカス伯爵が再婚を決めた。亡き母を想い、新しい家庭に馴染めるか不安だったアシュリンは、現実から逃げるように屋敷を飛び出し、深い森の奥で迷子になっていた。
「うぅ……もうダメ……お腹すいた……。どこかに、味付けの濃い肉の塊でも落ちてないかしら……」
空腹は人を獣にするというが、彼女の場合は、空腹は人を「肉の探知機」へと変えていた。 そんな彼女を見つけたのは、森に住む一人の狩人、シンシアスだった。逞しい体つきと、都会の軟弱な貴族にはない野性的な笑み。
「こんなところで何をしてるんだ? 一人か?」
彼は腕の中の奇妙な生き物――豚と猪を掛け合わせたような『イノブタラ』を地面に下ろした。森の珍味として知られる獲物だ。
「とりあえず、食うか?」
狩人は迷うことなく炭火を起こし、巨大な肉の塊を網に乗せた。ジュウジュウと脂が滴り、香ばしい匂いが暴力的なまでに漂う。 アシュリンは涙を拭く間もなく、獲物を見つけた肉食獣のように飛びついた。
「な、なにこれ……おいしすぎるっ! こんな美味しいお肉、初めて食べたわ!」
「泣いてたんじゃないのか?」
口の周りを脂でテカらせながら、アシュリンはさらに目をギラつかせて尋ねた。
「お兄さんは、こんな美味しいお肉を毎日食べているの?」
「毎日じゃないけどな。こいつはよく獲れるから、食おうと思えばいつでも食えるさ」
その瞬間、アシュリンの脳内で雷鳴が轟いた。 (……これは、人生の最重要案件だわ。絶対にGETしなければ。お肉を無限に供給してくれるこの……この『肉の供給源(狩人)』さんを!!)
そこへ、血相を変えた迎えの者たちが到着した。
「アシュリン! 無事だったか!」
現れたのは、父のルーカス伯爵だ。伯爵は娘を救ってくれた狩人に深く頭を下げ、礼を述べる。
アシュリンはその横で、すでに「結婚」という名の長期供給契約を夢見ていた。
(狩人さんのお嫁さんになれば、あのイノブタラの肉が一生食べ放題……! しかもイケメン・独身・筋肉。これ以上の優良物件がこの世にあるかしら? いや、ないわ!)
アシュリンの胸に宿ったのは、シンシアスへの純粋な恋心ではない。
「イノブタラを無限に食らいたい」という純度百パーセントの食欲。 そして、その願望を叶えるための最短ルートが「彼との結婚」であるという、あまりにも短絡的かつ不純なビジネス的思考であった。
(待ってなさい、イノブタラ……。あなたを一生独占するために、私はこの『肉の供給源』を必ず仕留めてみせるわ!)
伯爵家に連れ戻されたアシュリンは、すぐに行動を開始した。彼女が向かったのは、代々伯爵家に仕える有能すぎる執事、ハンスの元だ。
「ハンス、あの森の狩人シンシアス様について、ありとあらゆる情報を洗い出しなさい。彼の好み、習慣、好きな食べ物……一切の妥協は許さないわよ」
数日後、ハンスは一枚の分厚い報告書を差し出した。
「報告いたします。まず、シンシアス氏の好みは『清潔な家を保ち、毎日旨い飯を作ってくれる家庭的な女性』とのことです」
「ふむ。家庭的、ね。……それで?」
「……もう一点ございます。よろしいですか」
「言いなさい。一切の妥協は許さないと言ったはずよ」
「では、失礼して。――『腕の中に収まりきらないほどの、圧倒的な爆乳』。以上でございます」
アシュリンの視線が、自身の平坦な胸元に落ちた。沈黙。
「……ハンス」
「はい」
「今の一文、聞かなかったことにしてくれるかしら」
「かしこまりました。ですが報告書には既に記載済みでございます」
(……足りない。圧倒的に、質量が足りないじゃない!)
だが、アシュリンは諦めなかった。このレポートさえ攻略すれば、あの肉が一生食べ放題になる。彼女の脳内では、「結婚=肉」という短絡的かつ強固な方程式が完成した。
まずは「家庭的」の克服である。
「シンシアス様のために、最高のスタミナ料理を!」と意気込んでフライパンを振れば、火力が強すぎて台所が火の海になった。栄養を凝縮させようと煮込みすぎたスープは、謎の化学反応で発光する紫色の劇薬へと姿を変えた。
掃除も同じだった。「清潔な家」を目指して廊下を磨けば、彼女の並外れた怪力によって大理石の床にヒビが入る。義姉セシリアが自室に飾っていた陶器の人形も、「消毒」という名の怪力洗浄によって粉々になった。
「お、お母様! アシュリンが私の人形を……!」
義姉の悲鳴が屋敷に響いたが、アシュリンの耳には届いていなかった。
彼女の意識は、既に次の課題――最大の難関、「爆乳への執着」に向いていたからだ。
「足りないなら、育てるしかないわ! 筋肉を鍛えれば、盛り上がるはずよ!」
アシュリンの解釈は、どこまでも物理に偏っていた。毎日、屋敷の重厚な壁をサンドバッグ代わりに正拳突きを繰り出す。
ドゴォッ!! ドゴォッ!!
「ふんっ! はぁっ! この大胸筋が、いつかシンシアス様の望む『爆乳』に進化するのだわ!!」
もちろん、そんな医学的根拠のない修行の結果、育ったのは女性らしい胸ではなく、岩のように硬い広背筋と、壁を貫通させるほどの破壊力だった。
「アシュリン……もうやめて。お願いだから、今日は何もしないで……」
再婚したばかりの義母レティシアは、日々増えていく壁の穴と、破壊される備品を前に、胃薬を握りしめて震えていた。
そして被害は、思わぬ形でアシュリン自身にも降りかかった。 壁を壊しすぎたせいで暖炉の煙道が歪み、彼女の部屋には毎晩、灰と煤が容赦なく降り積もる。
使用人たちは「あの灰は、壊した本人が始末してくださいませ」と匙を投げた。
アシュリンは毎晩、自室の暖炉の灰を自分でかき出す羽目になっている。頭から爪先まで灰まみれになりながら。
「……肉のためよ。これくらい、なんてことないわ」
灰を被った令嬢は、そう独りごちて笑った。
アシュリンが灰かぶり姫と言う理由で終わらせました。
元々アシュリンという名前自体がアシュリン(灰)だから灰かぶり姫なんですが、やはり灰を被ったほうがわかりやすいと思ったので。




