第1章 編集者は異世界でも誤植を見つけたい・その3
トニオは俺の言葉を真摯に受け止めてくれたようだった。
「……異世界から来たというわけか。風体も言動も、言われれば確かにおかしいところばかりだな……私は書けないが、異世界から人やアイテムを召喚する魔法もあると聞く。ダイゴロー、お前の言葉を信じよう」
あたかも自分に言い聞かせるかのような口調でトニオは語った。俺は黙って言葉の続きを待つ。
「すべての魔法は精霊の力を媒介として成立する。そして、簡単に言ってしまえば、魔法書とは精霊の力を引き出すためのアイテムだ。魔法書に記された〈物語〉を、魔法を使えるものが〈詠む〉ことで精霊が力を貸してくれる」
編集者の知恵・その三――話を聞いているときはうなずくこと。単なる相槌ではない。うなずくことで、聞く姿勢が正しくなるのである。ふむふむ、精霊の力を引き出すための魔法書、か。そんでもって魔法を使えない人間が読んでも意味はない、と。
「魔法書の作成には一定の技量が必要となる。精霊が喜ぶ言葉や精霊の力を引き出す物語が、魔法書には記されなければならないからだ」
「なるほど、それでさっきの本には物語っぽいものが書かれてたのか」
編集者の知恵・その四――相手の話を聞いて、少しでも理解が及んだら、必ずそれを言語化すること。そうすると相手も次の言葉を探しやすくなるし……第一、編集者自身が理解できないことは本にしたところで読者にも理解しにくいものになっちまう。
「そうだ。私のように魔法書の作成をもっぱらとする魔法使いに求められるのは、魔法力そのものではない。精霊の力を引き出す言葉を自在に紡げる能力なのだ」
「ん? じゃあ、魔法書をつくる人と魔法を使う人は違うのか?」
「正確に言えば詠唱する人間と詠唱されるものをつくる人間がいる、ということになるかな。先程私がつくったのは《炎》の魔法書で、ダイゴローもその目で見た通り、私自身が詠唱しても効果はある。ただ、私よりも高い魔法力を持つ人間が詠唱すれば、その効果はより強くなる」
「えっと……少年に言伝した、キティーソさん、だっけ? その人が詠唱する専門家ということ?」
「そうだな。キティーソ・イサットはこの学院に所属する二年生でまだ若いが、学院でもかなり上位に入る魔法力を誇る魔法使いだ。私が詠唱しても薪に火がつく程度だったが、キティーソなら……あの魔法書でもおそらく家一軒をまるごと燃やせる規模の炎を生み出せるだろう」
「なるほど、同じ魔法書でも詠む人次第で威力は全然異なる、と。でも、それならキティーソさん自身が魔法書を書いたらいいんじゃないか?」
わざわざ別の人間に精霊の力を借りる言葉を書いてもらわないでも、自分でつくったらいいじゃないか、魔法書を。俺はそう思ったのだが……。
「……異なる世界から来たと言ったが、ダイゴローのいた世界には、演劇という文化はあったか?」
トニオにそう問われ、俺は力強くうなずいた。
「もちろんさ。能に歌舞伎にシェイクスピア、宝塚、2・5次元……いろんなタイプの演劇があったよ。俺も二冊ぐらい演劇関連の本を編集したことがある」
「ならわかるだろう? 演劇には物語がある。脚本がある。だが、脚本を書く人間と、演じる人間はだいたい別人だ。魔法書と魔法の関係もそれと同じで、精霊が喜ぶ物語を書く人間と、精霊の力を魔法として発現させる人間は違うということだ」
なるほど、わかりやすい。俺は深々とうなずいた。
「つまり、トニオさんは書く人間であって演じる人間ではない、と」
「そうだ。もっとも細かく言えば魔法書を書く上でも使用する魔法はあるから、厳密には私も演じる人間でもあるのだが……社会が望むのは魔法書そのものではなく、魔法書によって導き出される魔法の効果だからな。魔法使いといえば通常はキティーソのような存在を意味し、私は言わば黒子に過ぎない」
「む。その社会ってのが気になるな。魔法ってのは社会に関係するものなのか?」
「する。例えば我がデアール王国は、春の訪れが遅い。年にもよるし地域差もあるが……春になっても雪が残っているような土地ばかりだ。だから春先になると多くの魔法使いが王国各地の農耕地に出向し、魔法で雪を溶かし、土を暖める。社会と関係があるというより、社会を動かしている根本に魔法がある、と言ったほうが正しいだろうな。冬場になると王立ナッセキメーソウ学院魔法書研究局ではもっぱら《火》系統の魔法書、具体的には《融雪》と《地熱》の魔法書ばかりつくることになる」
「ん? てことは魔法書の効果は一年限りってことか?」
「いや、そうとも限らない。ただ、同じ魔法使いが同じ土地の精霊に同じ魔法書を読んでも、効果は薄いということだ。精霊だって飽きてしまうからな。そうなると魔法の効果は半減する」
「同じ魔法使いが同じ魔法書を別の土地の精霊に読み聞かせればいいんじゃないの?」
「それも間違いではないな。実績のある魔法書……つまり、多くの精霊に喜ばれる魔法書はあると言えばある。一例を挙げれば私の母、ヴェータ・キータが記した《水流》の魔法書は二十年前に書かれたものであるにもかかわらず、未だに王国各地で引っ張りだこだ。毎年土地を変えては、その地の水の精霊を喜ばせ、川の流れに勢いを与え、水車を回す効果を倍増させている。もっともこれはかなり珍しい事例だがな。母は本当に精霊が求める美しい物語を書くのが得意な人だった……」
そこでトニオは感慨にふけるかのように目を閉じた。俺はと言えば、初めて耳にするこの世界の魔法というシステムに、ハッキリ言って魅了されまくっていた。
魔法書がなければ魔法は発動せず、そして魔法書の内容次第で魔法の効果は異なるというルールは、平たく言えば「本がモノを言う世界」ってことじゃないか。
そのルールを聞いて、血が騒がない編集者がいるか?




