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第1章 編集者は異世界でも誤植を見つけたい・その2

 少年が去ると、トニオと呼ばれた青い髪の少女は、じっと俺を睨んだ。

 改めて向かい合うと、相当な美少女だとわかる。整った鼻梁、大きな切れ長の瞳、透き通るように白い肌……ゲラとにらめっこばかりしていた俺の人生においてはついぞ出会いのなかったタイプの人間だ。

「私はトニオ・キータ。王立ナッセキメーソウ学院魔法書研究局に所属する二年生。あなたは誰だ?」

「俺の名前は富士見大五郎。編集者だ」

「……編集者?」

 トニオと名乗った少女はキョトンとする。なにそれおいしいのみたいな顔だ。

「本をつくる職業のことだ。知らないのか?」

 あんな立派な本を持っていたくせに編集者の存在を知らない? どういうことだろう。

 トニオはしばらく考え込む仕草をすると、

「……ついてきなさい」

 と言い、歩き出した。

 美少女についてこいと言われてしまえば、オッサンとしてはついていくしかない。

 他に行くところもないし、聞きたいこともある。


 芝生が生い茂っていたエリアからレンガ畳の道を進み、石造りの建物に入る。中世ヨーロッパの古城といった趣の建造物だ。建築の歴史は詳しくないが、どう見ても近代につくられたものじゃないことはわかる。

 古めかしい建物の一室に俺は案内された。木や石などの素材が目立つ、やっぱりかなり古風な雰囲気の部屋だ。

「座ってくれ」

 トニオに促され、木の椅子に腰掛ける。トニオは頑丈そうな机の奥にある革張りの椅子に座った。

「ダイゴロー……といったな さっきのあなたのはなんという魔法だ? 瞬時に〈言葉の間違い〉を発見する魔法など聞いたことがない」

 そんな魔法は俺も知らない。

「誤植や統一ミスを指摘したことか? 何を言いたいのかわからんが……あれは文字校正っていう、編集者の基本的な技術だ」

 そう答えると、トニオは表情を変えずに、

「編集者は本をつくる職業だと教えてくれたな。もう少し詳しく聞かせてくれ。具体的には何をする仕事なのだ?」

 と質問を重ねてきた。

「だから本をつくる仕事だよ。アンタが……トニオさんがさっき男の子に渡していたようなヤツ。アレをつくる仕事」

「つくる……の意味がわからないな。製本することか?」

「いや、それは製本屋さんの仕事だろう。本の中身をつくるのが俺の仕事だ」

「中身……魔法書を書くということか?」

「書くのは作家の仕事。編集者は書かせるのが仕事。まあ、書く内容の方向性を決めるのも仕事の範疇だな。企画をつくるっていうか」

「方向性……企画……よくわからないな」

 うーん、どうやらこの美少女は編集という言葉の意味を理解していないらしい。

 編集を知らない人間に編集者という職業を説明するのって難しいな。

 このままじゃ話が噛み合わない気がしたので、俺は俺の疑問をぶつけさせてもらうことにした。

「よくわからないといえば、さっきのあれ。どういう仕組みなんだ?」

「さっきの?」

「トニオさん、あんたが本を読んだら薪に火がついただろ? あの仕組みについて教えてほしい」

「仕組みも何も、あれが《炎》の魔法書の効果だ。火がつくのは当たり前だ」

 トニオは淡々と言うが、俺にはそれがわからない。

 でも大丈夫。こういった「よくわからん」ときには編集者としての働き方を思い返そう。


 そう、編集者の知恵・その一――知ったかぶりをしないこと。

 知らないことは知らないとハッキリ言ったほうが、取材相手も作家先生もいろいろたくさん話してくれる。なので無知な自分をちゃんとさらけ出したほうが、取材も打ち合わせもスムーズに行く場合が多いのだ。

「その魔法書ってのが俺にはよくわからん。詳しく教えてくれないか?」

 俺の言葉にトニオは不審そうな顔をする。だがここで引き下がるわけにもいかない。

「正直に言う。俺は多分、この世界の人間じゃない。魔法なんてものがない世界から来たんだ。だから魔法や魔法書と言われても理解できない……が、トニオさんが驚いてくれたように、本についての知識と経験ならそれなりにあるつもりだ。詳しく教えてくれれば、あんたの役に立てることもあるかもしれん」

 編集者の知恵・その二――嘘をつかないこと。いや、嘘も方便だし、時と場合に応じてはいくらでも嘘つきになるのが編集者だが……正直者になったほうが物事が動く場合も多々あるのである。多忙を極める作家先生に「ぶっちゃけウチで出せる予算はこれが限界です! でも俺はどうしても先生の新境地を見たいんです!」と頭を下げてみせると、案外OKがもらえたり、とか(もちろん、本当に読みたいって気持ちがないと通用しないけど)。

 さて、今回の俺の本音は……どうやら通用したようだ。トニオは深くうなずくと、ゆっくりと口を開いた。


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