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第7章 戦争が得意な編集者なんているわけない・その3

本隊に追いつくため、いや、トニオに追いつくため、俺は走った。

 が、中年編集者の足は俺が思う以上に遅い。

 おまけに平坦な土地を進む一本道だと思っていたが、何度か道が枝分かれしていて、土地勘のない身からすると、難儀した。

 朝の作戦会議で、キティーソが「丘から戦闘予定地まで二時間」と言っていたのを思い出す。時速五キロメートルで行軍していたと仮定するならば、十キロメートル程度の距離ってことだ。

 戦争の音というものを俺は知らないが、阿鼻叫喚のサウンドであれば、耳に届くんじゃないか……などと思いながら、土の上についた足跡などを確かめながらひたすら走る。

 畑のように人の手が入ったと思われる土地もいくつか通り過ぎた。作物の姿は見えない。収穫が終わったんだろう。落ち着いた風情の田園地帯という雰囲気だが、のんびり見ている場合でもない。

 戦争ってやつは、人間の感性をここまで摩耗させるんだなと悪態をつこうとしたときだった。



 ……せえええーえええええええ……



 オッサンの荒い呼吸ではない音が耳に流れ込んできた。

 微かな響きだ。だが、人間の発するものだ。逃げ遅れた人間がいるんだろうか?

 俺は走るのをいったんやめて、周囲をきょろきょろと見渡した。

 進行方向のやや右手に、屋根だけがついた建物が見える。干し草かなんかを置いておく場所だろう、多分。

 静かに近づくと、音がさらにクリアになった。

 建物に歩み寄り、足音を殺して、気配をうかがう。

 すると……建物の裏手に小さな溜池が見えた。溜池のほとりに、土色のエプロンをまとった少女が座っていた。

 少女は手を合わせて溜池に向かって拝んでいる。拝みながら、何やら唱えている。

「どうしたんです? 逃げ遅れたんですか? ここはまもなく戦場になるかもしれませんよ!」

 そう話しかけるが、少女はチラッと顔を上げただけで、また溜池を拝みはじめた。

 少女から聞こえる音は、不明瞭だ。



 いーぃいーいいいいぃいいいいぃ

 

 けーぇえええええええぇー

 

 んーん、んーんんんん、んんっ、んー

 

 かーあぁああああああ、あああー、ああああぁぁ~

 


 ひとつひとつの音を、たっぷり数秒以上かけて発している。何かの歌だろうか。よく呼吸が続くなと思ったが、そんなことに感心している場合でもない。

「聞こえてますか、ここにいたら危ないですよ、はやく避難しましょう!」

 そう言いながら少女に歩み寄る。だが少女は発声をやめない。



 いーぃいーいいいいぃいいいいぃ

 

 みいぃいぃぃいいいぃいいいぃいいいい~


 ずぅぅぅぅううううううぅうううぅうぅうう~



 なんだなんだ? 「いぃー、みぃー、ずぅー」? 「E、Me、Zoo」? 意味がわからない。のっけから日本語が通じたから、てっきり異世界だけど言葉の壁なんてないものだとばかり思っていたが、案外そんなこともなくて、ちょっと土地が違うだけでも別の言語形態が存在したりしているのだろうか?

 少女の身なりを確かめてみるが、学院で出会った食堂のおばちゃんとほぼ似たような格好だ。おばちゃんは自分を村人だと言っていた。似たような衣装のこの少女もそうなのではないか。だとしたらやっぱり避難させるべきなんじゃないだろうか。

「さあ、行きましょう、避難場所がわからないなら、案内しますよ」

 強引にでも連れて行くべきだと思った俺は、少女の肩に手を置く。

 すると少女はぶんと肩を振って俺の手をほどいた。

「かああああぁああああって、もう、やめてください! ああん、最初からになっちゃった!」

 少女は地に伏せて頭を振ったかと思うと、ガバっと起き上がって俺を睨みつけてきた。

「いくさのことは知ってます! 私はここで家を守らなきゃいけないんです! ほっといてくださいっ、バカ!」

 人の善意をバカ呼ばわりしやがって、とは思わなかった。

 それぐらい少女の顔が真剣だったからだ。冗談やおふざけでやっている行為には見えなかった。狂乱の様相もない。大真面目に、池に向かって何やら唱えていたんだろう。このあたりに伝わる民間信仰のおまじないか何かかもしれない。どう見ても非戦闘員だし、戦う意思を見せない限りは兵士も乱暴なことはしないんじゃないか……。平和ボケした頭だなと自嘲しつつも、俺は説得は難しいと諦めることにした。

「わかりました。でも戦闘が激しくなったら避難したほうがいいですよ。この奥の道を真っ直ぐ進んだら丘があって、そこならイサット家の兵隊が守ってくれるでしょうから」

 それだけ言って、俺はその場を去った。

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