第7章 戦争が得意な編集者なんているわけない・その1
やがて周囲が騒がしくなりだしたと思ったら、馬車が止まった。
荷台からにゅっと顔を出してみると、一度訪れた、キティーソ・イサットの屋敷が見える。
あのときと違うのは、屋敷の周りに、大勢の人間がいること。
すでに日は昇りつつあって、朝日に照らされた冬の木立が穏やかな自然の色合いを見せてくれる。
が、のどかな雰囲気は皆無で、大勢の人間たちはみんな武装していた。目に見える範囲にいるのは、みんな男。ほとんどの男たちは俺の着ている革製の鎧めいたものを着ていて、手には長い棒のようなものを持っている。ああ、槍か。あ、ごつい鎧に身を固めている人も数人いるなあ。ファンタジー世界っぽい鎧って感じで、なんか安心できる。俺もあれがよかった。
などとぼんやり観察していたら、従者の少年から降りるようにせっつかれた。
急いで荷物とともに荷台から降りる。
下馬をして屋敷に向かうトニオのあとを、従者の少年レッツ君とともに荷物を担ぎつつ、追いかける。アンも「ふうふう、重たいですぅ……」とついてくる。
屋敷から赤毛の少女……キティーソが出迎えてくれた。キティーソもトニオ同様、細身な肉体にあわせた、瀟洒な鎧に身を固めている。色は真紅。赤と白の鎧に身を包んだ美少女の邂逅。うーん、絵になるな。
などと感心していたら、甲高くよく通る声が、朝焼けに染まる空を貫いた。
「皆のもの! キータ家当主、《神速の筆》ことトニオ・キータが此度の戦に手を貸さんと馳せ参じてくれた! 見知りおけ!」
キティーソの声にかぶせるように、集まった男たちの怒号が重なる。トニオは凛とした佇まいで屋敷の玄関前に立ち、
「キティーソ・イサット伯爵の父は我が祖父イッキー・キータである! 血を分けた肉親の危機とあれば黙っていられるはずもない! 微力ながらイサット伯爵は我が生命に賭けても守り通すことを約束する!」
そう力強く宣言した。男たちの雄叫びがさらに膨れ上がる。美少女二人のプチ演説で場はしっかり温まった様子。
「さ、トニオ。中に入って。作戦を伝えるわ」
キティーソに誘われ、トニオが屋敷に入る。アンも従者の少年も俺もその後に続く。
屋敷の大広間に置かれた巨大な机の上に、持ってきた魔法書を積み上げる。
机を囲むのはキティーソと、キティーソと同じような赤い鎧を身にまとった二十代ぐらいと思しき女性が二人と、少し離れたところで椅子に腰掛けた老人が一人。前回の訪問時にたくさんいたように感じたメイドさんの姿はまったく見えない。
「これを見て」
キティーソが机の上に地図を広げる。
「物見の情報によれば、ワガタクアーの兵数はおよそ千。騎兵は百もいないらしいけど、歩兵の装備はわたくしたちよりもずっと重装備らしいわ。対するこちらは騎兵が二十、歩兵が三百。装備も貧弱よ」
「装備の不利はともかく、敵の兵数が思ったより多いな」
キティーソの言葉に、トニオが渋面をつくる。
「ええ。おそらく数にものをいわせて、まずは村を襲うでしょうね。ワガタクアーの領地に近い村の住民の避難は終わっているから人的被害は出ないと思うけど」
「我々としてはそれを見過ごすわけにはいかない、ということか」
「もちろん。村を侵攻から守るために、わたくしたちは兵を進めなければならない。そして、出向いたところを、ワガタクアーは包囲殲滅してこようとするはずよ」
そこまでわかっていても、その通りに動かねばならないんだろうか? 戦争って難しいなあ。
「作戦はこう。わたくしたちは序盤においては、敵の思惑通り、包囲されてあげるの。そして包囲が完成する直前を狙って、包囲網を脱出して撤退する。場所はここ」
キティーソが地図上の一点を指差す。
「この屋敷とワガタクアーの領地と、ちょうど中間ぐらいに位置する丘陵地帯。その丘の一角に、簡易なものではあるけれど防御陣地をつくってあるわ。わたくしたちはそこで陣形を立て直し、追ってきたワガタクアーの連中を迎え撃つ」
「陣地の背後に川があるが……」
トニオの指摘にキティーソがうなずく。
「ええ。深くはないけどまあまあの川幅よ。三つある橋のうち、二つはすでに破壊してある。行きにわたくしたちが渡り終えたら、残りのひとつも落とすわ」
「背水の陣を敷くわけか……」
あ、知ってる。司馬遼太郎の『項羽と劉邦』で読んだことある。劉邦の部下である韓信が敵を迎え撃つのに、あえて背後を川にして、部下の兵士たち全員が死にもの狂いで戦うってやつだよね……って、この場合、死にものぐるいにならにゃならんのは俺たちか。なんだかとんでもない作戦に聞こえてきたが、俺の立場では口を挟めるわけもない。黙って会議の成り行きに耳を傾ける。
「追い詰めたと思わせるのが目的よ。ここでわたくしたちを全滅させられると信じ込ませるための罠ね」
本当に全滅しちゃったらどうするんですか……敵より兵隊が少ないってわかってるのに。いろいろと物申したくなるが、打開策や別の提案が思い浮かばない。なんかこう、うちの出版社でやっていた、年度末の営業会議を思い出した。売れるかどうかもわからんタイトルに対して定型文そのままに「大ヒットすることを祈りましょう」的なことを言う営業部長とか、「編集者のみなさんの一層の努力を期待します」と言うだけの取締役とか、そんなのをぼうっと見ていて、でも何も言えない感じ。いいのかな、このまま流されて。
「ダイゴロー、頼んでおいた新しい魔法書はできあがったかしら?」
不意に、キティーソが俺を見る。
「はい。できております。こちらは、執筆者であるアン・ゴーさん。詠唱も彼女に依頼する手はずです」
アンがペコっと頭を下げると、キティーソも深々と礼をした。
「一年生の子ね。こうしてお会いするのは初めてかしら? 今回は申し訳ないわね、こんなことに巻き込んでしまって」
「いえそんなぁ、私も魔法学院の学生ですしぃ、がんばりますぅ……」
キティーソはそこで少し微笑むと、
「威力は期待できそうかしら?」
俺の方を見ながら聞いてきた。自分に話しかけられたと思ったのか、アンは小声になって、
「……たぶんですけどぉ、そのぉ、すごいことになると思いますぅ……」
と言い、
「テストをする時間がありませんでしたが、私は信じております」
と俺が付け加えた。適当だ。こんな適当な流れで、大事なことが決まっていく。ダメな編集者の見本のような行動をしているな、今の俺は。
が、反省する暇もなく事態は進む。
「ではアンは、最初からこの丘に陣取ってもらえるかしら? 詠唱に時間がかかると聞いているわ。この丘から最初の戦闘予定地まで二時間。戦闘に一時間、撤退に一時間……その間に詠み終えられるかしら?」
「が、がんばりますぅ!」
アンに向かってキティーソがうなずく。
「すてきな返事ね……ではみなさん、出陣しましょう」
あーあ、はじまっちゃうよ。




