第6章 誰よりも読者を尊敬するのが編集者・その3
稜線がほのかに朝日で染まっている。
魔法学院の校舎から少し離れた場所に、幌付きの荷車とあまり強そうではない馬が二頭いる。
そのうちの一頭にはトニオがまたがっている。
白い鎧をまとったトニオは、その白い肌とあいまって、かえって華奢な感じに思える。これから戦争に行く少女には見えなかった。
トニオの従者の少年がもう一頭の馬を荷車につなぐ。
荷車には魔法書がたくさんと、水と食料が少し。
俺は少年に促され、荷台に乗った。
学院の制服はやめて、この世界に来たときの服装にした。安物のジーンズとトレーナー、それからパーカーを羽織り、一応その上から、トニオいわく学院の運動着だという革製の鎧のようなものを身に着けた。ジーンズのベルト部分に、会長からもらったインチキ童子切安綱を差し込んでいる。トレーナーの下には局長からもらった魔法書を忍ばせている。金属製で冷たかったが、ちょっと防御力があがりそうな気がしたんで。それに、金属のものをふところに入れておくと、クライマックスで敵の銃弾を防いでくれたり……っていうのがベタだけど物語ならありそうだし。
そんなことを考えたコーディネートだったが、腹部と腰回りを覆うだけの簡素な鎧は、そこそこゴツいインチキ童子切安綱とまあまあ重い局長の魔法書のせいで、なんだかゴワゴワして安定せず、着心地がとても悪い。まあ、ないよりは多少なりとも安心できるはず、と自分に言い聞かせる。
もう少し郷に入っては郷に従えというか、異世界らしいファッションをしてもよかったかなあと俺がぼんやり思っていたら、アンが大きなリュックを背負ってヨタヨタ走ってきて、そのまま荷台に乗り込んできた。少年も軽やかに乗ってくる。やがて、馬車が動き出す。
「遅くなりましたぁ、ハアハア」
トニオのように鎧を着込むことはせず、最初に出会ったときと同じ、制服姿だ。
「おはようございます。アンさんは鎧とか、着ないでいいんですか?」
「えっとぉ、私が着たところでぇ、動きが鈍くなるだけですしぃ、まあいらないかなあって」
えへへと笑うアンだが、怖くないんだろうか。俺は正直、昨日はまったく眠れなかった。編集者なんて商売を長くやってると、面の皮ばっかり厚くなって、だいたいのことには無頓着になれるものだとばかり思っていたが、やっぱり戦争となると未知の体験過ぎて、怖くなったのだが……俺より二周りは若いであろう少女が飄々としているのを見ると、なんか負けた感じ。まあ、異世界人のメンタルと比べてもしょうがないか。
「そのリュックサックは? 最初にお会いしたときよりも大荷物ですね」
ガタガタと揺れる荷台にはやくも尻が痛みだすのをつらく感じつつ、アンに質問する。
するとアンは、やっぱりまたえへへと笑って、
「そのぉ、魔法書を詠むときのぉ、お守りみたいなものですぅ」
お守りでかいな。盾とかそういうことだろうか。使える武器なら分けてほしいな、などと考えつつ、
「アンさんが魔法書を詠んでいる時間は、私がアンさんを守ります。ご安心を」
などと強がりを言ってみる。
もちろん、守る気はあるのだが、やる気はあっても力が俺にはない。戦場で殺意を持った敵が俺に向かってくるときのことをイメージしつつ、本当に体を張ってアンを守れるだろうかと自問自答してみる。守ろうとしても、思わず体が逃げちゃったりしないだろうか。自分が信じられなくてイヤになる。
ふと、傍らに視線をずらすと、少年が震えていた。
俺と同じようにサイズの小さい革鎧っぽいものを着込んでいるが、小柄な体格のせいか、ちっとも兵士っぽさがない。
「怖いんですかぁ? 大丈夫ですよぉ。お姉ちゃんが勇気の出る本を貸してあげますぅ」
アンが外套の内側から、新書サイズぐらいの本を取り出した。
「題して《壁》の魔法書! 魔法攻撃による被ダメージ減少の効果があるんですよぉ」
「ありがとうございます……アンさま。でも僕は魔法が使えませんから……」
少年は恐縮するように頭を下げてアンの本を固辞した。
アンはくすっと笑う。
「礼儀正しい少年ですねぇ、お名前はぁ?」
少年はかしこまって、
「レッツです。トニオ・キータ様の従者で、レッツ・ギョーコーと申します」
そう名乗り、またしてもペコリと頭を下げた。
「じゃあ、レッツ君にも加護があるようにぃ、精霊にお願いしておいてあげますねぇ。でもでもぉ、魔法書が読めなくても物語は読めますからぁ、読んでいいですよぉ? 短い物語ですけどぉ、熱いセリフが多くてぇ、弟たちも大好きでしたぁ。レッツ君も、トニオ先輩の従者なんですしぃ、本は好きですよねぇ?」
やっぱりそういう娯楽としての本の需要もあるわけか……と俺がアンのセリフに新たなビジネスチャンスの香りを嗅ぎ取るよりも先に、レッツ君の返答に俺はぶん殴られた。
「……お気遣い、感謝いたします。本、好きです。でも、僕、読むのが遅いから……読んで、続きが気になっちゃうと……未練になるかもしれないので」
ビビって前日一睡もできなかったオッサンと異なり、この少年は震えてこそいるが覚悟を決めている。肚のすわりっぷりという観点で、俺はレッツ君に負けている。
……って、よく考えたら負けでいいんだよ、こんなもん!
ふざけんな。
子どもが本を楽しく読めない世界なんてものが、あっていいわけねえだろうが。
この状況全てに対して怒鳴り散らしたい気分に駆られたが、荷台内の最年長者として冷静になろうと深呼吸。
「……立派な心意気です、レッツ君。でも、戦場では安全な場所にいられるように私がキティーソ様にお願いしておきますから、心配はいりません。終わったら、好きなだけ本を読みましょう」
レッツ君はちらっと俺を見上げると、小さくうなずいた。
とっととこんなこと終わらせて、レッツ君のような子どもがワクワクしながら読めるような本をつくろうと俺は決めた。
子どもが本を夢中で読んでくれないと、出版業界なんて簡単に滅ぶからな。




