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第5章 何よりも著者を大切にするのが編集者・その3


 長い黒髪をおさげのように結った少女は、不安そうに立ち尽くしている。

 背中には大きめのナップサックのような袋を背負っている。中身がだいぶ重たいのだろう、肩紐が細い肩に食い込んで、制服にシワを刻んでいる。

 額を覆う前髪の下からのぞく瞳は、所在なさげに右や左に動いている。

「えっとぉ、そのぉ、魔法書学科一年、アン・ゴーですぅ……」

「いきなり呼び出してすまなかった。よく来てくれたね、アン。立ち話もなんだが……って、ハハハ、この部屋には来客用の椅子がないんだ、申し訳ない」

 会議は立ったまま、というわけか。プラグマティスト極まれりだな、会長は。椅子に座って机を囲むタイプの会議をハナから信頼していないのだろう。

「そのぉ……どのようなご用件でしょうかぁ?」

 アン・ゴーと名乗った少女はおずおずと質問をする。じっと凝視すると震えているのに気づいた。萎縮か緊張か。わからないが、それだけの存在なのだろう、会長は。

「うむ。魔法書研究局からの要望でね、魔法書の作成の才能を持った学生を紹介してくれと言われていたんだ。そこで魔法書学科の教授陣に有望な人材がいないか尋ねてみたら、君が推薦されたのだ。いきなりで悪いが、今日から魔法書研究局で働いてもらえないかな?」

 会長がそう言うと、アンは両手と頭をブンブン振って「無理ですぅ!」と叫んだ。

「わ、私なんかぁ、全然成績よくないですしぃ、学園でも最底辺のF級魔法使いですしぃ、この前も簡単な《水》の魔法書も失敗して教室を水浸しにしちゃいましたしぃ、だいたい書くのもそんなに速くないですしぃ……」

 アンの発言に、トニオのとき同様、俺の編集者センサーが反応する。遅筆を自称する作家は、俺の経験上、だいたい全然遅くない。どころかめちゃくちゃ速筆の場合がほとんどだ。傍から見ると信じられないスピードで書ける人間に限って、わざわざ「速くない」と自分で言っちゃうのである。

 おそらくはアイデアやイマジネーションが脳内に湧き上がる速度がすさまじいがゆえに、それを表現としてアウトプットする肉体がどうしてもトロく感じられちゃうのだろう。頭の中では原稿用紙三百枚書ききっているのに、手はまだ十枚分しか動いていない。そのギャップを「書くのが遅い」と自己分析しているだけなのだ。アンもそのタイプと見た、根拠はないけど。

「必要なのはスピードじゃありません。おもしろいものを書く力、それだけですよ」

 アンの前にしゃしゃり出て、俺は一礼する。

「はじめまして。魔法書研究局の富士見大五郎と言います。よろしくお願いします」

 こんなオッサンに微笑みかけられてもウザったいだけかもしれないが、笑顔は大事。敵意がないことを最大限強調して、問答無用とばかりによろしくアピール。

「アン、早速で申し訳ないが、彼、ダイゴローに協力してほしい。魔法書研究局での仕事は彼が教えてくれる」

 会長も援護射撃をしてくれる。するとアンはうつむいてくねくねと身を捩りだした。

「でもでもぉ、そのぉ……私はまだまだ勉強途中ですからぁ……」

「もちろん、学業と両立していただいて構いません。それに、研究局での仕事は、学びの上でも役立つはずですよ」

 どんなカリキュラムで勉強しているのかさっぱり知らないのでテキトーな発言だが、俺は堂々とそう言いきった。ハッタリ大事。

「……そのぉ、でもぉ、私はぁ……ほんとに魔法書を書くのがぁ、うまくなくてぇ……魔法書研究局ってイザーダ様やトニオ・キータ様がいらっしゃるんですよねぇ、私なんてぇ、そんな神様みたいな人たちと比べたらぁ、全然ダメですからぁ……」

 そうか、やっぱり局長やトニオはそういう評価なのか。俺はあの二人しか魔法書の書き手を知らないからなんとも言えない。

 だが、今は一人でも多くの書き手がほしい。イサット家の魔法書の修正は俺とトニオで回すとしても、新しい魔法書の作成にはどうしてもトニオ以外の書き手がいる。

「それ、魔法書でしょう?」

 俺はアンの背中を指差した。

「ふわぁ、どうしてわかったんですかぁ?」

 本、特にハードカバーの本はでっかい直方体になるからな。上製本を何冊もリュックに詰め込むと、そういう膨らみ方するんだよ。特にこの世界の本は判型がデカい。まあ、レンガやら角材やらを詰め込んでいてもそういう膨らみ方をするかもしれないが、このシチュエーションでそんなものは持ってこないだろう。

「匂いです。本の匂い……それにインクの香りも。情熱的な、いい香りですね」

 これもテキトー。長く編集者をやってはいるが、さすがに匂いで紙の種類がわかったりインクの銘柄がわかったりするような特殊能力は俺にはない(ていうかそんな編集者、めったにいないと思う)。ましてそれだけで中身を推測できるような真似、できるわけがない。

 だが、俺のヤマカン発言は一定の効果があったようだ。アンは眼を見張ると、頬を真っ赤に染めて、ゆっくりとうなずいた。

「……一応ですねぇ、会長から魔法書に関する呼び出しってことでしたからぁ……恥ずかしいけどぉ、今までに私が書いた魔法書を持ってきたんですぅ……」

 やはりか。話がはやい。自分に自信がない若手作家には二種類あって、自分を信じられなさすぎて自信を喪失してしまっているタイプと、自分のやってきたことを信じているのに成功体験が少なすぎるがゆえに自信を持てないタイプとがいる。前者は歴戦の編集者でもなかなか骨が折れるものだが、後者の場合の編集者は、そっとその背中を推してやるだけでいい。

「では会長。アンさんをお借りしても?」

「ああ。どうぞ」

「では失礼します。さ、アンさん、どうぞこちらへ」

 俺はアンを促して会長室を後にしながら、アンが現れる前までの会長との会話をリフレインする。イサット家への助力を会長に頼むのは、どうも一筋縄ではいかなさそうだ。どうしたもんかな。


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