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第4章 異世界に転生しても編集者は迷ってばかり・その2


 研究局で仕事をはじめたが、集中できない。

 俺の頭はユーキオ先生のセリフでいっぱいだった。

 ユーキオ先生は「適切な使い方を」と言った。

 編集の適切な使い方ってなんだろう。

 不適切な使い方ならすぐ思いつく。文章中の数字やデータをごまかしたり、インタビュー記事などで恣意的に話者の発言をカットしたり、大げさなキャッチコピーやアオリ文で内容をごまかしたり……そうした編集の不適切なあり方は、いくらでも例をあげることができる。正直に白状すれば、俺自身、身に覚えがないわけでもない。

 が、不適切ではない編集となると、案外言語化が難しい。読者のために著者の持つ才能をいかんなく発揮させるお手伝い……とかそんなところだろうか? 

 そんなことをあれやこれやと考えていると、局長が研究局にやってきた。

「あ、ダイゴロー、早いわね」

「おはようございます、局長。遅かったですね」

「ちょっと寮の自治会から呼び出されたの。その対応で時間くっちゃった」

「呼び出し? 魔法書研究局に関わることで?」

「ていうかアンタの《文字校正》に関わることね。一昨日、アンタが《文字校正》をした《風》の魔法書あったでしょ? 覚えてる? アタシが去年書いた魔法書でアンタが字が汚いとかボソッとつぶやいたから折檻したやつ」

 覚えてますよ。ちょっと独り言で「字、汚いな……」とつぶやいた途端、目の前に鞭がふわふわ浮かんでいて、なんだと思った直後にはピシっと叩かれたもん。暴力反対。

「はい。それが何か?」

「寮の換気と温度管理に使う《風》の魔法だったんだけど……ちょっと精霊の力が強くなりすぎちゃったらしいの。それで屋根瓦の一部が吹き飛んじゃって苦情が来たってわけ」

「……思ったんですけど、それって魔法使いがどうにかできないものなんですか? 穏やかに読むとか淡々と読むとか、魔法書の読み方で魔法の効果をコントロールするのってできないんですか?」

「魔法書に書かれた〈物語〉がきちんと精霊に届くようにする〈詠み〉方はあるわ。〈詠み〉方における声の美しさや表現力みたいなものも、確かに魔法の効果には影響することないとは言い切れないけど……〈物語〉の力には及ばないみたいね」

 物語がつまらなければ一流の声優が朗読してもダメだし、物語がおもしろければ誰がどう読んだところで成功するってことか。魔法、奥が深い。

「だから寮のための《風》の魔法書はアンタが《文字校正》していない他のもので代用することにしたから」

「威力抜群の修正版《風》の魔法書はどうなるんです?」

「東の海沿いの村にある風車たちに使うことにするみたい。ここ数年、風の力が不足していて、うまく風車が動かないことがよくあったらしいから」

「無駄にならずに済んだのならよかったです」

 そううなずいてから、俺はハッとする。

 ユーキオ先生の言葉がフラッシュバックする。

 

 これって、適切な使い方か? 

 

 俺がやったことは、本当に適切な編集だったのか?

 

 俺は局長が書いた《風》の魔法書を編集した。

 誤字脱字の修正だけではなく、実は物語の細部も変えている。

 局長の書く魔法書は、字が汚いだけではなく、ストーリーも結構トンチキなのである。

 プロットはトニオが書くようなものとたいして変わりはない(そして他の多くの魔法書も同じだ)。

 精霊さまいつもありがとうございます、これこれこういう感じで困っていますから助けてください、偉大な精霊さまお願いします……といった感じの流れで組まれた物語だ。

 ただ、局長の書く物語は、そのディテールがかなりぶっ飛んでいる。というか構成が破綻していて、前後の脈略が突拍子もなさすぎる箇所がしばしばある。

 一例を上げれば、昨日俺が校正した、局長の手による《土》の魔法書にこんなくだりがあった。



 とても中の良いふうふでしたが、あるとき畑の野菜がみんなやせほそってしまいました。

 

 夫は土にたくさん水をやろうとしました。

 つまは夫のためにおいしいスープをつくろうとしました。

 でも水が足りなかったのでうまくつくれませんでした。


 つまはえんえん泣きました。

 夫もつられて泣きました。

 ふたりの涙が池になって、川になって、たきになって、畑は流されてしまいました。


 土よ、もっとたくましくあれ! 

 土よ、ずっとふてぶてしくあれ!


 村人は、ふうふを、死体を、寄り添うように並べてあげました。



 いや、わからん。

 夫婦はいつ死んだんだ、なぜ死んだんだ。

 いろいろ展開が飛躍しすぎだろ!

 ……と絶叫しそうになるのをぐっとこらえながら修正ポイントをメモしたのだが、局長の魔法書の書き方は、万事この調子なのである。

 論理的な構成がまだ不得手な、例えば未就学児の語りのような雰囲気の文体であり、一読しただけでは文と文の前後のつながりが見つけられないことがかなりある。

 誤字脱字もどっさりあるし、てにをはの使い方すら危なっかしいと思える箇所も頻出する。

 文章としては完全に破綻している……ように俺には読めたので、俺は編集してしまったわけだ。

 文字校正はもとより、展開がついていけないと判断した箇所については勝手に削除や加筆をすることで文意の流れをスムーズにした。まるっと一行以上、文章を加筆したような箇所についてはさすがに独断はまずいと考え、トニオに《文字修正》をしてもらう段階で相談もした。トニオはやや訝しむ表情をしつつ、「これでこの魔法書がよりよいものになるのなら……」とうなずいてくれた。修正が済んだ魔法書はきちんと局長にも見せ、判断を仰いだ。局長は「いい度胸ね……でもまあ、好きにしたら?」とおそらくは怒りを堪えつつなんだろうが、許可を出してくれた。

 だが、同じようにして出来上がった修正版《風》の魔法書は、本来の用途である寮のための魔法としては効力が強すぎたため、学院から離れた海沿いの村の風車を回す役目を負うことになったという。

 

 俺は編集者として正しかっただろうか?

 コンテンツって、絶対評価ができるものではない。

 例えば少年漫画誌では絶賛された読み切りも、もし掲載誌が青年漫画誌だったら酷評されていたかもしれない。まして少女漫画誌だったらそもそも掲載すらされなかったかもしれない。

 どれほど秀逸な美術批評の論考だとしても、旅行ガイドブックに掲載すれば浮いてしまう。

 おいしそうな料理の写真満載の読みやすいグルメレポートも、土木工学系の学会誌に掲載されては誰も食指を動かすまい。

 つまり、表現には、それぞれに相応しい場があるということだ。

 編集者をやっていれば体に染み付いていて当然のロジックを、俺はこの世界に来て忘れてしまっていたのかもしれない。

 イザーダ局長の幼稚な文章で構成された魔法書は、学生寮で使う魔法には適切なものだったのではないか?

 俺は余計な編集をして、コンテンツ……この場合は局長の表現物を、歪めてしまい、それを求める読者というかユーザーとのあるべき出会いを崩してしまったのではないか?


「手が止まってるわよ」

 俺の心を読んだかのようなタイミングで、何か書き物をしていた様子の局長が声をかけた。

 小さな声は、しかし、鋭く俺に刺さった。

「……申し訳ありません」

 それだけ言うのが精一杯の俺だった。


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