第3章 異世界に転生しても編集者のままでした・その4
さて、今日も仕事だ。
編集者の働き方は地味極まるものである。
いつでも紙や本とにらめっこ。
取材などでいろんなところに出かけられる楽しみや、著名人と出会えるおもしろさなどもあるにはあるが、いずれも「本に必要な言葉」を収穫する仕事であって、大事なのは収穫した言葉をいかに丁寧に編集し、読者に届けるか、という部分。
そしてその部分は、どこまでも派手さとは無縁の仕事なのである。
この王立ナッセキメーソウ学院魔法書研究局という職場も、その意味では俺が転生前にいた環境と変わらない。
ただ、パソコンのモニターがないため目が変な疲れかたをしなくてよいところと、ちゃんと夜には仕事を終えられるホワイトな環境であるところは、前職と比べると嬉しい変化といえる。ありがたい。
そんな風に新しい職場に感謝しながら手を動かしていたら、研究局に来客があった。
「ああ、イザーダ! 愛しいイザーダ・オーサム! 会いたかったよ! 元気にしていたかな!」
局長やトニオと同様に学生服のようなものを纏った長身の女性がノックもなしに入ってきた。
長くてボリュームたっぷりの金髪が、薄暗い研究局の室内で、不似合いな光を放っている。
「たった今、元気じゃなくなったわ……」
イザーダと呼ばれた局長がげんなりとしながらも、席を立つ。
「おお、ツンデレ! 二週間ぶりのツンデレは効くね!」
いや今の流れでデレはないだろ、と突っ込むヒマもなく、金髪はまるで歌劇の女優よろしく、大げさに両手を広げ、芝居がかった仕草で局長を抱っこした。一連の流れをぼーっと俺は眺めていたが……うわ、金髪さん、めっちゃ美女だな。ほんとに映画に出てきそうな女優さんみたい。
「ご無沙汰しております、イゼンゾ・カッサー生徒会長」
トニオが席を立ち、深々と金髪に向けて頭を下げる。イゼンゾ・カッサーと呼ばれた金髪美女は抱きかかえた局長のほっぺに頬ずりしながら、優しく微笑む。
「うむ。久しいね、トニオ・キータ。相変わらず君の紡ぐ魔法書同様、気品ある美しさだ」
トニオはペコリと頭を下げるだけで返事はしない。代わりに局長がつぶやく。
「で、アンタは何しに来たの?」
「おお、そうだった。生徒会にね、魔法書に関する意見が大挙して押し寄せたので、その意見を集約して告げに来たのだよ」
「魔法書に関する意見?」
局長の声がにわかにトーンダウンする。俺もビクッとする。出版社につとめていると、読者の声は何であれ嬉しいものだが、「大挙して押し寄せる」タイプの意見って、そこそこの確率でクレームだったりするからな……俺も何度か経験はあるが、やっぱり炎上はイヤ。まあ、スルーされまくるのはもっとイヤだが……。
「そうとも。ここ数日、君たち魔法書研究局から魔法書を借りた学生や教師から、次々と称賛の声が上がっている! 曰く、すさまじく魔法の威力があがった、曰く、精霊の反応が段違いによくなった、曰く、魔法書がとても読みやすくなった」
おお、よかった、クレームじゃなかった! 俺は心の中でガッツポーズを決めた。
「いったい何が起こったんだい? 生徒会長としてこの変化は詳細を把握しておく必要があると感じてね、こうして足を運んだんだ。おっと、もちろん一番の理由はイザーダ、君の可憐な笑顔を鑑賞するためだけどね?」
「そーゆーのいいから。魔法書の効果があがったのは、既存の魔法書を書き直したから。書き直せたのは、魔法書一冊一冊を丁寧に読み返して、ミスやよくない表現を見つけ出したから。見つけ出したのは、そこにいるダイゴローって男の功績よ」
「ああ、先週君から上がった雇用申請書に記されていた人物か。そう言えば承認印を押した記憶がある!」
金髪美女の視線が俺に向く。
俺もすっと席をたち、うやうやしく頭を下げた。会長ってことは一番偉い人かもしれないからな。
「お初にお目にかかります。私は富士見大五郎と申す者。こことは異なる世界にて、本をつくる編集者という仕事をしておりました。この魔法書研究局の末席に加わらせていただき、御礼申し上げます」
「異世界から来て、我が王立ナッセキメーソウ学院のために骨折りを。それは重畳。私は常々、魔法の根幹にある魔法書の存在を重要視すべきだと考えていてね、魔法書の研究こそがデアール王国の未来を築くと信じているのだ。引き続きよろしく頼むよ、ダイゴロー」
「じゃあ、ウチの予算増やしなさいよ。よいしょっと」
抱っこされ続けていた局長が会長の手から離れて降りる。
そして局長は腕を腰にあてると、会長を見上げた。
「特に人手不足はいかんともしがたいわ。ダイゴローの加入で既存の魔法書の改善はできるけど、できれば冬が来る前に新しい魔法書もつくりたいの。今年の新入生でめぼしいのはいない?」
「年初から探してはいるのだがね……君たちのレベルに見合う人材となるとなかなか難しい」
「育ててみせますよ、会長」
やべ、うっかり口を挟んじまった。会長と局長が俺を見る。
「育てる? アンタが?」
「そうです、局長。編集者の仕事のひとつに、若手作家の育成というものがあります。どんな優れた書き手も、最初から優秀だったわけではありません。編集者と切磋琢磨しながら、徐々にその腕を磨いていくのです」
まあ、ぶっちゃけると俺自身はあんまり新人育成ってやったことないし(ああいうのは大手出版社がメインでやるべき仕事だと俺は思っている)、大成功した経験も俺にはないんだが、えっとその、理論は知ってるから。
「ほう。編集者という職人は、教育も担当できるということかい? それはお手並みを拝見したいものだな」
会長がにやりと笑う。
おっと、試されてる? だがここで引き下がるのもつまらない。啖呵を切ってなんぼの編集稼業だろうよ。
「お任せください。必ずや魔法書作成に長じた人材を育ててみせましょう」
自信満々に言ってみせる。局長は不安そうな表情を浮かべていたが、風呂敷は広げられるときは広げたほうがいいというのが俺の持論。でないと仕事ってつまらないからね。
「会長、局長。ダイゴローの《編集》という魔法は一定の効果を上げています。ここは信じて任せてみてもおもしろいのではないでしょうか」
トニオの援護射撃。ありがたい。
「ふむ……トニオくんが推薦するのであれば私としても拒む理由はなくなるな。それに、おもしろいというのは大切だね。よし、魔法書執筆の講義を担当する教師と連携し、近日中に見込みがありそうな人材を派遣することを約束しよう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「では別の会議があるので失礼するよ。イザーダ、今週末の晩餐は私の誘いを受けてくれるかな?」
「いやよ。忙しいし」
「はっは! よいツンデレだ。では諸君、壮健なれ!」
いやだからデレはどこにもなかっただろ……と突っ込みたいのを我慢して、会長が豪奢な金髪を翻しつつ、颯爽と研究局を去っていくのを俺は見送った。
「……ダイゴロー。アンタが言い出したことなんだから、アンタが責任を取りなさいよ?」
「もちろんです、イザーダ局長。私にお任せください」
根拠のない自信だが、構うもんか。新人が売れるかどうかなんて、いつだって根拠はない。でも根拠がないからといって何もしないでいたら、いつまでも新人は育たないし、変化も生まれない。
変化の兆しを手に入れただけでも、俺は嬉しかった。
労働はいつでもそうだが、血が騒がないとすぐに心が磨り減るからな。




