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第3章 異世界に転生しても編集者のままでした・その3 


 だが一晩たってもスッキリしない。

 おばちゃんとのやりとりの翌日、俺は(トニオがいなかったので)局長に聞いてみた。

「すみません、局長。根本的な質問なんですが……なんで火をつけたり灯りをつけたりってことを、魔法でやるんです? かまどやランプっていう道具があるってことはもともとは人間だけでできたわけでしょう?」

 読書中だった(ように見えた)局長は不機嫌そうに俺を一瞥した。

「は? アンタ何言ってるの? いつ話しかけていいって許可したかしら?」

 美少女は怒っても愛らしい。俺は調子に乗って口を開いた。

「いえ、その、純粋に興味があって……あとそういうところを知っておくと、今後の編集業務にも身が入りそうかなと思いまして」

「……そうか、異世界から来たって言ってたわよね。異世界じゃあ基本的な教育を受けてこなかったの?」

 一応大学を出てるんだが……まあ俺の知識が役に立つ世界じゃなさそうだからここは素直に頭を下げよう。

「すみません、無知で。できればご教授賜りたく……」

「いいわ、向学心に免じて今回は許してあげる」

 一週間ほどつきあって、局長の人となりについてはだいぶ理解が進んだ。基本的に気分屋で高慢ちきなところがある性格だが、仕事については誠実で、俺の校正技術も正確に評価してくれたし、魔法書のためになることであれば、最優先で実践しようとする。当人に自覚はないかもしれないが、四六時中本のことばかり考えていて、常に本のために行動するという点では、非常に編集者に向いている性格である。

「アンタの言うとおり、ずっと昔、まだ魔法がこの世界になかった頃は、人間は自分たちで精霊の力を借りていた。でもそれは精霊からすると、限度をわきまえない野蛮人による一方的な略奪だったわけ。好きなだけ木を切りまくり土の栄養を吸いまくり水を濁しまくり空気を汚しまくり……激怒した精霊たちは人間に牙を向いたの。それから人間と精霊の長い戦いがはじまって……その過程で人間は精霊と仲良く付き合うための方法である魔法を編み出した。精霊を無理やり使役するんじゃなくて、精霊に感謝し、精霊を喜ばせながら、精霊の力を借りるためのコミュニケーション術である魔法ができあがったの。アタシたち魔法学院で学ぶ人間は、言ってしまえば精霊との交渉役になろうとしているわけ。そして、交渉のためには言葉が必要で……」

「それで、魔法書があるってことですか」

「そう。魔法の力が強い人間は魔法を唱え、アタシみたいな精霊への言葉を紡ぐ才能に長けた人間は魔法書を書くのよ」

「なるほど。つまり局長は精霊と魔法をつなぐ架け橋ってことですね」

「そうよ、わかってるじゃない」

 ちょっと得意げな局長が可愛らしかったので、会話の直前に発見した、局長の真筆と思しき(局長の手書き文字はあまりにアレなのですぐわかる)《土》の魔法書にあったド派手な書き間違いについては黙っていることにしよう。あとでこっそりトニオに修正してもらえばいい。


 それにしても「精霊の力を借りるためのコミュニケーション術である魔法」という局長の言葉は、めちゃくちゃわくわくするフレーズだ。

 読書とは、本を通してする、著者と読者とのコミュニケーションだと俺は思っている。

 そして編集者は両者をつなぐ役割だ。

 この著者の思考に読書を通じて触れたとき、読者はどんな行動を起こすだろうかと想像しながら働くのが、編集者の醍醐味。

 そう考えれば、異世界に転生しちゃったけれど、俺のやることは変わりないわけだ。魔法書という本の編集をしながら、魔法を媒介とした精霊と人とのコミュニケーションを手伝えばいい。

 ふふ、なんだよ、異世界転生しても俺は編集者のままでいられるんじゃないか。

「……アンタ、何笑ってんの? 気持ち悪い」

「えっ、俺、笑ってました? すみません」

 美少女から気持ち悪いと切って捨てられ、我に返る。

「ところでアンタの……《文字校正》について言っておきたいことがあるの」

「はい、なんでしょう?」

「ものすごいスピードで次から次へと魔法書をチェックしてるでしょ? ちゃんと読んでるのかなって疑ってたんだけど……どの本も細かいところまできちんとミスを見つけてくれているのよね。すごいわ」

「でしょう?」

 褒められてちょっと嬉しい。

「でもね、ミスじゃないところも修正するように指示しているのはどうして?」

「……と言いますと?」

 局長は明らかに不機嫌そうな態度で、一冊の魔法書を開いて見せてきた。

「例えばこのページのこの行。〈人々の苦しみを助けてあげてください〉とあるところをアンタは〈人々を苦しみから解き放ってください〉と修正してる」

「文章としておかしいからです。もとの文章だと、〈苦しみ〉を〈助け〉るように読めてしまう。〈苦しむ人々を助けてあげてください〉としようかと思いましたが、そうすると一字減ってしまい、次ページ以降のレイアウトに影響が出てしまうと案じたので、そのようにしました」

 まあ、厳密に組版している本ってわけでもないから、一字程度の増減ならどうとでもなりそうな気もしたが、そこは編集者の性、きっちりやりたくなってしまうのである。

「でも文意が変わるわ。もとの文章にあった意図は、助けるべきは人間そのものではなく人間の抱える苦しみという業、というメッセージかもしれないじゃない」

「前後の文脈からそうではない、と判断しました」

「アンタはこの魔法書の作者じゃない。作者の意図を勝手に読み替えて、作者の許可なく書き直すことがアンタのいう《編集》なの?」

 おっと反論か。だが、俺自身は局長の言い分もよく理解していた。編集者をやっていたら、何度となくぶつかる問題だからだ――作者の意図と読者の可読性、どちらを優先すべきかって問題は、編集者にとっては避けては通れないテーマである。

「作者の意志は尊重しますが、それ以上に読者がどう読むかを重視するのが《編集》です」

 作者の持つ表現の自由は誰からも犯されるべきではない。編集者は最大限の努力でその自由を守るべき立場の人間だ。

 一方で、作者の自由を尊重するだけでは、かえって作者を守れないことにもなる。その表現が読者から誤解されたり、読者に伝わらなかったりしてしまったとき、傷つくのは他でもない、作者当人だからだ。

 なので、編集者は時には心を鬼にして作者にボツを出したりリテイクをお願いしたりする。それもすべてよりよい本をつくるため、すなわち読者が喜ぶ本として完成させるための作業であると同時に、作者を守り、今後も執筆に専念してもらうための行為なのだ。

「アンタは作者よりも精霊が、アンタの言うところの読者のほうが大事って考えるわけね?」

「そうです。まだ勤め始めて日は浅いですが……魔法書の最大の読者は精霊であると理解しました。であるならば、魔法書という本は、精霊という読者のためを第一に考えてつくられるべきです」

 きっぱりと言い放つ。ここは譲れないポイントだ。

 すると局長は少し黙った後、ゆっくりとうなずいた。

「ふーん。アタシは違うけど……まあそういう考えがあってもいいのかもしれないわね……」

 まだ何か局長は言いたそうにしていたが、口をつぐんでしまった。

 俺もそれ以上議論を続ける必要はないと判断し、作業に戻った。


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