領主第一子として、旅人として1
スリープ状態だった俺の意識が回路の中に戻ったのは、少し後のことだ。仰向けに安置された俺が目を開くと、視界に心配そうに覗き込む皆の姿が見えた。ロステルやニエルル、アマナもカイラもいる。
「おはよう、痛みはないかな?」
エレの声を受けて、俺は隣に置いてあった通信装置を手にしながら身を起こした。自然と身体からケーブルが外れ、シャットアウトされていた痛覚が取り戻される。けれど、痛みはどこにもなかった。
「意識には問題はなさそうだけど……少し待って」
耳元に通信装置をつけながら、俺の視線はおのずと右腕のあった方を見た。俺の右手には。俺の腕と寸分違わぬサイズのミッドの右腕があった。人工皮膚に包まれて、触覚センサーも機能する。手袋をそっと外してみれば、右も左も似たような色合いの人工皮膚がそこにある。
(大丈夫、俺の腕だ。そう認識できる)
俺は自分の胸の前で、両手を握りしめた。俺の両手は、この時をもって両方ともに人工皮膚がついた。ミッドの刻んできた痛みと魔法、そして、覚悟と共に。
「うん、動くよ。バグもなさそうだ。ありがとう」
「良かったぁ~」「はっぴー」
アマナたちが嬉しそうに万歳をしたり、ぴょんぴょん跳ねたりしている。彼女たちがじゃれて伸ばす手や蔦に触れてみれば、はっきりとその質感が理解できる。思ったより固くて、しっかりしていて、彼女たちらしい。
「戻ったよ~」「われわれ監視してたので悪さないと思われます、たいちょー」
彼女たちが遊んでいれば、部屋の外にいただろうロステルやニエルルも戻ってくる。ロステルはみんなを見回して、首を傾げる。
「この場合、誰が隊長だろう?」
「俺、かなあ……」
「持ち回りでもいいかもしれませんね。調子はどうですか、ドウツキさん」
「大丈夫。ちゃんと動いてる。不思議と分かるんだ。ミッドのやってきた戦い方が……えっと、ほら?」
笑みを見せながらのニエルルの問いかけに、俺は頷いた。そして、ミッドの仕草を思い出して、右手の指先に意識を向けてみた。身体からぐんっとエネルギーが引っ張られる感触があった直後、指先でぱちっと音を立てて、赤錆びた色の光が爆ぜた。
ミッドの紫電の色ではない。銅の月の色、鈍く光る俺の色だ。
「うわ――」
躯体の中のエネルギー量がぶれる感覚に頭がくらっとしたところを、俺はロステルに支えられる。右腕があれば、彼に寄りかかることも容易だ。
「イメージは簡単にできたけど、これは連射するのは難しそうかな……」
「今のがエネルギー放射の兆候か……供給量も考え直す必要がありそうだな」
「光に当たる時間も増やさないとなあ」
今の俺には、彼の纏うフィアルカの青いロングコートの柔らかい手触りや、その内側にある温度も感じられる。ニエルルが安心したのか俺とロステルをまとめて抱えようとすれば、羽毛の感触が伝わってくる。
あたたかくて、幸せだ。
(触れてこなかったわけじゃないけど、両手の感覚が通って初めて……なんか分かった気がする。ミッドのこと)
俺は目を閉じて、みんなの存在をしっかり受け止めて小さく笑んだ。今なら、はっきりと理解ができた。
ミッドは、この手に触れる全てをを守りたかったんだな、と。同時にしまっておいて、傷つかないようにしたかったんだなとも。それは単に、彼の腕による影響かもしれないけれど、俺は得たこの感覚と一緒に過ごしていけるような気がした。
温もりにしばらく浸っていたい気もしたけれど、俺はちゃんと身を離して通信を投げかける。
「と、そうだ。船乗りさんたちやネ=リャハの人たちはどう?」
「いや、これから伝達をするところだ。それで、だ……」
すると、ロステルはやや迷った様子で視線を外に向け、俺に戻した。
「その伝達の任、オレに任せてくれないか?」
「ロステルが? いや、でも岸壁の港町の人だから、しんどいんじゃないか?」
「いいんだ。オレも、あなたが修理されている間に、考え事をしていた」
ロステルは俺の方を見て、自分の胸に手を当てた。今でも欠けたブローチがそこにある。
「あなたが腕を修理すると言った時、オレはオレで、何ができるだろうと考えていたんだ。覚えているか、家に帰りたくないと言った時のことを」
俺が最初にネ=リャハの集落についた時のことを思い出して「うん」と頷くと、ロステルは微笑んだ。
「でも、街の人が嫌いなわけじゃなかったんだ。一生懸命働いている彼らに、幼い頃は声を掛けてもらったりもした。もしかしたら、跡取り戦争を経た今は嫌われてしまっているかもしれないが……オレはオレの言葉で、彼らに本当のことを伝えた方がいいと思ったんだ」
ロステルは「それに」と、俺の耳元へ視線を落とした。
「あなたの通信は、制限も多い。そうだろう?」
俺はニエルルとアマナの方を見て、彼女たちが頷くのを見て同じように首を縦に振った。ロステルは家に帰りたくないと言っていた。だが、故郷から離れるにしても、彼なりの『精神的な落とし所』が必要なのかもしれない。俺はその自立に、介入をしてはいけない。
「分かった。無理してないなら、任せるよ」
「ありがとう。問題ない。立てるか?」
「ん、大丈夫」
俺はメンテナンス台から降りて、シャツのボタンの一番上を留めたり、外したミッドの手袋を鞄に入れ直したりした。それをエレが満足そうに頷いて、後ろから付いてきてくれる。
「恩は返せそうだね」
「うん。ありがとう、エレ。それから……ビショップに関わってくれたことも、ありがとう」
俺がそう伝えると、エレは軽く目を見開いて、そのあとはにかむように微笑んだ。
「いいんだよ。我々はあの子の思念にずいぶんと引っ張られてしまっていたから、君にも大変な思いをさせてしまった。あの子にも、報いと許しがあればいいと思うよ」
俺はしっかりと頷いて、それを受け止めた。
きっと、ビショップには誰かが必要だった。だけど、それは叶わなくて、彼は自我の発達さえままならないまま、甘言に乗って人の体で悪さをしてしまった。それだけは、変わらない。
(誰かが止めなきゃ、あいつはずっとあんな調子だ……あの身体も、取り返さなきゃ)
報いという言葉の重さを、俺は記憶装置にしっかりと刻んで拳を握った。
「さて、カイラたちも支度を終えているだろうから、この施設の会議室に行こうか。すでに人を集めているはずだ」
エレがドアを抜けるなり、俺たちを追い抜いて先導を始める。
いつかB-5の遺跡で見たような固く重たい金属質の壁が、いかにも機械の街のドームによく似ている。そのわずかな間にも、ロステルはどう伝えようか頭で組み立てている様子で腕に手を添え、もう片方の手で頬にとんとんと指を当てていたし、ニエルルはニエルルでそわそわと落ち着きなく通路を見回している。
「緊張するな……」
「ですよね。私たちでこれですから、ロステルさんはもっと……」
ひそひそとお互いに耳打ちをしながら、俺とニエルルは彼の後ろをついていく。俺たちが目的の会議室へ到着するのなんて、あっという間だった。
ロステルは深呼吸の仕草をした。そして、俺より先に扉に手を伸ばした。
「……開けるぞ」
俺たちが覚悟を決めて頷くと、ロステルは扉を押し開けた。
その向こう側に、船乗りたちやアマナたちや、生き残ったヨルヨリたちやその子どもが集まっていた。もちろん、カイラたちネ=リャハの人々も二者の間を取り持つかたちでそこにいてくれた。
街を考えれば決して多くはないだろう。でも、その光景は俺たちが見てきた中で一番多い『群衆』だった。
「来たか」
「ああ。遅くなった」
カイラが呟いた時、ロステルは目をそらさなかった。
「ろ、ロステル坊ちゃん!?」
「まさか! 失踪してたって話だろ!?」
「わすれがたみだ……ほ、本当に!?」
「ビショップ様と話してたのは本当だったんだ!」
驚く船乗りたちにも、戸惑うヨルヨリたちにも、彼は視線を泳がせなかった。ただまっすぐ、俺の横で、青灰の瞳に落ち着いた輝きを宿して、彼らを見つめていた。
「知っている者もいるだろう。オレの名前はロステル。岸壁の港街を取りまとめるファニング家の第一子、しかし正妻の子ではないロステル・ファニングだ」
ロステルの声は驚くほどよく通っていた。目を丸くする人々の前に自己紹介をして、二つの足でしっかり立っている。だから、俺たちはただ成り行きを見守る。
「あなたがたに多くのことを伝えなければならない。聞いてほしい」
彼は胸元の欠けたブローチを白手袋に包まれた指で撫でて、静かに口を開く。
「オレはこのブローチの影響を受けて、しばらくの間、前後不覚の状態にあった。それを助けてくれたのは、このアンドロイドだ。名をドウツキという。オレは彼と一緒に、ディスワールドを歩いてきた。そうして、少しずつ正気を取り戻し、今こうしてあなたがたの前に立っている」
ちらっと彼の瞳が俺を見た。俺が促すと、彼は微笑んで視線を人々へ戻した。
「俺と彼、そして工業都市から同行してくれているニエルルが状況を話す。これを他人に話すかどうかは、あなたがたに委ねる。だが、オレは見てきた全てを、ここで話そうと思う」




