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地球にあって、今ここにないもの3

「だから、いやに人間に有利で地球っぽいところがあるんだ。違う?」


 やっと、俺はアマナの方を見た。彼女はいつも通りの大きなペパーミントの瞳で、離れたところから俺を覗き込んでいる。彼女の底にある光は、いつも地球移民のそれではない。底知れぬ、ただ善意で攻撃をしないだけの、強大な人ならざる者の眼差しだ。


「『公に認められなければ、それは全部仮説だよ』」


 彼女はそう告げはしたけれど、次の瞬間には限りなく無表情だった顔を、柔らかく緩ませた。


「だけど、おとーさんの出した答えは、どーつきと同じ。偉い人たちが出して隠しただろう答えもね。この世界は地球の植物が壊したけれど、地球の植物で守られてる。花はね、そこにあるだけで『生きたい』と思う全てを守ってる。元からいたヨルヨリを、おかしくさせるぐらいにはね」

「地球の生き物の『生きたい』気持ちは、ディスワールドに迷い込んだいろんなものの中で飛び抜けて強かったんだな……きっと。だって、生きることが正しくて、生きたいから足掻くのが当たり前だったから」


 俺は、出した一つの答えを握り絞めるように、拳を握った。

 グリンツ氏も、その母親も、あるいは銅の月の教団を名乗るものたちも。その張り詰めていた状態は、彼らこそ今のこの環境と相容れないからに他ならない。


「じゃあ、俺が嫌だと言った時に急に転移が起こったりしたのも、俺の意思が影響してる?」

「そう。嫌だと言った時に、世界が君に応じたから。気まぐれにね。君がわがままで机を叩いて、みんなの視線を集めたようなものだよ。元より、君一人の意見は大きくは反映されない。どれだけ頑張っても、かみさまが興味を示しても、君は一つの個体だからね」


 アマナの返答に、俺は目を伏せた。そう、いくら俺が今ここで平和になってくれと願ったところで、多数決の石も、歩いて来た大地もびくともしない。

 俺の知り合う人たちが仮に奇跡的に同じ考えを持ったとしても、この家の外に生えるオーニソガラムほどの数もない。まだ、アマナたちが声を揃えてカレルの帰還を願う方が現実的だ。でも、それも起こらない。

 この世界は、地球の現実に寄りすぎたが故に、本来の力を毀損されているのだ。

 ついでに言えば、ここに機械種の思惑は載っていない。マザーはエネルギー目当てでかみさまをどうにかしようと言っていたけれど、本心かは定かでない。こればかりはここで有益な情報も得られない。


「ここは外来種に負けた後の世界です。ようこそ、『毀損された世界(ディスワールド)』へ。君は今、本来の世界の土にやっと一つの足跡を残しました」


 優しい声でアマナが告げる厳しい現実に、俺は口を噤んだ。幾度となく俺を苛んだ心痛が、俺の表情を曇らせる。


(地球移民と機械種の侵略もだいたい終わった後なんだ。俺はそういう時代に人間寄りの人格プログラム群を得て、こうして、ここにいる。生まれ変わりや、時間を戻すなんて便利なことも起こらない。居合わせた俺は何をすればいいんだろう?)


 手が自然と、左腕にきつく巻かれたネクタイを撫でる。今、俺はまさに行方を決められない、はざまを飛ぶ鳥だ。


「かみさまのところに飛べるのが俺にできる一番の奇跡だとして、俺に何ができるだろう?」


 俺は明確な意志と、漠然な未来を抱えて訊ねた。俺には意志だけがある。知恵のりんごや世界の思惑なんて抜きにして、『何もしないで逃げるのは嫌だ』と。最初から一貫して、思って来た。今になって、カイラの言葉が回路に刺さる。


 ――宝が自我を持っていて、誰が得をする?

(そうだよな。このままだったら、人間か機械種の要望が通るだけだ。彼ら以外の意見を聞かせたいと思ったら、彼ら以外の考え方をして情報を集めないといけないんだ)


 確かに招待状を突き返すだけでは、何にもならないのがよく分かる。思えばカイラは、俺に何らかの指標をかみさまに突き付けられるよう、促していたのかもしれない。

 ただ返すだけでは、ヨルヨリはおかしくなったままだ。地球移民も漠然と軸を見失ったままで、機械種だって何を考えているのか分からないままだ。かみさまの姿があったはずの台座も空っぽだ。

 何よりわすれがたみはこの世界から消えて、俺を助けてくれたフィアルカは、ひづめあとの底でひとりぼっちだ。故郷なのに居場所もない。この先、世界を傷付けたドラゴンの亡骸とずっと寄り添って生きていく。

 それは、いくらなんでもあんまりじゃないだろうか。人間をどうこうはできなくても、一人の相手なら少しは手を伸ばしてもいいんじゃないだろうか。俺は確かにそう思っていた。


「少し、考えさせてほしい。いい?」

「いいですよ!」


 そこで窓の外からニエルルの声がして、俺は目を丸くした。笑顔の彼女は両手にカラフルベリーや赤や青の見慣れない果実をいっぱいに抱えている。


「ただいま戻りました! それぐらいの時間はあっていいと思います! 全然!」

「う、うん。ありがとう……?」


 ニエルルがどうしてこんなに明るく振る舞えるのかは分からなくても、俺はその「いいですよ」で躯体の力を抜けた。


「……」

「どうかしましたか、ロステルさん」


 ロステルもびっくりして、アマナと俺とニエルルを見比べている。


「その。オレがいいと言うつもりだったんだが」

「あっ、う、奪っちゃった……すみません……」


 ロステルの困り気味の微笑みと居場所のなさそうな呟きに、ニエルルが顔を赤らめてはっと口を両手で覆った。


「彼女を玄関から入れた後でも間に合うか? ドウツキ」

「う、うん! ロステルもありがとう!」


 話題を振られて、俺も慌てて返事をしてしまった。アマナはにへにへと笑って、俺に近付いて見上げている。


「せっかく招待状を持っているので土産話のいくつかは持ってていいのでは? と、アマナさんはおもいますが」

「うん……ありがとう、アマナ。ちょっと読書で疲れちゃった」

「よく休んでもらって~。料理役はお役御免になりますが」

「えっ! 俺もそれはちょっとやりたい! やだよ! 待ってくれ、ロステル!」


 俺は玄関に回ってくるニエルルと、それを出迎えるロステルの背中を追って廊下に出て、俺はドアを閉じる前にカレルの書斎を振り返った。

 世界は暗いままだけれど、ペンライトをかざせばどうにかなりそうなぐらいの暗さのように思う。前向きにはなりきれないけど、書斎のドアを閉じる頃には俺の回路の熱は穏やかに冷めていた。



 無事にオオツノの肉と、その狩りの成果をネ=リャハの里で交換して、皆は食事にありついた。今は、一段落して暮れた夜のキッチンの窓を俺は一人で眺めている。銀色の月が浮かぶ夜空で星は輝き、大地も呼応して淡く輝いていた。

 もうじきすれば、太陽の光が俺たちのところへ届くだろう。

 ロステルもニエルルも、慣れないことをして書斎や寝室で休眠を取っている。俺だけが星明かりを頼りにエネルギーを回収していて、スリープ状態になるのが惜しくて目を閉じたり開けたりしていた。

 ムツアシだってオオツノだって生きている。そして食べられると思った誰かがいたから食べられるようになったのかもしれず、俺のそんな考えなんて関係なく時間は過ぎていく。


「ねむれませんか。オフにおなりにならない?」


 皆の眠りを邪魔しないよう、キッチンに下がっていた俺に、アマナの声が掛かった。視線を彼女の声の方へ向ければ、くるくるしたペパーミントの瞳が薄明かりに光っている。洗い立ての石鹸の匂いもして、今、俺が旅をしているのを忘れるぐらいだった。


「うん、楽しかったから」


 俺はそう返事をした。実際、みんなで料理をするのはとても楽しかった。ニエルルは肉をほどよく焼くのが上手でアマナたちに歓声を上げさせたし、ロステルはあれだけ銃や砲を操れるのに包丁以外の刃物は苦手だという意外な話もあった。


 ――触ってみたかったんだ。包丁で、自分で料理がしたかった。


 と、はにかむロステルの手は少しぎこちないながらも丁寧だった。


 ――私、実はお肉を焼くのが得意なんです! 目分量も間違ったことがありません!


 ニエルルが胸を張って言って、実際にその通りに測ったのを見て、みんなして驚いたり感心したりしていた。

 これは、どちらも旅をしている時ではなかなか見られないものだ。もっとも、今までの料理のほとんどはミッドがしていて、俺も関われたわけではなかったけれど。


「アマナ。俺、初めてこの里の近くになら、残ってもいいかなって思えたよ。ここだったら、俺はちゃんと、俺として稼働できそうだって」

「ずっとお断りしながら旅してきたもんね」

「うん」

「だけど、残らない? ここの家にも?」

「……うん」


 俺は目を伏せた。惜しむ気持ちが回路を流れる。元から、アマナの家に居座るのは考えていなかった。彼女たちは何となく良いと言ってくれるような気はしたけれど、俺には人の家に陣取る勇気はない。

 俺には俺にしかできないことがあって、今後もそれが果たされるまで立ち止まれない。


「そっかあ」


 それを聞いたアマナは、ほんの少し蔦を下げて、だけどいつも通りのふわっとした雰囲気の返事をしてくれた。だから、俺はちょっとだけわがままになった。


「でも。もう一度来たいな、全部終わったら。いい?」

「やったー、ふらわー」


 俺の答えを聞いたアマナが、にへっとゆるく笑う。俺たち以外が寝静まった静かな夜。パンケーキの甘い香りも、炒め物の香ばしさも、俺には得難い思い出だ。次にいつ出会えるか分からない、束の間の平和だ。


(銅の月、来ないなあ。三十日を少し過ぎてたのかな……)


 ニエルルが言うのには、ひづめあとの滞在は一ヶ月にも及んだという。だけど、それなら三十日後の次の銅の月が昇ってもおかしくはない。残念ながら、銅の月の気配は外にも、俺の中にも見当たらない。

 俺はおのずと、嘘のように薙いだ夜の空気に一番似た空気を思い出す。


「最初の宿場町の夜が、こんな感じだったんだ」

「ほー。どこ?」

「A-3だったかな」

「Aだから機械の街と岸壁の港町を繋ぐ道だね」

「そういうルールなんだ? アマナは何でも知ってるなあ」

「おとーさんがかしこいのでぼくもさかしらなだけ」


 アマナがにこにことしながら、俺の側に寄ってくる。俺はそれを視線で追って、間合いに入るのを受け入れる。

 彼女のする近づき方は、歩み寄るとも、擦り寄るとも違う。彼女は思えば、いつだってそうだった。人間ではないものとして明確に自分を線引きして、ただ、対等に隣に在ってくれた。

 アマナは蔦で俺の肩をつっついて、窓の方を指す。俺も、一緒になって青い硝子の葉に満ちた夜空を仰ぐ。


「Bの5番はいいところだよね。人類が忘れた、うらぶれたネオンサインがさ。ちかちかするの」

「分かる。俺は、あそこは人間のところだなって思った」


 俺の目の裏に、様々な景色があった。A-3の頼りない石垣。B-5の側のたくさんの墓標めいた遺跡。もちろん、機械の街や岸壁の港町も。どこも同じようには見えなかった。

 伏された秘密があるなんて、カレルの手帳がなければ知りもしなかったろう。

 俺は顔を上げる。そして、視界の正面にアマナを捉える。


「ありがとう。いつも側にいてくれて」

「おかまいなく。元から利益ありありだったので」


 アマナは後ろ手の姿勢になって、満面の笑みを見せた。窓から差す魔法と月の明かりで作られるシルエットは植物と人間、どっちでもある。地球移民が台頭するために咲き続けた、影の功労者そのものの姿だった。


「ん……?」


 そのシルエットの周囲が青白い元の光ではなく、ほんのりと赤らんでいることに気が付いたのは、俺の目がやっぱり伏せがちになってしまっていたからなんだろう。


「……」


 何か、嫌な予感が俺の回路をよぎっていった。俺は誘われるまま、窓を開く。ここからは何もめぼしいものは見えない。が、方角は分かる。


「空、赤くなってない? ほら、ネ=リャハの里の方」

「あれ? ほんとだね? お外出る?」


 俺はアマナが蔦を手首に絡めてくれるのを感じながら、頷いて玄関から外へ出た。カレルの家は大きいわけではない。キッチンから玄関までは、そう遠い距離ではない。

 玄関から出てかすかに煌めく草を踏み、俺は幾重にも重なる硝子の葉の彼方に『多数決の石』の威容を捉えた。そして思わず、呟いた。


「何、あれ……」


 青く輝き、魔物を退けてくれているだろうそれは今、見たこともないほどの眩しい赤に変じていた。A-3の時のように消えたのではない。色そのものが変化していた。

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