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多数決の石5

 今、俺は赤茶けた岩の上にいる。少し頭を動かせば、遠目に見えていた多数決の石が、かなり近くなっている。つまり、俺は洞窟の中を通って、多数決の石が輝く上の方へと移動していたらしい。俺はあたりに視線を巡らせてから、もう一つ、俺を待っていたものを見つけた。

 そこに突き刺さるのは、アマナの斧だった。まるで、カレルから託されたように、太陽の光を照り返し、鈍く光っている。けれど、そんなに都合よく、ここに刺さっていたわけではないだろう。

 俺は、この斧を地面に突き立てた相手を、岩場の上の方に見いだした。


「気は済んだか?」

「カイラ。ひょっとして、この洞窟の仕組みを分かってて、俺に通らせた?」


 今回の仕掛け人に、俺は斧を引き抜きながら問いかけた。カイラは、やはり悠々と風に翼をそよがせて、こちらを見下ろし笑っていた。


「我々が、雛子の提案を素直に呑まぬのは事実だ。だが、そうだな。お前が一番、迷子の顔をしていた。お前が逆さの樹を通るべきだと考えたのは確かだ」

「……カイラも。俺にはちゃんと話してくれるんだな」


 俺は、今までだって様々な人の話を聞いて来た。時に人間関係にも突っ込んでしまったこともある。それもあって、シーニャの言っていたことがどうしても忘れられなかった。


「俺は人と関わりたいって言ったの、覚えてる?」

「無論、覚えている」

「でも、嘘を呑み込む力は、まだないんだ。みんな、真っ直ぐ向かい合ってくれた。俺も、そうありたいと思えるぐらいに。そうじゃない人もいる。頭では分かっていても、回路が、多分ついていってない……」


 カイラは「ふむ」と唸って、己の翼を軽く撫でながら返事を考えているようだった。

 かつて、人間はシステムという、俺たちの基礎となるものを作り上げた。だが、それは悪意に脆弱だった。そのわずかなデータベースに残った基礎知識と同じかは分からないが、俺はシーニャやクーネル氏の欺きを、他の人もするんじゃないかと怖くなってしまってもいた。

 隠し事をしたカイラは、もう怖いとは思っていないはずなのに。


「お前がすべきは、では、どうするかであり。換羽の前に親がするのは、助言と稽古でもある」

「……っ」


 カイラは羽ばたいて俺の側に着地するなり、いつも身につけている槍を俺の喉元に突き付けた。俺は慌てて短剣を鞘ごと荷物から出すが、カイラは槍の先端を鞘にかつかつと当てる。


「アンドロイドは脆い。十全な施設がない限り、自己修復さえできん。正面きっての戦いはすべきでない」

「っ、知ってる!」

「なら、お前が磨くべきは戦闘の技術ではなく、隠密の技術だ。影に隠れ、鍵を開け、大陸じゅうを騒ぎ回る連中をかいくぐり、ことを為せ」

「覚悟は、してる!」


 俺は鞘から短剣を抜いて、ぐっとカイラの槍を押し戻した。が、カイラは華奢なのに、とてつもなく力が強い。簡単に押し負けた俺は、また喉元に槍の切っ先を突き付けられる。自然と、俺の眉は寄る。


「でも、俺はアンドロイドだ。特殊技能はラボでもなきゃ覚えられない」

「基本的な人間の動作なら可能だろう。子どもの世話もな」

「カイラ、あんたアンドロイドのこと結構知ってるな?」


 俺は眉を寄せた。カイラたちネ=リャハは独自の文明に属しているが、決して、地球の文明に疎いわけではない。槍の切っ先を突き付けていた彼は、とんとんとその刃先の腹で俺の腕の側面を軽く叩いた。


「なあ、ドウツキ。お前は、良いものを持っているな?」

「いいもの……?」

「そう。鞄の揺れから、相応の重さのあるものを感じる。武器か、道具かは知らんが、それは地球人の愛した合金には違いあるまい」


 おもむろに、カイラが俺の肩掛け鞄に視線を向けたのを見て、俺は首を傾げる。鞄の蓋を開けて出てくるのは、ロープや探検の鞘、イゲンがくれた光る魔物避けの試験管などだ。が、もう一つ、俺にとって重要なものがそこに入っている。


「……あっ! ミッドの腕か!」


 そう、シーニャに刈り取られたミッドの腕だ。彼は、フレームの内側に術式を刻んだことがあると言っていなかったか。そして、彼の使ってきた『魔法』の根源は、他ならぬ腕と電力だ。それは、つまりこういう希望に言い換えることができる。

 ミッドの扱ってきた魔法を、手段さえ分かれば、俺が引き継ぐことができるのではないか?


「……」


 俺は、自分の右腕を見た。元より、フレームが剥き出しの、ぼろぼろの腕だ。最初から感覚の通っていない軽金属があるだけだ。人工皮膚を剥がすようなことは、しなくていい。移植できるなら、何の準備も要らない。


「成人祝いの入れ墨には、悪くないだろう?」

「でも、俺はこの回路式の魔法について詳しく……ああっ! そうか! それで、カレルさんの家の話になるのか……」


 自分でも鈍いと、俺もさすがに気付いた。答えも、おそらくあるはずだ。カレル・カレリイ氏はこの世界の文化について誰より調べていた人物だ。ならば、この集落の側にあるそこには、魔法の手がかりが記されているかも、と。


「全部、揃ってるんだ……最初から。俺が、見えてなかっただけで」

「そうだ。後はお前が持つか持たないか決めるだけだ。お前は、どうしたい?」


 幾度となく繰り返されたきた問いこそ、俺を前に進めてきた。そして、どうやらそれは、この窮地にあっても変わらないらしい。俺はなんだか、泣いていいのだか笑っていいのだか分からない顔をして、頷くしかなかった。


「持つ。持つよ。ありったけ持って……。うん。行ってくる」

「さっさとそれを手土産に行け。我々は南方の警戒で忙しいのだ」


 カイラは確かに族長だった。そして、彼もまた翼を広げて雛であることをやめたひとなのだろう。自分が宝だと分かっていて、一族の希望であるそれを損なわぬよう振る舞うひとなのだ。

 俺は、背負ったことのあるアマナの斧を、あるいはカレルの形見を背負って、歩き始めた。


「おまえは、俺の頭じゃなくて、こっちの方にぶら下がってた方が良いよ」


 俺は赤帽子を斧の先端に引っかけて、空を仰いだ。斧はとても重たいけれど、背負って歩いて行く分には、もうちっとも苦しいとは感じなかった。


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