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北方の翼 2

 森を抜けた頃には、日没が近付いていた。だからこそ、西日に照らされた集落の全容がはっきり見えた。彼らが連れてきた場所は、決して大きくはない集落だ。地球移民や機械種の姿はちらほら見えるが、ほとんどは翼持つ人々だ。

 もう少し北に目をやれば、風化した岩々の間に海辺も見えた。どうやら海も近いらしい。

 だが、何より俺の目を引いたのは、集落の西奥にある青い輝きだった。ともすれば集落を飲み込みかねないほどの、山とも波とも取れぬ巨大なそれは、間違いなく魔物避けの輝きを放っていた。耳をじっと澄ませれば、どこからかツルハシの音が聞こえてくる。


「そうか。ここは……」


 ロステルが声を上げて、目を開いた。


「ロステル、知ってる?」

「屋敷にいた時、魔物避けの材料について訊ねたことがある。その時、父さんは『最初の移民』と海路で取引をしていると」


 家のことになって口ごもりながらも、ロステルは俺の問いにそう答えた。魔物避けも無から作られているわけではない。それは、俺もそうだとは思っていた。ただ、目の前の青い巨大な鉱石塊だとは思いもしなかっただけで。

 翼ある人たちは俺たちを一番大きな土でできた家の入り口まで連れてくると、リーダーと思しき人の合図で空へ散開していく。残ったその人は視線を俺たちに向けて、家の中に入るよう勧める。俺たちも、今この場で何かしようというわけではない。従って、俺たちは穏やかな蝋燭の明かりが揺れる家へと入り込んだ。

 床に敷かれた敷物に直接座して、やっと、彼は口を開く。


「ようこそ、ネ=リャハの里へ。わたしがこの里の主、カイラだ。銅の月の子、お前と話すにはこれが必要か?」


 彼はカイラと名乗り、木の椀に茶を注いで自ら中身をあおった。それから懐から耳に引っかける形の通信端末を取り出して、唇の片方を持ち上げた。俺が素直に頷くと、彼は通信端末を耳に掛けてくれる。


「ネ=リャハ? それが、あなたたちの名ですか?」

「そうだ。我らは最初の移民。この世界に逃げ延びた、最初のまれびとだ」


 ニエルルの問いに、カイラは首肯した。


「全ての移民は、我らの後に来た。我らは『上に住む者』との取り決めで、ここを死守している。何用で北へ訪れた?」


 上に住む者と言ったが、それはおそらく『かみさま』のことだろう。俺は何から聞こうと少し迷ったあと、ゆっくり通信を送り始めた。銅の月の子と、俺を知ったように呼んだことを信じて。


「通り道といえば、それまでです。ここに来るまでに、たくさんの情報を得てきました。でも、どれも本当のことまでは深入りできてなかったのかなって思っています。カイラさん。俺は、かみさまに会いに行きます。他のどの陣営より早く……そのために、知っておかねばならないことはありますか?」

「会ってどうする?」

「俺の前身、ニューロマンサーの受け取った招待状を返しに行きます。これは、俺のものじゃないから」

「それから?」

「それから? それから……他は、何も。望むと、逆に『かみさま』を追う人たちと何も変わらないから」


 俺は遠慮がちにそう答えた。返す以外のことは考えていなかった。逆に、何かを願うというのは地球移民や機械種と同じようなことだからと、蓋をしていたのかもしれない。すると、カイラは再び茶を注いだ。今度は隣に置いてあった空の木の器に、二杯分。


「なるほど、お前は招待状を返しに行くためだけに神界へ潜るか。律儀なことだ」


 そう言いながら、カイラはロステルとニエルルに茶を差し出した。


「こちらはお前が火種であることを知っている。お前は闘争の渦中にある、言わば取り合い中の秘宝だ」


 ニエルルが両手で木の椀を持って、ロステルはカイラを真似て片手で茶を飲む。ニエルルから「おいしい」と聞こえてくるが、俺はカイラから目を離せない。


「宝が自我を持っていて、誰が得をする?」


 俺は首を横に振った。カイラは唇の端を持ち上げた。


「それでも南のものたちは、お前を野に放した。疑問を抱いたこともあるだろう」


 それにも、俺は頷いた。漠然と、今までの人々は俺の意志に興味を示していた、と。ヴァンさん然り、クーネルさん然り、マザー然り。何かしら、俺は、彼らが俺の感情について思うところがある素振りがあったように感じている。

 そこまで考えると、カイラはふーっと息を付いた。


「お前たちは、いずれもまだ生まれたばかりの雛子にすぎん」

「ひなご?」

「地球移民が言う『子』のことだ。我らはそれを雛子という。あのすみれの魔王が我らに助力を求めたならば、我らは応じる意志がある。わすれがたみと我らは、いにしえの同盟で結ばれているからだ。我ら一族がそれを疎んじたことは一度もない」


 懐かしむように目を伏せていたカイラは俺たちを見回し、再びあぐらをかいたまま頬杖をついた。


「が、我らは雛子を守る代わりに制限をかける。特にわたしは、己を十全に知らぬものを信用しないようにしている」

「……と、いうと」


 少し意地悪さを含んだ笑みを、俺は訝しんだ。それと同時に、ぱたんと横で静かに倒れる音が聞こえた。はっとして視線を向けると、ロステルがすやすやと何やら心地よさそうに顔を赤らめて眠っている。


「ロステル!?」

「案ずるな。ただの茶だ。わすれがたみには効果覿面の酒だがな」


 カイラは入って来た同族に、布団を持ってくるように伝える。すると、ニエルルとロステルの分の毛布がやって来る。ニエルルはおろおろしながらも、それを受け取ってロステルにかけたあと、自分の分を己の膝にかけた。


「銅の月の子よ。もし我らに問うならば、お前には雛子でないことを証明してもらう。ここまでお前が何を見てきて、どのように活かしてきたか。我らの信用に足り、すみれの魔王に報いることができるかどうか、わたしは長として見る義務がある」


 カイラの意図を、俺はやっと汲むことができた。地球移民だってこういうコミュニケーションを取ることがある。つまり。


「一人で通過儀礼を受けろってことですね?」

「利口な振る舞いは嫌いではない」


 俺の答えに、カイラはただ不敵な笑みと共に首肯した。俺たちは、彼らが信じるに足るかどうかの試験を求められていたのだ。ただの通り掛かった客ではなく、情報を得て対等に接するために、俺も彼らに応える必要があると感じた。


「だが、今日は村をゆるりと回るか、眠るがいい。来て早々に試練を与えるというのでは、少々面白みがない。わたしは好まない。寝るなら寝床は与えてやろう」


 カイラは欠伸を一つして立ち上がると、ひらひらと手を振って寝室があると思しき場所に引っ込んでいってしまった。俺は酔い潰されたロステルと、彼の背中をブランケット越しにさするニエルルに、視線を向けた。


「客でいたいなら、従っておけということですよね。意地悪です!」

「これ、ロステル落ち込むよなあ……」


 すやすやと寝息を立てる彼に、俺は苦笑する。完璧主義のきらいがあるロステルのことだから、と。


「俺は集落を見てくるよ。ニエルルはどうする?」

「ロステルさんをこのままにはできないでしょうから、私は少し待っています」


 大丈夫ですとぐっと拳を握るニエルルに、俺はロステルをひとまず任せることにした。今までだってそうだった。だから、俺は自分で歩いて情報を集めようと考えた。

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