Interestedly
賽は投げられた。燃える双子の都市を見て、僕はそのように思う。先ほどから都市の様子はおかしい。キノコ雲と勘違いしてしまいそうな、灰色の砂が吹き上がっている。
「グリちゃん、怪我してるとこ悪いけど、飛ばすよ」
僕らは今、ムツアシにまたがって、宿場街B-5方向へ駆け抜けている。と、いっても、グリちゃんは大怪我でとてもじゃないけれど、ムツアシを御す体力はない。かといって、乗合馬車で悠長に移動している余裕もない。そもそも、爆撃の中で馬車を待つなんてごめんだ。
魔物避けの明かりを頼りに、僕らはただ早馬が如く街道を駆け抜けていく。
「兄さん……」
彼は案の定、ロスが出て行ったことを悲しんでいた。あいにくと、僕はそうは思わない。彼が立ち向かうということは、長らく閉塞感に打ちひしがれていた、僕らのチャンスでもあるからだ。
「好きなようにさせてあげなよ」
「……」
さすがに、こんな夜道で仮面を被っているわけにもいかない。僕はグリちゃんに見えないように、仮面を外して先導している。
僕の顔にはドウツキ君のような火傷がある。昔、ロス側の使用人に薬品をぶっかけられた時の傷だ。自慢のアイスブルーの瞳は、実は片方見えていない。
当時のロスは、それはもう真っ青な顔で僕を手当てしてくれた。少年がするには適切で、完璧な処置だった。あれがなければ、僕の火傷は顔半分で済まなかったろう。そして、この顔は、僕が生きていていい証そのものになった。
僕は、この傷跡があれば、どこでだって生きて行ける。跡取り戦争で対立しているはずの彼が、僕を愛してくれた証拠だからだ。その時、僕はあの太陽を一瞬でも、独り占めできていたのだ。
薄暗い愛が僕の中にあった。それが、僕の罪なのだろう。
そして、この対立と慈しみの象徴である傷跡こそ、僕を僕たらしめてくれる。僕は愛の確証を得てしまった。魂の自由を得てしまった。だから、何も持っていないと嘆くグリちゃんの気持ちは僕には分からない。おそらく、一生。僕は運のいい強者である以上、彼とは分かち合えないのだろうから。
「家に」
「ん?」
「家に戻るのが、怖くないんですか」
「あー。母さんが何て言うか知らないけど、僕は別に? グリちゃん、街の外で待ってる?」
「いえ……」
歯切れの悪いグリちゃんに声を掛けつつ、僕は前を見る。B-5までは到底たどり着けない。どこか、もっと小さな宿場街で休まなければならないだろう。
手当てはしたけれど、彼の怪我の具合も適宜見ていかなければいけない。僕が錬金術師などという珍妙な魔法技術を会得したのも、こういう時のためだ。
僕らだって、前を向かなきゃいけない。それは、次期当主である僕も、よく分かっている。グリちゃんだって分かっているはずなんだけどなあ。
「キレ悪いじゃない」
「あなたには分かりませんよ」
わざと言葉でつついてやると、彼は口答えしてそっぽを向いた。やれやれ。
「まあ、今後の方針については話しておくね」
というわけで、僕はすっかりプライベートな話題を失ってしまった。渋々、今後について彼に伝達しておくことにする。
「僕は前々から温めていた作戦を実行する。岸壁の港町をすり抜けて、ウィリアムたちと合流し、棄民城へ行って同盟を取り付ける。父さんたちが綱引きに躍起になっている間は、北へのルートも手薄なはずだしねー」
からからと笑って、いよいよ僕も作戦を口にする。グリちゃんも分かっているのか、口を挟まない。
「さあて、全部思い通りに行くと思ってる老いぼれ連中に一泡吹かせてやろう」
つまり、僕を止める人間は誰もいないってことだ。
「僕ら六人が再会する日も近いよ。ね、ロス。ほどほどに生きなよ」
あとはあの素敵なアンドロイドが、上手い具合にやってくれる。
政治劇は、舞台の外でやればいい。




