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逃亡、そして質疑応答1

 人を警戒し、歩きながら考える。先ほど、ビショップは俺たちが行こうとしていた方から来た。ということは、俺がよほどおかしな経路や高額なテレポーターがない限り、ここはぐるっと円を描くように繋がっている。今までのところで、牢屋らしきものはなかった。それならば、ビショップが来た方へ向かえば、何かしら道があるはずだ、と。


(……あれは)


 推測は正しかった。俺は、今まで見たことのない通路を見つけた。


「ここに、用事があるんですね?」


 ニエルルが緊張した面持ちで俺を見る。ステルスを維持し続けている彼女の目元に疲労が見える。急がなければ。俺も彼女を見て、頷いて、誰もいないうちに通路へ飛び込む。

 一層通路が暗くなる。湿った空気が増す。俺の躯体は、ここはアンドロイドの身体によくないと訴えてくる。

 俺はセンサーをめいっぱいに凝らして、仲間たちの姿を探す。どこからか滴る水の音が、俺の感覚を研ぎ澄ます。


「く、ぅ……」


 そうしてついに、俺は一つのうめき声を察知した。その声が誰のものなのか、即座に理解する。


「グリンツさん……!」


 慌てて、俺は暗闇の中を進んだ。やがて見えてくる石作りの空洞と鉄の檻が、いよいよ俺の探していた場所――仲間が詰め込まれているだろう牢屋だと気付かせてくれる。

 牢の扉の向こうに、うずくまる赤い服と緑の頭があった。嗅覚センサーが血の臭いを検知して、俺は息を呑む。


「……ああ、無事でしたか。不幸中の幸いです、まったく」

「ひどい怪我……」

「ぐ……ファニング家の手の者が捕まればどうなるかなど、覚悟はしていましたが……」


 ステルスを解除し、ニエルルが俺の横でしゃがみ込む。

 グリンツ氏は重傷を負っていた。端正な顔はあざで腫れ上がり、眼鏡は床に落ちている。おおかた、ビショップか、彼が指示した誰かにやられたのだろう。彼は影だ。ファニング商会の諜報員だ。そういう情報を持つ者が囚われればどうなるか、それが今、目の前にある。


「兄さんは、無事でしょうね」

「今は」


 俺はポーチから鍵開け道具を引っ張り出して、鍵穴に差し込んだ。一心に祈りながら、集中し、音を聞く。

 ほどなくして、バネの跳ねる音と共に鍵が開く。鍵開けは、前よりもずっとうまくできた。


「あの、だ、大丈夫ですか?」


 一度は脅された相手だ。けれど、ニエルルはグリンツの側へ駆け寄った。グリンツ氏はよろけながら、一人で必死に立ち上がる。誰かに助けられるということがよほど嫌なのだろうが、ニエルルに支えられなければ歩くこともままならなさそうだった。

 彼は耳に引っかけたままの通信端末の位置を直して、俺を睨む。彼が鼻のあたりを手の甲で拭うと、なんとなく鉄の臭いが広がった。


「わたしのことはどうでもよろしい……あっちに、あなたのご兄弟やうさんくさい知人も囚われています」

「ありがとう。グリンツさん。しばらくここで――」

「わたしは……兄さんを、迎えに行かないと……」

「そ、そんな怪我じゃ無理だ」


 こんなところで押し問答をしている場合ではない。俺は何とかしてグリンツ氏を休ませようと、回路にエネルギーを通して試行錯誤する。

 そこに、とんとんと俺の肩を叩く存在があった。まさか見張りに見つかったのだろうかと、びっくりして俺は飛び退る。俺の肩を叩いたものの正体は、通路側の天井の通気口からにょろりと出た蔦だ。

 ニエルルがひゃっと驚いた声を上げて、口を手で閉じる。


「あ、アマナ!」

「はろー。げんき? ヨルヨリはとりあえずこっちに任せてー」


 任せてと言いながら、彼女はグリンツ氏にぐるぐると蔦を巻いて、通気口から引っ張り上げようとする。痛みに苦悶の声を漏らすが、『影』であるグリンツ氏としてもその方が良いと判断したのだろう。大人しく従った。


「あ、あの、いいんですか?」

「うん。あの子と一緒なら、多分、大丈夫。アマナ、グリンツさんと一緒に、ロステルの救助を頼んでいい?」

「おっけー。斧だけちゃんと回収してね」

「分かった」

「おーらい、ちひょーで合流ねー」


 俺はすでに理解している。あの大斧は、彼女にとってかけがえのない宝物だ。もちろん、ここに何一つ置いていくつもりはない。


「ニエルル、もしよければアマナに守ってもらった方がいいよ」


 言葉が伝わらないので、俺はそう通信から発しながらも、ニエルルを見てアマナの蔦を指差した。グリンツ氏を通気口に引き上げたアマナが、再び蔦を伸ばしてくれる。

 ニエルルは蔦をおっかなびっくり撫でながら、視線を俺とアマナの間で彷徨わせていた。が、顔を上げる。


「あの、あなたと一緒に行きます。私も、あなたも、一人で動くのは、きっと危ないですから」

「じゃあ、これを貸してしんぜよー。耳におかけになって」


 アマナの囁きと共にもう一本の蔦から渡されたのは、アマナ用の通信端末だ。ニエルルは長い耳に器用に端末を引っかける。


「……聞こえる? 俺の声」

「聞こえます! そうか、あなたは、声が無いわけじゃなかったんですね……全部、通信だったんだ……。あぁ、聞こえる、よかった……!」


 俺は、そっと声を掛けてみた。そうすると、彼女はとても嬉しそうに目を輝かせて頷いた。もっといろんな会話をしたかったけれど、あいにくと時間が無い。いつ、ここに誰が来るとも知れない以上、俺から言えるのはこの言葉だけだ。


「急ごう。まだ仲間がいる」

「はいっ」


 俺たちはミッドたちの姿を求めて、さらに牢屋の奥へと進んだ。

 ところどころ上部に通気口があるにせよ、やはり部屋の中はじっとりとして、居心地が悪い。どこからともなく水が流れてきて、足元をほのかに濡らしている。この事実が、何となく俺にひとつの予測を立てさせる。


「ここ、ひょっとして、かなり地下にある?」

「そう……かもしれません。都市の周りに、ここまで広い建造物があるなら、エルフの森から見えてもおかしくないはずです」


 目を凝らすニエルルに俺は頷いた。研究都市側にあるとするならエルフには気付かれないかもしれないが、そうだとしたら、イゲン氏やクラクがもっとストレートに場所を言っていたはずだ。

 今の俺たちは、通気口や他の道が、地面の上まで繋がっていることを祈るほかなかった。


「見えた」


 俺は次の檻を見つけて、急いで歩み寄る。誰が入っているのか、慎重に覗き込む。二人ぶんの影が見えた。


「っ……ドウツキ君かい、無事でよかった」


 一人はクラクだ。後ろ手に縛られ、困った様子で床に転がっている。そして、もう一人は、クローディアでもミッドでもない、まったく想定外の人物だった。


「あ、あんたは……!」


 その顔を、俺は見たことがある。あの石の城に偽装された拠点、その画面の中に。


「やあやあ、ドウツキくん……だったかな。助けてくれないかねえ」


 行儀良く整えた短い白髪に、ほんのりと紫掛かった柔和そうな瞳。しわのついた穏やかな顔立ち――到底、人を傷つけそうにない顔立ちの老人が、こちらも困った顔で微笑んでいる。


「ぷ、プライン社長っ」


 ニエルルがびっくりして目を丸くしている。俺だってそうだ。

 クーネル・プライン。この老人を、できればここで見つけたくなんてなかった。

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