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『感涙もののエンド』は悪役令嬢にも訪れるようです

 微かに残る頭痛と記憶の混乱を整理しながら目を開けると、そこには心配そうに私の顔を覗き込む“魔王”とリアムの顔があった。


「大丈夫?!」


「大丈夫か?」


 大丈夫、と言いかけて、ふと“魔王”の顔に違和感を覚えた。顔全体は鱗で覆われており、口も鼻もドラゴンのようだが目元に微かな面影がある。


「ユーゴ?!」


「「え?」」


 ほぼ同時に“魔王”とリアムが聞き返す。五年前、失踪したユーゴを探す私の前に現れたリアムが、最初に教えてくれたのは


「ユーゴは魔王を倒すために魔王城に行った」


という事実だった。リリィの記憶がなくなった時には「北の方に行ったこと以外手掛かりはなかった」と言っていたが……。おそらく記憶を無くし平凡な女子大生であった“私”と心が通じてしまい、言うに言い出せなくなってしまったのだろう。軽い苛立ちを覚えたが、そんなことはどうでもよかった。


 私は目の前の“魔王”に抱き着いた。


「ユーゴ、ずっと会いたかった」


「り、リリィ……。僕って分かるの?」


 そう言っておずおずと硬い腕が私の背中に回される。


「分かるに決まっているじゃない。それにそのために来たんだよ」


 リアムに『ユーゴが魔王城にいる可能性がある』と聞かされ、私は『逆ハーレムエンド』を進むことを決意した。普通の人ならば絶対入れない魔王城に行くために、戴冠の儀式を利用しようとしたのだ。女王になんてなりたいとは一つも思ってなかった。ましてや逆ハーレムが欲しかったわけでもない。


「でも……その人と……」


「違うの!さっきまで記憶がなかったの。だからユーゴってことも分からなかったんだと思う」


「え?!」


「それは本当だ。数か月前から突如、リリィの記憶がなくなって……そこに色々と俺がつけこんだ。すまなかった」


 あっさりと弁明され、私はニッコリと優雅にリアムに微笑みかけた。もし弁明しなかったら身の潔白を証明するために殺していたかもしれない。


「何で急にいなくなっちゃったの?何で一緒に連れて行ってくれなかったの?」


 五年前からずっと心に抱いていた疑問だ。


「だって……リリィは王族だから」


「関係ないよ。ユーゴが一緒に行こうって言ってくれたら、どこだって行けたよ?きっと第一王女なんて認知されなかったとも思うもん」


「でも、リリィがそれじゃ幸せじゃなくなっちゃう」


 伏し目がちにそういう彼は、子供の時ベッドの上で気弱に私の来訪を待っていたユーゴを見ているようだった。私は鱗で覆われた彼の顔を両手でつかみ目を合わせた。


「私にとっての幸せはね、ユーゴといることなの。贅を尽くされた離宮や王宮でも、ユーゴがいなかったら意味ないんだよ」


「嘘だ……」


「嘘じゃないよ。小さい時からの付き合いだから言わないでも分かるって思っていたけど……。やっぱり言わなきゃダメだね」


「だから言ったじゃない。誘拐したらって」


 その声に振り返ると先ほどまで、ユーゴの隣にいた女性がそこにいた。


「この人ダレ?」


 今度は私が詰問する番だった。


「もう、お母さんになんて口のきき方をするのかしら……これが反抗期というのかしらね」


 私に全くない色気を振りまきながら、女性は悩まし気に頬に手を当てて見下ろす。


「ユーゴのお母さん?」


「ち、違うよ。リリィのお母さんだよ」


 その言葉に思わず耳を疑った。


「お母さん?」


「あなたのお母さんよ。覚えてない?目元ソックリでしょ?」


 いつかリアムが「目元がソックリだ」と言っていたことをにわかに思い出す。


「でも、お母さんは失踪したって……」


「お父さんが戴冠の儀式をする際、魔物に襲われちゃってね……。一緒に同行していたら魔法に侵されたメンバーが出てきて治療しようと思ったら、私も魔物になっちゃった」


 そう言って、その場でくるりと回って背中の羽も見せる。その羽の奥に刻まれた大きな傷は過去の凄惨な事件を物語っていた。


「これじゃあ、王妃になんてなれないってことで、ここに残ったの」


「じゃあ、ここで私が産まれたの?」


「そうそう。妊娠している時にあんな儀式するもんじゃないわね~」


 どこか達観したように遠くを見つめる彼女の表情には後悔も怒りの表情も何もなかった。ただ過去を懐かしんでいるという様子だ。


「五歳まではね、魔物になるかもしれないからってここで面倒を見ていたんだけど、大丈夫そうだから神殿のおじいちゃんの所に預けたのよ。他のみんなもお父さんも『人間でいられるなら人間界で暮らすのが一番』だって言うしね」


 肖像画ですら見たことがなかった母親の登場に、不思議と懐かしさも喜びの感情もわいてこなかった。“母親”という印象が、この女性からは伝わってこなかったからかもしれない。


「色々あったけど。これからは仲良く暮らしましょうね」


 そう言って手を取られ、ふと重大なことを思い出す。


「アーロンが……連れが亡くなったんだけど、なんとかできない?」


「騎士のあの子ね。大丈夫よ。既に別室で蘇生の儀式を行っているわ。ちょっと面倒だけど大丈夫よ」


 どうやら魔王城のことは全て把握しているのだろう。大きな罪悪感が一つ減り、安堵のため息をついた。


「ねぇ、アーロンって奴のことも好きだったの?」


 アデラインから手を引き離すようにして、ユーゴが私の両手を握ってそう言う。


「好きじゃないよ」


 当然のこととして私は返事をする。好きなわけがない。


「ユーゴ以外の男は昔から全部一緒だよ。“好き”でも“嫌い”でもない。どうでもいいの」


「でも離宮にいたし……その……男女の関係だったよね」

 

 魔王はそんなことまで知っているのかと驚いたが、私は丁寧にその誤解を訂正する。


「彼が望んだからね。ここに来るためには必要な人材で、懐柔するためには必要だったから寝ていただけ。呆れるかもしれないけど、私本当に何もなかったんだよ」


 心なしかユーゴの表情が私の言葉で少し柔らかくなった。複数の男と関係があったことを理解しろというのは難しい話だが、これからゆっくり時間をかけてこれまでのことを話せば理解してもらえるに違いない。


「私達の存在はそんなものだったのか!!!?」


 そんな私の期待を打ち破るような怒号が玉座の間に響き渡った。その声に振り返ると、そこにはラルフがいた。

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