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「ありがとう、マリアンナ」
ざあっ、と強い風が窓から吹き込んで来た。
マリアンナは服を持っていた腕で顔を覆う。
風はすぐに止み、マリアンナはほっとして腕を下ろす。
「でもやっぱり私の服を返してっ!!」
すぐ目の前に、メアリの顔があった。
顔面の半分は頭蓋が剥き出しで、目も無い。髪の毛も——マリアンナが本当は羨ましいと思っていた豊かなストレートのブルネットの髪も、大半が抜け落ちている。
肉が残っているもう半分の顔面も、動物にでも噛み付かれたように皮が剥がれ、肉がぶら下がっている。
途轍もない恐怖に縛られたマリアンナは、それでも気を失うことも出来ず、変わり果てた姉を凝視する。
「こんな服で、私を騙そうとしたってダメよっ!! 結局あんたは私から何もかも持って行ってしまったんだからっ!!」
骨の指が、マリアンナの髪を掴む。
「この金の髪。私が、どれ程、この髪が欲しかったか、あんたに分かる?」
骨が髪を巻きつけ、ゆっくりと引っ張る。その感触に、恐怖に固まっていたマリアンナの意識が解れた。
「メ、メアリ、だって、私がっ、どんなに憧れていたかっ、しら……、知らなかったでしょっ!?」
マリアンナは、最後の方は大声で言った。
「ずっと、ずっとメアリが羨ましかったのっ!! だって、勉強もスボーツも出来てっ、お料理も上手でっ!! ママやパパだって、他の人にはメアリの自慢ばっかりしてたわっ!!」
「嘘、そんな……、はず……」骸骨の顔が歪む。
「本当はそうだったのっ。私は、可愛いって言われたけど、クラスメイトは陰で言ってた。『優等生のメアリの頭の悪い妹』って。『顔ばっかり綺麗で、何にも出来ないおバカさん』ってっ!!」
「あり得ないわっ!!」メアリの亡霊が吠えた。風が、吹く。
「嘘よっ!! あんたは今、私にとり殺されるのを逃れようと、嘘をついてるのっ!! もううんざりっ、あんたの嘘はっ!!」
メアリの指がマリアンナの首に掛かった。
ペンチで締め上げられるような苦しさに、マリアンナはもがく。
「メ……、や、めて……っ!!」
「私と一緒に地獄へ行くのよ、マリアンナ」
唇の無くなった口で、メアリは嗤う。カタカタと、歯の鳴る音がマリアンナの耳に聞こえた。
急激に気が遠くなって行く中で、マリアンナは必死に持っていた服を持ち上げた。
「これ……、これ……、パーティーに……、着て……行って。絶対、ぜ……、た、い、メ、ア、リ、に、は……、」
「……うるさいわよ」メアリがマリアンナの首の骨を一挙に折ろうとしたその時。
「止めてっ!! メアリっ!!」
母が部屋へ駆け込んで来た。
母はメアリの亡霊に、躊躇いなく抱き着く。メアリは驚いてマリアンナの首を離した。
「殺すなら、私を殺しなさいっ!!」母は泣きながら訴えた。
「あなたがマリアンナを恨むようになったのも、みんな、私が悪いのっ!! もっと、あなたを気遣ってあげればよかったっ!! 本当に愛してるって、ちゃんと伝えればよかったっ!!」
「マ……、ママ……」気を失うまいと、マリアンナが母の背へ手を伸ばす。
母は、だがその手を振り払った。
「メアリっ!!」
醜い怨霊となった娘を、母は抱きしめ続けた。
姉の、骨だけの腕が、母の背にそっと回されるのをマリアンナはぼんやりと見ていた。
が、次の瞬間。
「み、ん、な、嘘よおぉぉぉぉぉぉっ!!」
母の身体を、怨霊が締め上げる。骨の折れる嫌な音が、部屋中に響く。
「ぐわああぁぁぁぁぁぁ——っ!!」
母の口から獣の断末魔のような声と、夥しい血が吹き出した。
マリアンナは慌てて、持っていた服でメアリの頭を叩いた。
「止めてっ!! お願いだからもう止めてえぇぇぇっ!! メアリ——っ!!」
メアリが、唐突に母を離した。
母が床に倒れた拍子に、マリアンナが振り回していたワンピースがすっぽりとメアリに被せられた。
不気味な気配が消えたのに気付き、マリアンナは目を上げる。
そこには、自分と母が一生懸命選んだ服を着た、以前と変わらぬ美しい姉がいた。
お揃いで買っておいたブレスレットとヒールも履いている。
「マリ……、マリアンナ?」
メアリは、ワードローブの鏡に映った自分の姿を、不思議そうに見ていた。
マリアンナは、思わず嬉し涙が溢れた。
「思った通り……。とっても似合う、メアリ……」
「本当……?」
うんうん、と、マリアンナは何度も頷き、メアリを抱き締めた。
「すっごく素敵よ、お姉ちゃん」
メアリはマリアンナに微笑んだ。
「……ありがとう、マリアンナ。今までごめんね」
言葉と同時に、メアリの姿は消えた。
******
メアリの亡霊に羽交い締めにされた母は、その後すぐに起き上がった。
血を吐いたはずなのに、病院の診察では何処にも異常は無かった。
1ヶ月ほどして、妖精の森で見つかった遺体の検死結果が伝えられた。
「——という状態で、恐らくお嬢さんは、死後、野犬や森の雑食動物によって遺体を損壊されたと思われます」
メアリが死んだのは七年前。夏至祭の夜だろうということだった。
返されたメアリを教会の墓地に埋葬した家族は、皆疲れた顔で帰宅した。
父は簡単な夕食の後に、すぐにシャワーを浴びて自室へ入ってしまった。
上の兄二人も、次の日に学校の準備があるからと、早々にリビングから出て行った。
「ねえ、ママ?」
母と弟と残ったマリアンナは、ふと思い出したことを告げた。
「メアリが居なくなった夏至祭の夜にね、私、ふたつお願い事をしたの」
「フィンへのお願い事って、ひとつだけじゃなかった?」ビリーが、眼鏡を持ち上げる。
「何を、お願いしたの?」
訊いた母に、マリアンナは頷き、勇気を振り絞って言った。
「メアリが、死んじゃえばいい、って」
母とビリーが息を飲む音が聞こえた。
「ふたつ目のお願いだから、叶えてはもらえないだろうって思ってた。だから、言い伝え通り、お願いの最後に『コングルフィン・ユア・トゥルー』って書いて」
これにて、完結です。
えー、怖いかどうかは、ご意見が分かれる(いや、怖くないって^^;;)ところかと思いますが・・・
こんなもんですー。
他の連載中も頑張ってますので、またもう少し、お待ちいただけると嬉しいですm(__)m