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夏美  作者: のかわ ひじり
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四 限定核戦争

キーン・コーン・カーン・コーン、キーン・コーン・カーン・コーン……

五限目、きょう最後の授業開始のチャイムが鳴っている。

岡本先生が珍しく、丁度(ちょうど)のタイミングで、本・ノートを持ち、教室に入る。

「では、起立!……礼!……着席!」

級長の石黒(いしぐろ)君の号令で、公民の授業が始まった。

「さて……と。教科書二百二十五ページを開いて。世界恐慌の項目を見て下さい」

生徒一同、教科書を開く。

美羽ちゃんは教科書を忘れたので、自分は、自分のを見せることになった。

「先日は、世界恐慌とは何か、について説明しました。その内容を少しおさらいしましょう。一九二九年の世界恐慌とは、具体的にどういう事件でしょうか?」

「はい!」

「はい!」

「では、(みなもと)くん」

「世界恐慌とは、社会の需要に対して、物やサービスを作り過ぎて、売れず、そのために失業が異常に増加する現象です」

「その通り。恐慌は、過剰生産恐慌とも言われます。景気が過熱すると、企業は、もっと商品が売れると考えて、どんどん機械や材料や労働者を調達します。そして、個々の企業は、稼ぐため、利益をあげるため、市場をどれだけ自分の商品で占めるか競争します。資本主義経済の仕組みですが、最終的に商品やサービスを買う人たち=消費者よりも作りすぎる状態に陥ってしまいます。これを需要と供給のギャップといいます」

「あとの人」

「はい!」

「村山くん」

「株式とか債券とかが、ターゲットになる対象が異常に暴騰して、それが暴落すると、実物の生産消費に悪影響を与えます」

「そうです。事実、当時の株式市場は、教科書二百二十六ページ《ダウの値動き》のように、異常に値を挙げ、下げました」


ドアのノック。

校長先生が教室に入る。

何やら青ざめた顔だった。

「岡本さん、ちょっと話があるのだが……」

岡本先生、校長と教室を出る。


ざわめく生徒たち。

岡本先生が、戻る。

「今日はここで、授業を中止します」

えー?!一体何のことなの?

「たぶん、これですかね?」

小林くんというヒョウキン者の男子生徒が、スマホを見せている。

「なによー、これ?」

スマホの画面では、リアルに、鼠色(ねずみ)の醜悪なキノコ雲がぐんぐんと立ち昇っている。

「国際社会が、非常に危険な事態になった。ニューヨーク、ロンドン、パリに核弾頭が投下された」と、彼は大声で叫ぶ。

女子生徒が、「ギャー!」と叫んだ。

茫然と立ちあがる美羽ちゃん。

「これ、小林君!クラス仲間を刺激しないように」

岡本先生が、厳しい表情で注意を促す。体が強張りながらも、なんとか生徒を落ち着けようとしている。

「もし、どうしても見たい人は、携帯を見ていいです。しかし、できるだけ落ち着いて見て下さい。視聴覚室のテレビもあります。ただ、興味本位で観るのはあまりよくありません。人間がたくさん死んでいますし、放射能の後遺症で苦しむ人も大勢出てきます。あくまでも、見方・感じ方はそれぞれでしょう。ただ、《戦争と平和》の問題をよく考えてください。もちろん、気持ちが悪くなる人は見なくていいです。じっとしていてください。それから、授業はもう終わりなので、具合が悪くなった人は、帰っていいです」


家に帰り、居間で座り、テレビをつける。

朝ロンドンを、郊外のホテルから日本人観光客がたまたま撮影した映像が出てきた。

遠くで、ピカッ、と大きく光る火球がどんどん大きくなる。

十秒くらいして大きなドーンという音が聞こえた。

「なんだ、これは?」

火球の表面が、凸凹のある薄気味悪い灰色に変化していく。

巨大なキノコ雲がぐんぐん上昇する。

「核戦争じゃないか?」

「えっ?核戦争!?」

「オー・マイ・ガーッド!」

窓外では、街路のネイティヴの市民が騒ぎ始めていた。その悲鳴だ。

どどどどーんという音が建物を叩く。

灰色の巨大な雲の塊が、ぐんぐん迫ってくる。

「爆風だ、放射能だ!おい、窓を閉めろ!早く!早くしろ!」

撮影者は身の危険を感じ、ビデオカメラを床に投げ落としたようだ。

雨戸が閉められたのか、画面が暗くなる。

「伏せろ!!」

ドーンという音がして、暗い室内が地震のようにガタガタ揺れだした。

「うわーっ!何だこりゃ!?」


そこで、ニュースキャスターの画面に戻り、

中年のキャスターが、ポツリと語った。

「先ほどの映像は、ロンドンでの核投下の模様でした」


新聞の号外が、野次馬の騒動の中で配られているシーンが夕刻のテレビに映る。

「二〇三〇年五月十一日 

ニューヨーク・ロンドン・パリ

同時多発核テロ」


***


数日後、自転車をこいで、安城のイトーヨーカドーへ買い物するついでに、某週刊誌を立ち読みする。本屋では、すでに第三次世界大戦や、全面核戦争の脅威を扱った特集を組んでいた。放射線を、どれくらい浴びたら、どれだけの人体への障害が起きるか、放射能を浴びないようにするにはどうすればよいか?核シェルターや防空壕の特集も、早々と組まれていた。


ニューヨーク・ロンドン・パリ同時核テロによる直接の影響で、世界経済の破綻・恐慌が勃発。この時から、国際社会で地域核戦争が勃発、核の使用が既成事実化した。核兵器は、戦争の抑止兵器から、いつどこでも使用できる兵器に変貌。人類は、第三次世界大戦に直面することになるのではないか?そういう不安が頭をよぎる。


***


二〇三〇年五月二十日 朝七時

洗面台に向かい寝ぼけ眼で歩いていると、一瞬、

「また核が使われた!」という声がする。

それは恐らくは、テレビニュースを観ているであろう父の声であった。

「一体何ですか?」と、キッチンの母の声がする。

ダイニングルームに入る手前で、父が再びかなり際どい声で、母に話しかけている。

「おい、今度は、アメリカが核を使った」

「えっ、また?!異常ですよ。世界は一体どうなるのでしょうねえ」

「どうしたの?あわてて」と訊くと、

「夏美。聴いて!アメリカ軍が核を使ったらしいって」と母が、核を使った戦争の拡大を懸念して言う、

「日本にも変な影響が無ければいいけれど」


ニュース・キャスターの興奮をおさえきれない声を聴く。

「繰り返し、説明いたします。昨日現地時間五時、アメリカ国防省の発表によれば、アメリカ軍は、《イスラム原理主義勢力壊滅作戦》の名の下で、シリア、イラク、アフガニスタンへ、戦術核による攻撃を開始しました。繰り返しお伝えします。アメリカ軍は・・・・・・」


***


二〇三〇年 六月二十八日 名古屋。

その日は、丸栄、三越百貨店で、一人買い物をする。

地下鉄東山線で名古屋へ戻ると、

地下鉄《名古屋》駅改札付近、名古屋駅地下道の柱に貼られた号外が目を引く。


《毎朝新聞 号外》

「二〇三〇年六月二十八日

印パ核戦争勃発

両国首都壊滅

カシミール暴動きっかけか?

南アジア情勢さらなる混迷へ」


夜九時。居間で、一家テレビを見ながら、

「ねえ、母さん、核戦争が始まったって。日本は、大丈夫?」


現地記者は昂奮を抑えきれず、

「こちらは、バングラデシュ支局の一ノ関です。インドとパキスタン両国の核による戦争で、投下された核兵器は、これまでに全部で五十一発。両国の大都市および主要な軍事基地は、もうすでに、そのほとんどが爆風と熱線により壊滅的な打撃を受けています」

「はい。それで、その被害状況は」

「イギリスBBCの情報によれば、六月二十八日夜十時日本時間現在、推計即死者数は、インドで三千五百万人、パキスタンで二千四百万人に及ぶとされています」

「国や地域ごとの被害状況はどうでしょうか?もしもし?一ノ関さん?」

「はい。この地図が、それを現しています。このキノコ雲が、投下された地点。キロトンは、爆発規模。黒で書かれた人数は、その標的の推定即死者数、赤は推定重傷者数…」

「ワシントンのほうからも、情報が入っています。もしもし……」

「こちら、ワシントンの臨時国連事務所です。国連は、安保理を緊急に招集します。しかし、国連はすでに要員のほとんどをニューヨークの核テロで喪失しています。ですから、まだ、組織の再生を試みているという段階です。正直なところ、国連事務所内では、ここまで来たら、もう手の施しようが無いという諦めのムードが広がっています」

「日本への影響も懸念されますね」

「放射能の影響は、当然心配です。しかし、放射能に関しては、日本への影響は、福島の原発事故には、はるかに及ばないという予想です。しかし、これだけ大量の核兵器が使用されれば、人類史上類を観ない火災が発生し、莫大な量の塵によるニュークリア・ウィンター=核の冬が起こる可能性があり、農作物への被害は甚大なものになりそうです。なお、その影響は当然、日本にも及びます。そこで、私たちには、深刻な凶作に備える必要が出てきました」


「これは、野菜が暴騰する。えらいこっちゃ!」

「核の冬って、そんなに深刻なの?」

「そうだ。まあ、原因は違うけど、例えば、火山の大噴火で塵が大量に放出されると、世界中で気温が下がる現象が現れるんだ。都市部での火災が、大量の塵を作るのは、間違いない。今、世界は温暖化しているけど、今度は、核爆発の塵で、気温がぐっと下がるかもしれない。うちの実家のように野菜を作っている所でも、採れなくなってしまうかもしれない。来年は、寒さに強い作物を植えたほうがよいだろうな」

父はしゃべり終えると、深刻そうに腕を組んでいた。


核戦争は、ニュースを聞くだけで憂鬱だった。ドキュメンタリー番組でヒバクシャの焼け爛れたバケモノのように爛れた形相を見るにつけ、人類は滅亡するのではないだろうか、近隣諸国の核ミサイルが落ちるのではないだろうか?という思いに囚われる。


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