表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
午前三時の回復魔法  作者: 28号
午前三時の攻撃魔法
13/13

カルテ08:診察室へ

 それから二日後――。

「こんな診療所、もう2度と来ないからな!!」

 清々しいほどの捨て台詞を吐いて、ユイノは無事退院していった。

 私が治療に携わったと知って以来、彼は手のひらを返したように「俺の踊り子に戻ってくれ」と言い続けたけれど、もちろん私は断った。

「俺を振ったら後悔するぞ」

 と最後の会計の時にもいわれたけれど、そんな事はあり得ない。

「ユイノのパーティを抜けてから今まで後悔したことないし、むしろ戻ったほうが地獄だと思うから」

 たまには素直になってみようと、今の気持ちをそのまま告げたら、彼は私と診療所にありったけの暴言を吐いて出て行った。

「最後まで最悪な野郎だな」

 そんな様子をどこからか見ていたローガンが、ふらりと私の側へとやってくる。

「つくづく、お前は男を見る目がないな」

「別にユイノが目的で彼のパーティに入ったわけじゃありません」

「だとしても、あんな男がいるパーティを選ぶ辺りお前には見る目がない」

 ばっさり切り捨てて、ローガンは私を見下ろす。

「だからやめて良かったと思うぞ、踊り子」

「そんなこと、言われたのは初めてです」

「人には向き不向きがある。そしてお前は決定的に踊り子には向いていない」

「でも、あなたの助手には向いているっていいたいんですか?」

「少しはわかってきたな」

 満足げに、ローガンが笑う。

 それから彼は、手にしていたカルテを突然私に差し出してくる。

「それじゃあ、早速始めるぞ」

「始めるって何を?」

「仕事だ。俺の助手なら一緒に患者を診るのは当たり前だろう。

「私、やるなんて一言も……」

 言っていないと告げようとした口を、あの無骨な指が再び塞ぐ。

「もう決めたはずだ。そうじゃなきゃ、あんなくず野郎を助けたりはしないだろ?」

「あれは、見捨てるのが忍びなかっただけです」

「見捨てるのが忍びない輩なら腐るほどいるから心配するな。今日も、うちは急患だらけだしな」

 さあ立てと目で訴えるローガンに、私は渋々椅子を引いた。

 そこで、私は少し驚く。

 重いと思っていた腰が、あまりに軽く椅子から離れたからだ。

「行くぞ」

 カルテと共に、ローガンが私に白衣を突きつける。

 治癒術士しか着れないそれを私が着て良いのかと迷っていると、視界の隅エイナ先輩の姿が映った。

 視線が合い、帰ってきたのは温かな笑顔。

 その前で白衣をまとえば、彼女の笑みは更に明るい物へと変わる。

「踊り子の服も可愛いけど、白衣も似合ってる」

 そんな言葉に私も笑顔をこぼすと、なぜか不機嫌そうなため息が聞こえてきた。

「そういう笑顔を、どうして俺ではなくエイナに見せる。お前に助手の立場と白衣をやったのは俺だぞ。そういう可愛い顔は、まず一番に俺に向けるべきだろう」

 不意打ちの褒め言葉に動揺していると、ローガンは思い出したように付け加えた。

「そういえば、答えは?」

「こ、こたえ?」

「俺はお前に惚れていると言った。それに対する何かしらの回答があってしかるべきだろう」

「い、いまここでですか?」

「じゃあ、今夜。九時にチザーレの店で」

 決定だと言わんばかりの態度で、ローガンは歩き出す。

 そんなに早く答えは出ないと言いいかけて、答えを迷っている自分に驚いた。

「なんだか私、自分で思った以上に自分のことがわかってないみたい……」

 誰よりも空気や考えを読むのが得意な踊り子だったはずなのに、自分のこととなるとなぜかそれが上手く出来ない。

 自分がどうしたいのかも、どうしていきたいのかも、未だ正確に把握することが出来ないのだ。

 ローガンにはああ言ったが、ユイノの治療をしたとき、自分の力が役に立ったことが本当に嬉しかった。

 ただ一方で、今でもまだ、自分の能力と過去を受け入れられない。

 そんな半端な気持ちで、人を救う仕事について良いのかと悩む気持ちは強いけど……。

「ジグ、早く来い」

 傍若無人な元勇者の隣にいると、迷う前に物事はどんどん進んでしまう。

 それを最初は嫌だと思っていたけれど、時にはこうして流されるのも良いかもしれないと、今では少し思う。

「それじゃあ、診察開始だ」

 ローガンの大きな背中を追いながら、私は診察室へと足を踏み入れる。

 時間はかかるだろうけど、彼の後ろにいればきっと自分の力をもっと好きになれる気がした。

 ただひとつ、ローガンのことだけは好きになれないと思うけど……、と半ば念じるように付け加えて、私は彼にカルテを渡した。

 事務員としてでは無く、今日からは彼の助手として――――。


 

 午前三時の攻撃魔法【END】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ