突破
ユウがバウジフに頼んだのはアーダの処遇の事だった。
小人の医師は意外に高度な医療技術を持っていて、そのおかげで傷の処置については終了してはいるものの、アーダはまだその腕をまともに動かす事は出来ないし、それどころか大量の出血により体を動かす事すら難しい状態だ。
なので、ユウ達が戻って来るまでの間、アーダにはここで体力の回復に専念しつつ待っていてもらうより仕方がない。
だから、せめてもの置き土産として、アーダから何か要望があった場合には、なるべく聞いてあげて欲しい、とバウジフに頼んだのだ。
そしてその後その事をアーダにも伝えた。
アーダは、話しをした直後こそ、どうしてもついて行きたいと激しく抵抗するそぶりを見せたものの、話の途中で体に異常を感じたのか、自分で身体全体を確認するように触れてまわった後、急に大人しくなって残る事に同意した。
突然態度が変わった為少しばかり違和感はあったものの、血の不足で身体に何か異常を感じたのだろうとその事については特に深く聞く事も無く、看護を始めアーダの身の回りの世話をする係となった村長の孫娘のアニーチェにアーダの身の回りの世話をお願いし、ユウはアーダの側を離れた。
ちなみに槍はアーダの望みでそのまま残して行く事になった。
現状、アーダ以外に使い手になる者がいない為、持って行っても邪魔になるだけだと判断した事もある。
そして翌朝、出がけにもう一度アーダの顔を見てから出ようと、アーダの所へ寄ってみると、アーダは小人達がかき集めてくれた幾つもの布団にくるまれて、というか、埋もれた状態で、その姿は外からは見えない状態になっていた。
もう少し近づいてみようかとも思ったのだが、扉を開けた事でそこから朝日が差し込み、部屋の中が真っ赤に染まってしまった為、これではアーダを起こしてしまいかねないと、すぐに扉を閉め、そのまま立ち去る事にした。
その際の事だった。
ユウは、ふと部屋の隅に蜘蛛の糸を見つけた。
と言っても、部屋の中が汚れていた訳ではない。
むしろ小人たちがこの部屋を清潔にしてくれている事は一目見ただけでわかる。
だからこそ、逆にそんな些細な事に気が付いてしまったのかもしれないのだが…。
とはいえ気づいてしまったものは仕方がない。
ユウは、念の為、近くにいたアニーチェに部屋の掃除をお願いし、よく眠っているらしいアーダを起こさない様注意して、その場を立ち去った。
そして、そのまま村を出て行くつもりで、村のはずれの馬をつないであった場所まで歩いていくと、既にたくさんの村人達がその場所に集まっていた。
そんな彼らに手を振られ、ユウはフィノとルティナと共に小人の村を発つ事となった。
村は低い木の立ち並ぶ森に囲まれていたようなのだが、その森はあっという間に通り抜けてしまい、さらに、その先に広がっていた荒地をずんずんと横断して進んでいくと、今度は背の高い木の森が表れた。
ユウ達が今向かっているのは、来た時とは違う方向の為、来た時に遭遇したビグーやガリーボックのような厄介な獣がいるかどうかまではわからないが、最初の低い木の森とは違い、この森には何者かの気配がそこかしこに感じられる。
フィノもそれを感じとったのだろう、すぐに馬を寄せてきた。
「どうする、ユウ。もっと慎重に行く?」
フィノは自分達の気配が相手に捉えられない様ゆっくり行くつもりかと聞いているのだ。
確かに、この森に強い獣がいる場合、気配を掴まれない様慎重に進めば、そんな奴らに出あわずに済む確率は上がるのかもしれない。
しかし、ユウ達にも時間的な余裕がたっぷりある訳ではない。
ぐずぐずしていて村の結界が完全に無くなるような事態になれば、村人達が無事でいられる保証は無くなる。
そうなる前に何とか結界の鏡を持ち帰って来なければならない。
ユウは顔を上げ、はるか前方を見つめた。
「いや、慎重に行きすぎても逆に距離が稼げない。二人には悪いけど、一気にこの森を抜けちゃいたい」
ユウのその言葉にフィノとルティナはほぼ同時に頷いた。
「了解よ、ユウ、任せておいて。それと、いちいち悪い、なんて言わないでいいわ。そうでしょ、ルティ」
「はい、もちろんです。フィノと一緒なら、この森もたぶん大丈夫でしょうし、何が襲って来ても、私とフィノでユウ様には指一本触れさせませんから、ご安心ください」
これまでの実績から考えればやむを得ない事とはいえ、何とも微妙な言われようではあるのだが、二人ともユウの指示に従う事には迷いがない。
言ったユウの方が気圧されてしまうくらいだ。
「な、なら、とっとと鏡を取り返して、早く戻ってアーダと合流しよう」
ユウのその言葉で、早速フィノが動き出す。
「行くわよ、ユウ。しっかりついて来てね」
もうフィノに迷いは見られない。
「行きましょう、ユウ様」
ユウもルティナに煽られて、急いでフィノの後ろに続いた。
三頭もの馬がそれなりのスピードで走れば、当然捕食者の目には留まりやすくなる。
とはいえ、この大木の森は、来る時に通った大木の森と比べて、木と木の間に隙間が多い為、馬は思ったよりも早い速度を保つ事が出来ている。
そうなると、大抵の場合ユウ達を狙う捕食者は前から襲って来る事となる。
馬よりも早く走れるモノでなければ、後ろから追い着く事は出来ないからだ。
全速力で走る馬を追い越すほどのスピードを継続する事の出来る獣はそう沢山いるものではない。
なので後ろはあまり心配しなくて良いはずだ。
それよりも前方だ。
前方にいる敵とはもろにぶつかる事になるからだ。
だが、そんな心配も実はする必要がなかった。
一行の先頭にはフィノがいるからだ。
フィノならば大抵の捕食者は一撃で屠る事が出来る。
実際、フィノは前方から襲ってきた獣たちを、既に次から次へと屠っていく。
木の上等で待ち伏せする捕食者にはルティナが矢を射かけている。
たまに後方から襲って来ようとするモノもいない事はないのだが、それにもルティナはいち早く気づいて対応している。
その所為で彼らはルティナの矢を避けるために速度を落とさざるを得なくなり、結果、追いつけないでいる。
そんな連携でしばらく森を進んでいくと、捕食者たちも学習したのか、それともフィノが屠った元捕食者の肉塊にその狙いを変えた為か、先頭のフィノに襲いかかってくる輩もほとんど見られなくなった。
その事を確認し、そこから先はゆっくり進む事にする。
ずっと全力に近い走りでいては、馬が参ってしまう為だ。
それから先は時折休憩を挟みつつ、半日ほど進むとようやく森は終わっていた。
その先は草原だ。
その草原を過ぎると、今度は荒地の斜面となり、その更に先は山麓の森になっていた。
いずれもたまに襲って来るモノは存在したが、幸いにしてそれはさして強い相手ではなく、簡単に退ける事が出来た。
そして、道中、交代で見張りをしながら一泊し、翌朝早々にその森を抜ける事に成功すると、そこには、赤茶けた大きな岩がごろごろ転がる乾燥した岩場が広がっていた。
それは小人の村で目印として示されたあの山の山頂近くまで来た事を意味していた。




