小さな変化
アーダは最初フィルスの言葉が自分の事を指して言ったものだとは思っていなかった。
スラムでは、汚い、醜い、とは言われる事はあっても、可愛らしい、等と言ってくる者は誰一人いなかったからだ。
以前、ユウに可愛いと言われた事はあるのだが、あれは自分に気を遣って言ったものだとアーダは思っている。
だが、フィルスの視線はユウを挟んで反対側にいるフィノの方ではなく、確実にアーダの方を向いている。
それに気づいたアーダは急に恥ずかしくなり、思いっきり顔を伏せた。
フィルスが更に聞いてくる。
「お嬢さん自身の事もそうですが、お嬢さんのお持ちになっている槍も、とても珍しいもののようにお見受けされるのですが?」
アーダは席に座る時も持っていた槍を手放そうとはぜずに、ずっと右手に握っていた。
そのため、アーダは嫌でも目立つ状況ではあったのだ。
フィルスの視線はアーダと共に、その槍にも向いている。
ユウはいい機会だと思い聞いてみる事にした。
「ああ、それですか。その槍は実はユニコーンの角、そのものなのです。この娘、アーダが使うのにはちょっと大きすぎるようなので、加工したいと思っているのですが、だれか腕のいい加工職人を御存じありませんか?」
「な、ユニコーンの角ですと!」
フィルスは初め身体をのけ反らせるようにして驚いた。
しかし、すぐに大きく深呼吸して、なんとか冷静さを取り戻す。
「ま、まあ、ユウさんならそんな物を持っていてもおかしく無い様な気がしてきますね。もしかして、その槍の持ち主の紫色の肌のお嬢さんも特別なお方か何かなのですか」
「特別なお方とは?」
「例えば、私の知らないどこかの深い森の妖精の使いとか、いや、その肌の色からすると、もしかして湖の護人、いやユニコーンの角を持っていると言う事は、まさか毒沼の精…」
アーダの肌は紫色で、しかもルティナやフィノと比べると遥かに荒れてガサガサしている。
毒沼の精と言われれば、そんなイメージのようにも思えなくもない。
フィルスはさらに想像を膨らませようとしている。
ユウは慌ててそれを否定した。
「ち、違います。アーダはそんな特別な存在ではありません。ただの女の子です」
確かに、アーダの肌の色は他の人とは大きく異なるが、オルシェやラルシェのような妖精ではない事も間違いない。
尤も、妖精にも色々な種類があると言われてしまえば、反論するのは難しいのだが…。
ユウが少し黙ってしまったその間に、アーダが自ら反論する。
「あたしは、ただの貧民街の孤児だよ。ユウに拾ってもらったんだ。護人とか、そんな特別な存在なんかじゃ…ない」
フィルスはアーダの口調に初め小さく表情を変えたものの、すぐに表情を戻しいる。
「それは失礼。お嬢さんからは、何となく普通の人とは違う空気が感じられたような気がしたものでしてね。それにしても、貧民街の出身ですか。確かに変わった肌の色をしているとは思っていましたが…」
そんな風に言う割に、フィルスのアーダを見る目は一般的な市民が貧民街出身の者を見る目程厳しくない。
その事に考えを巡らせつつ、助けを求めるようにユウを見上げているアーダの顔をみつめたユウは、ある事に気が付いた。
ユウが初めて会った時と比べ、アーダの肌は少し滑らかに、醜くくすんでいた箇所も少なくなっているようなのだ。
と言っても、肌の色は元々艶のないやや灰色がかった紫色で、お世辞にも綺麗とは言えない色なのだが、少なくとも、一目見た時の印象で、汚いとは思えないくらいの容姿にはなっている。
それは明らかにユウ達が初めて会った時の印象とは異なっていると言える。
一目見た瞬間にわかった肌のガサガサ感や、以前にひどく痛めつけられた時のものであろう傷の痕も、それほど目立たなくなっているのだ。
ここ数日で水浴びをするなどして体を洗い、服装もそれなりの物を着せたりしてはいるのだが、それで説明のつくような変わり方ではない。
それでもフィノやルティナはもちろん他の一般の人と比べても、見た目で好感を持ってもらえるレベルとは言い難いものでもあるのだが。
ユウが頭を捻っている間に、沈黙を我慢しきれなくなったアーダがフィルスに向かって言っている。
「あたしはあんた達とは違って物心ついた時から貧民街にいた根っからの貧民街人さ。しかもこの肌の所為でひどい目に遭いながら生きてきたんだ。いまさら別にあんた達にどう見られようと気にしねえ」
しかし、アーダはその言葉とは裏腹の厳しい視線をフィルスに送っている。
そのきつい視線にフィルスは少したじろいだようだった。
「いや、申し訳ない。別にあなたの出自をどうこう言おうと言う訳ではないんだ。すまない、忘れてくれ」
フィルスにそう言われ、アーダはようやくフィルスから視線を外した。
そして吐き捨てる様に小さく言う。
「謝らなくていい。大したことじゃないからな」
フィルスはアーダからは見えないよう、大きく息を吐いた。
そしてユウの方へと向き直って話題を変える。
「ところで、ユニコーンの角を加工できる職人についてですが…」
ユウも頭を切り替える事にする。
「そうそう、いい職人を紹介してもらえると助かります」
どのみち槍はアーダが扱うには今のままだと長すぎるのだ。
それを加工するのがここへ来た第一の目的だ。
しかし、フィルスの答えはユウの期待していたものではなかった。
「ユウさん。残念ながら…、この街には、いいえ、この国にはユニコーンの角を加工できるような職人は恐らく一人もいないと思います。ユニコーンの角はそれほど加工が難しいものなのです。……。それに、仮に加工ができる者がいたとしても、その職人を探して回る事はお勧めできません」
「どうしてです?」
「仮にそんな職人がいたとして、その職人を探し当てるまでには相当な数の店を回らなければならないでしょうから、その前にあなた達がユニコーンの角をもっている事がたくさんの人に知れてしまう事になるからです。そんな余計なリスクを背負うよりはそのまま使った方が良い様に思います。確かにその槍は長くて目立ちますが、さすがにそれがユニコーンの角そのものだと気付く者は少ないのではないかと…」
つまり、職人を探す為にユニコーンの角を持っている事を明かしてしまうよりも、多少目立つ状態であってもそのままの状態で持っていた方がリスクは小さいだろうと言うのだ。
フィルス自身がそうであったように、少なくともこの辺りの者は、恐らく一目見ただけではそれがユニコーンの角であるとはわからないと言う事なのだろう。
皆、そんな伝説級の品物を所持している人が身近にいるとは思っていないのだ。
「わかりました」
フィルスのその真剣な眼差しから、フィルスがユウ達の事を思って言ってくれているのを感じたユウは、少なくともこの街でユニコーンの角を加工する事は諦めることにした。




