毒沼横断
それから少しして、バールリッツは目指していた毒沼に到着した。
実は、この沼まではかなり距離があったのだが、それを感じさせない速さだった。
ユウにしてみれば、バールリッツの背中にしがみついている間に、いつの間にか目的地についてしまったという感じだ。
とはいえ、ユウはユウなりにユウの前に座っている三人の事は常に気にしていた。
あの速さで振り落とされでもしたら、ただでは済まないだろうし、そうでなくとも間違いなくはぐれてしまう。
念の声で連絡を取れば、いずれ再会する事はできるのだろうが、そんな目にはあいたくないし、あわせたくもない。
だが、実はそんな心配は不要だった。
運動神経の良いフィノはもちろんの事、ルティナは馬に乗る事になれていたし、アーダも意外にバランス感覚に長けていたからだ。
つまり、一番危なかったのはユウだったという事になる。
しかも、そんなユウの事も、バールリッツがしっかりフォローしてくれていた為、心配する要素は何もなかったのだ。
バールリッツは目的の泥沼の畔まで来ると、そこで急に立ち止まった。
その沼は今まで見てきた沼の中では一番大きく、バールリッツが言っていた通り、沖には小さな島が見えている。
島は小さいながらも森の様な木々に囲まれ、中央部は丘のようになっているように見える。
そこには木や草が生えているのが見て取れるので、毒沼を渡りきる事さえできれば、短い間ならそこで暮らす事も出来そうだ。
しかし、残念ながらラビアローナらしきユニコーンの姿は見当たらない。
とはいえ島には死角になっている場所も在る訳だし、外から見つからないように何処かに隠れている可能性も有るので、ラビアローナがいないとは言い切れない。
ユウがそんな風に考えを巡らせていると、突然アーダが声を上げた。
「この毒だ。これはあそこで見たモノと同じにおいがする」
アーダにそう言われては、何はともあれあの島まで行ってみるしかない。
バールリッツも同じことを考えたのだろう、大きな頭をゆっくりと下げていき、鋭く尖った長く立派な角の先を毒沼に触れさせる。
すると、その周りの黒くドロッとした毒の水が、さらっとしたきれいな水にあっという間に変化した。
そしてその水の領域が、まるで水面に石を投げ込んだ時の波紋のように、あっという間に広がって行く。
毒沼の水が浄化されているのだ。
その広がりはバールリッツの大きな体を全て飲み込む程の大きさまで広がった所で止まった。
少しして、バールリッツは角を水面に浸けたまま、ゆっくりと歩き出した。
それに伴い、毒が浄化されている範囲も移動していく。
おかげで、バールリッツは毒には全く触れることなく進む事ができている。
沼はそんなに深くは無く、その為、バールリッツ程の高さがあれば、余裕で歩いて渡る事が出来そうだった。
実際、水面はバールリッツのお腹までも届いていない。
湖底の泥の所為で、若干歩きづらそうではあるが、足を取られて進めない程では無い様だ。
少し時間がかかったもののバールリッツは毒沼を無事渡り切り、目指していた小さな島の端へとたどり着いた。
そして、上陸すると、バールリッツは真っ先に足元を確認した。
島の中に毒を持ちこまないようにしているのだ。
植物の中には毒に強いものもあるらしいのだが、毒の近くに生えているからと言って全てが毒に強い訳ではないという事で、その為の気遣いだ。
この島にいるはずのラビアローナに対する気遣いでもある。
そうして身体に毒がついていない事を確認し終えてから、バールリッツは島の奥に向かって歩き出した。
小さい島とはいえ、島には木がたくさん茂っていて、見通しは決して良い訳ではない。
そんな木々の中を強引に進んで行くと、突然、バールリッツの様子が変わった。
鼻息が荒くなり、足どりも落ち着かなくなってくる。
「どうした?」
ユウが声をかけると、バールリッツは興奮気味に答えてくる。
『間違いない。ラビアローナはここにいる』
そして、言うと同時に奥へ向かって走り出した。
「見つけたのか?」
『いや、まだだ。だが、近くにいる事は間違いない』
バールリッツの興奮が伝わってくる。
バールリッツは細い木の枝を強引になぎ倒し、丘に向かって走っていく。
と、突然、視界が一気に開けた。
丘を囲む灌木の森を抜けたのだ。
『ラビアローナ!』
バールリッツは叫びながら、勢い余って丘を少し駆け上った。
だが、勢いよく飛び出してはみたものの、そこにラビアローナの姿を認めたわけではない。
少し焦り始めたバールリッツが慌ただしく辺りを見回し始める。
そんなバールリッツに後方から柔らかな声が掛けられた。
『何をそんなに焦っているのよ、バールリッツ』
その声をしっかり聞き取ることができたユウが、バールリッツより一足早く振り返る。
そこには、透き通るような優しい白の、バールリッツよりも一回り小さい、長いたてがみが可愛らしい一頭のユニコーンが立っていた。




