毒の印
「なにしやがるんだっ!」
アーダがバールリッツに食って掛かる。
小柄なアーダが普通の馬の二倍ほどもあるバールリッツに噛みついても、バールリッツにとっては何ともない事のはずなのだが、バールリッツはアーダの勢いに負けて後ずさってしまっている。
それほど強く睨みつけているという事だ。
「アーダ、何もそんなに怒らなくてもいいんじゃない?」
バールリッツが行ったのは、毒の浄化と見て間違いないだろう。
その毒がどういうものかはわからないが、下手に触れたり、もしかしたら蒸気を吸い込むだけでもその毒の影響を受ける可能性はある。
バールリッツがすぐに浄化を行ったのは、それに配慮した為にちがいない。
だが、アーダが怒ったのにも訳はあった。
「ちがうんだ。あの毒は元々ここにあったモノじゃ無いような気がしたんだ。あんなにこの場所に似合わないものは無いからな。という事は、何者かがここに置いた、いや、もしかしたら残していった可能性だってある。だとすると、有力な手掛かりになだったかもしれない。それを考えなしになくしやがって…」
「そういう事か…」
そんな風に相槌を打ちながら、ユウは実は随分驚いていた。
バールリッツとラビアローナの話については、昨晩皆に大方の事は伝えてある。
アーダがそれをしっかり理解していた事にも驚くが、見つけた毒溜まりからそんな仮説を立てるとはユウは考えていなかったのだ。
ふと見ると、バールリッツはもうアーダの事は見ておらず、どこか遠い空を見つめている。
その様子を訝しく思ったユウはバールリッツに声をかけた。
「どうしたんだ? 確かに、ひょっとしたら手掛かりを一つ消してしまったのかもしれないけど、他にも何か手掛かりになるものがあるかもしれないだろう? 探して見ようぜ」
『いや…、アーダの言う通りだ。この辺りには毒沼があちこちにある。もちろん我々にとっては大した脅威ではないし、逆にそれを恐れてこの地に寄って来ないモノも多いから我々が住むには都合がいいともいえるのだが、しかし、ここに毒溜まりが出来ているのはおかしい。アーダの言う通り、誰かが意図的に残して行ったと考えた方がいいのかもしれない』
「意図的に? って、一体誰が?」
『恐らくはラビアローナの仕業だろう。我々は毒を浄化できるだけでなく、毒への耐性も高いからな、尾を毒沼に浸けて持ち帰るようにすれば、あのくらいの毒溜まりを作るくらいの事は出来る』
「でもなんでわざわざ毒を持ち帰る必要があるのさ」
『もしかしたら、何らかの理由でその毒沼の近くに行かなければならなくなったのかもしれない。毒沼は沼ごとに毒の種類が微妙に異なるからな。だから目印として残していったという可能性は低くはない』
「なら、アーダの言った通りじゃないか。毒を元に戻す事は出来ないのか?」
バールリッツはうなだれて力なく首を左右に振っている。
その様子を見ていたアーダがユウとバールリッツの話を推測して言ってくる。
「やはりあれはラビアローナの残したものだったという事なんだな」
「ああ、バールリッツの話によるとどうやらそういう事らしい。この辺りには種類の微妙に違うたくさんの毒沼があって、あの毒溜まりは、その毒と同じ毒の毒沼にいるという事を伝える為の印みたいなものだったのではないか、という事みたいなんだ」
アーダにはバールリッツの言葉が聞こえていない為、ユウはバールリッツの話を要約してアーダに伝えた。
それを聞いたアーダは大きくひとつ頷いた。
「それなら、それっぽい毒沼を一つ一つ回ってみればいいよ。もう少ししっかり観察してあれば、もっとはっきりわかっただろうとは思うけど、それでも何となくなら毒の感じは覚えているから、近づけばわかるような気がするんだ」
つまり、おおざっぱにかもしれないが、アーダは毒の違いもわかるという事らしい。
アーダの能力の多彩さには驚かされるばかりだ。
バールリッツが、大きな頭をユウとアーダの間に無理やり割り込ませ、アーダに顔を擦り付けてくる。
その様子からバールリッツは無毒化する事はできるものの、毒の種類にはあまり強くは無いらしいとわかる。だからアーダが毒を覚えてくれていると言っている事が嬉しいのだろう。
『ありがとう、アーダ』
「ああっ、もうっ、鬱陶しい」
擦り付けてくるバールリッツの顔をアーダは力いっぱい押し返している。
だが、非力なアーダの力ではそれには大した効果は無い。
アーダはバールリッツに押されて、大きな岩とバールリッツの間に挟まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと。アーダが潰れちゃうじゃないか。やめてくれよ」
ユウが強引にアーダとバールリッツの間に割り込み返し、バールリッツを押し戻す。
そしてアーダの体を何とか引き抜く事に成功すると、ユウはアーダの体を後ろ手に庇いつつ、その頭を優しく撫でて落ち着かせた。




