フィルス・バーランド
その沈黙を破ったのは、フィルスだった。
フィルスは視線をアテルからルティナへ移し、ルティナの姿をさっと見た後、さらにユウへと視線を移した。
「ユウさん…とおっしゃったでしょうか。まずはお礼を言わせてください。ありがとうございました」
フィルスはいきなりそう言って頭を下げた。
ユウは、咄嗟に何を言われたのかわからず、思わず言い返していた。
「私は別に何もしていませんが…」
実際、ユウはこの館に来てから、特に何もしていない。
アテルに迫られ、何も答えられないでいただけだ。
しかし当然の事だが、フィルスの意図はそんな所にはない。
「いや、ルティナのその姿を見ればわかります。ルティナの事、大事にしてくれていたのですね。私にはもはや言う権利もないのかもしれませんが、それでも言わせてください。……。ありがとうございます」
そしてフィルスはもう一度、今度はさらに深く頭を下げた。
見ると、ラインラとアテルが驚いている。ルティナもよほど珍しいモノでも見たかのように、戸惑っているのがわかる。
恐らくはフィルスが頭を下げる事は余程珍しい事なのだろう。
それでびっくりしているのだ。
フィルスはルティナを一目見てルティナの状態を確認したようだった。
そこはさすがに本当の親子と言う事なのだろう。
だが、フィルスはそれと同時にバーランド家の当主でもあった。
「しかし、ルティナをバーランド家で買い戻す事は出来ません。仮にお金があったとしても、少なくとも今の状況の中では、……出来ないのです」
「何でだよ!」
すぐにアテルが反応するが、それもフィルスに一喝される。
「黙っていろ、アテル! お前が口を出していい話ではない!」
一瞬怯んだアテルだったが、それでも何とか言い返す。
「そんな事わかってるよ。バーランド家が潰されるって言うんだろ。それがどうしたって言うのさ、姉さんの事を犠牲にして家名を残したって、そんなのバーランド家の恥になるだけだ、意味がない」
「アテル。黙りなさい」
ラインラがアテルを落ち着かせるべく、意図的に柔らかな口調で口を挿んでくるが、熱くなったアテルは止まらない。
「いや、黙らない。僕はずっと我慢していたんだ。でも、こうして姉さんと再会できたからにはもう黙っていられない。今言わないときっと後で後悔する」
アテルはフィルスの醸し出す圧力に負けない様に、一歩一歩床を踏みしめ、フィルスに向かって近づいて行く。
フィルスもアテルから視線を外そうとする気配はない。
変に緊迫した空気が辺り一帯に流れている。
それを嫌ったフィノが二人の間に割って入った。
「ちょっと待って、アテルって言ったっけ? あなたがルティナを大事に思っている事はわかるんだけど、ルティナの気持ちも聞いた方がいいんじゃない?」
「そんな事、聞くまでもないだろ…、じゃないですか…」
アテルは乱暴に言い放ち、フィノの姿を見て少し冷静になれたのか、語尾を言い直した。
一方、フィノはそんな事は全く気にする素振りは無い。
「そうかしら、ルティナ!」
軽い口調でルティナに振っている。
ルティナはそれを受けて、抱きしめていたラビアをそっと離し、フィノに一歩近寄った。
「ごめんなさい、フィノ。私ももっと早く言わなければいけないと思っていたんだけど…」
「いいからいいから。私だって家族にあんな風に言われれば言葉に詰まってしまうかもしれないもの。でも…」
「ありがとう、フィノ。わかっています」
ルティナが、フィノの言葉に背中を押され、フィルスの前へと進み出る。
「お姉ちゃん?」
心配そうに見上げるラビアをちらと見てから、ルティナはフィルスの正面に立った。
「お父さん、それからお義母さん、アテルとラビアも聞いて。私は、もうこの家に戻るつもりはありません。私は此処にいるユウ様とずっと一緒にいる事に決めました。ユウ様もそれを許してくれています」
フィルスは、表情を変えずにルティナの目の奥を真っ直ぐに見つめていて、黙ったまま何も答えない。
我慢できなくなったアテルが、言ってくる。
「何言ってるんだよ、姉さん。姉さんが奴隷なんかになっていい訳がない。美人で、聡明で、優しくって、弓だって出来て、誰よりも素敵な姉さんが奴隷として辱められるなんて、僕は絶対納得できない」
するとルティナは、フィルスからそっと目を離し、優しい目でアテルの事を見て言った。
「ありがとうアテル。でも、それは誤解よ。ユウ様もフィノも、誰よりも私の事を大事にしてくれているわ。枷の事は私が頼んだの。私がすぐにこの枷を外してしまったら…、私を開放してしまったら、解放したユウ様は王家に目を付けられるかもしれないし、それにバーランド家にだって、もしかしたらもっとひどい試練が与えられるかもしれない、そう思ったの。ユウ様は私の言う事を聞いてくれただけなのよ」
アテルは少し混乱しているようだった。
ルティナの言っている事がわからない訳ではないのだが、しかし理解できないのだ。
それがわかったユウは、ルティナの隣に進み出た。




