再びリスティ
ユウは、リスティの街に戻るとすぐに南街区のいつもの宿に直行し、その日は何処にも行かずに体を休めることにした。
日が暮れて来た事も有るのだが、宿に着いた途端に疲れがどっと増した感じがして、動きたくなくなってしまったのだ。
巨人達にはかなり良くしてもらったと思うのだが、それでも宿の方が気分が落ち着くのは、巨人の家では無意識に緊張してしまっていたという事なのかもしれない。
フィノもルティナも特に異論を述べるでもなく、ユウが早々に眠ってしまうと、ユウに寄り添うようにして二人も早めの床に就いた。
翌朝、一番に起きたのはユウだった。
ユウがユウの前後を挟むようにして眠っている二人の間をすり抜けるようにして立ち上がると、その振動に気が付いたのか、ルティナも目を覚まして起き上がった。
「おはようございます、ユウ様。早いですね」
「昨日は早く寝ちゃったからね」
ルティナは起き上がるとすぐに部屋の隅へと向かった。
そして、備え付けのポットを手に取り、ユウの方を振り返って聞いて来る。
「疲れは取れましたか?」
「バッチリさ、良く眠れたからね」
ルティナはユウと話をしながら、ポットのお茶をカップに注ぐと、それを持ってユウの方へと歩いて来る。
「ありがとう」
ユウが一言お礼を言ってカップを受け取ると、ルティナは嬉しそうに微笑んだ。
お茶は温かいものではないのだが、爽やかな香りが立っている。
ユウはそれを一口飲んで、目の前の小さなテーブルの上に置いた。
ルティナはユウにカップを渡すと、まだ閉まっているカーテンの隙間から、外の様子を窺う様にして、ユウの位置から少し離れた場所に置かれていた椅子にゆっくりと腰を降ろした。
そこは、薄手のカーテン越しに、光の入る場所で、その朝の柔らかな光を浴びるルティナは、まるでルティナ自身が光っているかのごとく見え、神々しくも美しい。
朝日が眩しかったのか、ルティナが手で光を遮る様にし、その流れでゆったりと髪をかき上げる。
その所作は良家の令嬢を思わせる、どことなく優雅さを感じるもので、その動きを見ているだけでも癒される。
ユウは思わずそれを口にしていた。
「こうしてみるとやっぱりルティナはお嬢様っていう感じだよな、見ているだけで癒されるよ」
寝起きで袖の長い服を着ていない為目に入る手足の枷さえ見えなければ、ルティナは今でも完璧なお嬢様だ。
何も着飾っていない今でもそう思うのだから、綺麗に着飾ったルティナが衆目を集めていたのも頷ける。それ故に闘技会の賞品に選ばれたのかもしれないのだが…。
ルティナはユウの声に反応して振り返り、一瞬反論しようとしたのか、少しだけ顔色が変わったものの、すぐに柔らかな表情に戻って言ってくる。
「そんな事ありません。私なんかよりもフィノの方がよっぽど本物のお嬢さんじゃありませんか」
別の世界とはいえフィノが元は王女様だった事は、フィノ自身の告白により聞いている。
そう言う意味ではルティナの言う通りフィノの方が本物のお嬢様だ。
「まあ、確かにそう言えなくもないとは思うんだけど、フィノの場合はお嬢様、っていうよりはお転婆なお姫様、っていう感じじゃないかな。それはそれでいいんだけど…」
フィノは余程熟睡しているのか、ユウとルティナがすぐ近くで話しているのに、珍しく起きてこない。
巨人達と打ち解けた事でだいぶ心が癒されたのか、最近、フィノは、最初の頃とは違い、少しくらいユウが離れても眠っていられるようになった。
そのおかげで、ユウはこうして少し離れたところからフィノの寝顔を見る事が出来る。
ユウにとってそれはある意味新鮮な喜びだった。
その寝顔は穏やかで、その寝顔から受ける印象は、まさにおしとやかなお嬢様にしか見えない。
しばしフィノを見つめた後、ユウがフィノからルティナに視線を戻すと、それを待ち構えていたようにルティナは言った。
「私など、所詮落ちぶれた貴族の出身ですから、全然お嬢様なんかじゃありませんよ。今は奴隷の身分ですし…」
「ルティナは奴隷なんかじゃないよ。この街にいる間は便宜上枷を外せないだけで、もう奴隷じゃない」
少なくとも、ユウもフィノもルティナを奴隷と思っていない事は確かだ。
ルティナもそれはわかっているのだが、お姫様とか、お嬢様とか、そんな話題をしている内に自分の立場を思い出さざるを得なくなっていた様だった。
「ありがとうございます」
口ではそう言っているルティナだが、その表情が暗いままでいる事を見てとったユウは、何とか話題を変えようと試みた。
「そういえば、ルティナの家族って、今はどうしているのかな。お父さんとか、お義母さんとか、確か、弟と妹もいたんだっけ?」
「恐らくは依然として苦しい生活をしているのではないでしょうか。私を売ったお金は王への返済に使ってしまったのでしょうから」
ユウの試みは失敗したようで、ルティナの表情に明るさは戻って来ない。
「元気だといいけどね」
せめてルティナを慰めようと、ユウがルティナを労わるようにそう言うと、それを感じ取ったルティナは無理やり明るい表情を作って言った。
「そうでなければ、私が売られた意味が無くなってしまいます。だから、きっと皆大丈夫です」
そしてルティナは誰を思い出しているのか、どこか遠くを見る様な目で、まだカーテンの閉まっている窓の向こう側に思いを馳せているようだった。




