小さな鏡
ルティナは、ユウがいなくなってしまった事に気づいた時、すぐに辺りを探し回っていた。
しかし、最初は室内を、その後小屋の周りを探してもユウの姿は見つからない。次第に嫌な汗をかくようになってきた頃、ルティナも光の存在に気が付いた。ユウが探しに行ったあの光だ。
そしてその光の方向にユウを見つけた。
ユウの姿を見つけたルティナは安堵すると同時に、自分に一言も掛けずにいなくなったユウに少しだけ怒りが湧いてきた。
なので、少し怒った口調でユウに声を掛けたのだ。
ユウを慌てさせてやろうという悪戯心も確かに少しはあった。
だが、もちろんユウを枝から落とそうなどとは全く思っていない。
だから、目の前でユウが枝から落ちそうになるのを見て、ルティナは心臓が止まる思いだったのだ。
そしてその後、無我夢中でユウの腕を掴んだ所までは覚えているのだが、それから先をルティナは覚えていない。ただこの手を放してはいけないと思っていただけだ。
枝から落ちそうになっているのにもかかわらず、ルティナはしばらくその場を動かなかった。
落ち着きを取り戻す事がなかなか出来なかったのだ。
その為、ユウはルティナの事を宥め続けなければならなかった。
しかし、そのルティナの動転した心も、ユウに抱きしめられ、宥められているうちに、次第に落ち着きを取り戻せるようになってくる。
少しして、ルティナはふと、ユウを助けるために抱き付いたはずなのに、いつの間にか自分が宥められていることに気付き、急激に恥ずかしくなってきた。
「す、すみません。ユウ様」
そう言ってまた唐突に立ち上がろうとするルティナを、その様子の変化からいち早く気付いていたユウは、今度は慌てることなくグッと抱きしめることで引き止める。
「落ち着いて、ルティナ」
「ご、ごめんなさい、私…」
「大丈夫だから、落ち着いて」
まだ何か言おうとしながら身体を起こそうとするルティナの頭を、ユウが優しく自分の胸へと引き寄せると、ルティナはユウに身体を預け、ようやく穏やかな表情へと戻った。
しかし、その表情がすぐに曇る。
そして少しだけ身体を離し、ユウの胸の辺りを触ってくる。
そこに頬を寄せた時、何かが当たってどうにも居心地が悪かったのだ。
その様子に気づいたユウは、胸元から先程しまったばかりの鏡を取り出した。
この鏡がルティナに当たってしまったのだろう。だから居心地が悪かったのだ。
その鏡を見たルティナが目を丸くしている。
「まあ、鏡じゃないですか。こんなに綺麗な鏡なんて、滅多に見ないですよ。どうしたんですか、これ」
ルティナはユウから鏡を受け取り、その鏡を上に翳して観察し始めた。
その反応から、ここではやはり鏡が珍しいものなのだとわかる。
鏡はその表面が滑らかなのに対し、裏側は薄く彫刻が施されていて、ちょっと見にはそこそこ高価そうに見える。
とは言っても、大仰な彫刻がある訳でも何か宝石のようなものに飾られている訳でもないので、特殊な物ではなさそうだ。
「光が気になって来てみたら、すぐそこの枝の上で見つけたんだ。良かったらルティナにあげるよ」
「いいんですか?」
「俺が持っているよりルティナが持っていた方が、鏡も喜ぶだろうしね。ひもを通せばペンダントにもなりそうだから、身に付けておく事も出来そうだよ」
ルティナは嬉しそうに鏡を抱きしめた。
「ありがとうございます。大事にします」
ユウとしてはルティナが嬉しそうにしているのを見るのは嬉しいのだが、その鏡は拾い物なのでどうにも微妙な気持ちになってくる。
「拾ったものだし、そんなに大仰にしなくていいよ」
「いいえ、せっかくのユウ様からのプレゼントなのですから、大事にさせて頂きます」
そんなに喜んでくれるのなら、何かもっといいものをプレゼントすれば良かったかと思ったユウだったが、ルティナに元気が戻ったので、これはこれで良かったのだろうと思う事にし、ルティナに先程の出来事を思い出させないようさりげなく背中を押して、枝の太くなっている場所までゆっくり導くと、そこでようやくほっと胸をなでおろした。
たかだか鏡に反射した光を見つけただけで、とんだ大騒動になってしまった、とは思うが、あの光を見つけた時には、光の元を探さずにはいられなかった。
結果、ただの鏡があっただけだったが、それでもルティナが喜んでくれるのなら動いて良かった、とユウは思う事にした。
「ユウ、ルティナ、どこへ行っていたんだ。せっかく持ってきた昼飯が冷めてしまうぞ!」
枝の上を戻っていた二人が小屋へ近づいた所でジュナが声を掛けて来た。小屋に戻ったら誰もいなかったので探していた様だ。
小屋の中からはいい匂いが漂ってくる。
ルティナは依然として鏡を抱きしめるようにして持っている。
その鏡に反射した光が何かを主張するかのように一瞬ユウの目の近くで光ったが、次の瞬間、小屋の前でジュナが手を振って待っているのが見えた為、それをユウが気にする事はなかった。
「ごめん、すぐ行く!」
ユウはジュナに向かって大きな声で返事を返し、ルティナの肩を抱くようにして、ジュナの待つ小屋を目指してゆっくりと歩いて行った。




