神の存在
ユウが机の上に立ち上がると、座った状態のジュナと目の高さが同じ位置に来る。
ユウはその状態でジュナの目を見て聞いた。
「神と言うのは、普段は何処にいるものなの?」
ユウの知っている神ならば、天の上から見守ってくれているとか、周囲の自然と一体となっているとか言う答えになるのかもしれない。
しかしユウはそんな答えが返ってくるようには思わなかった。
ジュナの話から、もっと人に近い生々しいものを想像したからだ。
だから、どういう存在なのか、ではなく、何処にいるのか、と聞いたのだ。
ところが、それに対するジュナの答えは微妙なモノだった。
「神は、ここからだと人の住む世界の向こう側にある、神の山カノンに住んでいると言われています。人の住む平地を越え、森や荒地を超えた先にある神秘の湖のさらに先です」
ユウの想像したように、実際に存在するようにも思えるし、やはり人々の願いや自然に対する畏敬の念が生み出した想像の産物のようにも受け取れる。
しかし、考えてみればルティナは神に誓ったからと言う理由でユウと行動を共にすると言っていたのだった。それが人とそんなに近しい存在である訳がない。
ユウがそれを思いだし、考えを改めようとした時、ジュナが言葉を続けた。
「ですが、長らくこの世界の安寧を維持してきた神であるキウル様は最近姿を消してしまったと聞きます。と言っても、キウル様には弟のサント様がいますので、この世界に神が不在となった訳ではありませんが…」
急に具体的な話しとなり、ユウは頭が混乱した。
うまく考えがまとまらなくなる。
「それは…、本当の話なの?」
恐る恐る聞いてみるが、ジュナにはその質問の意味が分からないようだった。
逆に問いかけてくる。
「どういう意味ですか?」
ユウは少し落ち着いて考えてみた。
ジュナに限らず、誰かが神と実際に会っているのなら、この世界の神とはそう言うモノなのだろう。誰もあった事の無いものなら、ユウの世界の神と変わらないのかもしれない。
そこでユウはこんな風に聞いてみた。
「例えばジュナは神を見た事がある?」
見たことがあるというのなら、実体があるものだという事だ。
しかし、ジュナの答えはまたしても微妙なモノだった。
「私は見た事がありませんが、カノンに行けば会う事が出来ると聞いています。尤も、神に会う為にはいくつかの試練を乗り越えないといけないと伝えられていますが…」
どちらとも取れなくはない答えなのだ。
「なら、なんで、そのキウル…様がいなくなったってわかるのさ」
「それは神の鳥アスカが教えてくれたからです」
ユウのやけくその様な質問にも、ジュナは誠実に答えてくれる。
だがその言い方はいかにも当たり前の事だと言う口調だ。
けれどもユウは聞き返さない訳にはいかなかった。
「神の鳥?」
「はい、王の元にアスカが来て教えてくれたのだそうです。王からの手紙は私も読みましたので間違いありません」
「ならその鳥の事なら見た事あるの?」
「いいえ、アスカが来るときは必ず王の元を訪れます。ですから王以外はアスカを見た事がありません。ですが、アスカが実在する事は確かです。アスカの事は歴代の王が実際に見ていますので」
ジュナはユウが疑っていると考えて最後の一言を付け加えたのだろう。
しかし王しか見た事が無いという鳥を実在するとは断言しにくい。
話しの流れからこの集落の族長であるランバチが国王ではないとわかるので、ランバチに聞いてみてもわからない事なのだろう。
何とも微妙な話だが、これ以上この件を掘り下げても、ジュナを困らせるだけだと気が付いたユウは、話を変えることにした。
一番気になっていた事だ。
「で、神の仕業っていうのはどういう事かな?」
「ああ、邪気の話ですね。邪気と言うのは長く吸うと心が壊れてくると言われている淀んだ空気の事です。キウル様はこの空気を浄化してくれていたのです。ですからキウル様がいなくなった事で邪気が蔓延し始めたのかもしれないと思ったのです」
これもまた微妙な回答だ。
ジュナの言う事が本当なら、神はやはり存在し、しかも人知を超えた力を持つという事になる。
しかし、邪気と言うのが人の神経に悪さをする、例えば麻薬に近い化学物質で、それが風向きの変化か何かでこの辺りに流れ込んでくるようになった、とも考えられなくはない。
そんな考えが浮かんだ後、ユウは自分の考えがずいぶんとあちこちに飛んでいる事に気が付いた。
結局自分が神の存在を認めようとしているのか、それとも神を否定しようとしているのか、よくわからなくなってきたのだ。
もしかしたらこれも邪気の影響なのかもしれない、と言う思いも浮かんでくるが、ただの言い訳のような気もしてそんな気持ちも押し殺す。
ユウは一つ息を大きく吸って深呼吸をしてみた。
と、その最中にある疑問が浮かんでくる。
気が付いたらユウは強い口調で聞いていた。
「でも、その神には弟がいるんだろう。その邪気の浄化も弟が引き継いでくれているんじゃないのか?」
するとジュナは表情を曇らせ、重い口調で言ってきた。
「はい、そうだとおもうのですが…、わかりません」
その様子を見たユウは、ジュナを責める様な口調になってしまっていたことに気付き、と同時に急激に恥ずかしくなってきた。
「ごめん、色々と聞き過ぎたよね」
「いいえ、大丈夫です」
ユウが謝るとジュナは少し表情を戻し、微笑んでくれた。




