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燃える石

翌朝、いつもより早めに起きたユウ達三人は、早々に宿をチェックアウトして母馬との約束の場所へとやってきた。

そこには母馬の他に二頭の若い馬がいて、母馬の後ろからユウ達の事を値踏みするようにちらちらと見てきていた。


『お待ちしておりました。約束通り石のある場所までご案内いたしますので、まずは我々の背中にお乗りください。後ろの二頭も私の子供で、昨日生まれたあの子の兄にあたる馬です。あなた方が乗っても暴れたりしないよう言い聞かせてありますので安心して乗ってやってください』

母馬が言うのに合わせて、若馬が前へと進み出る。僅かに警戒する様な素振りも見えるが、基本的にはおとなしく従順だ。


『ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ』

ユウは母馬の顔を撫でながら礼を言うと、フィノとルティナには後ろの馬に乗るよう指示し、自分は母馬の背に跨った。


と言っても馬の背はユウにしてみれば十分高い位置にあったので、ユウは近くの木を利用してなんとか乗る事が出来るくらいの状態であったのだが、そうやって時間をかけている間にフィノとルティナはどうやったのかうまい事若馬の背に跨っていて、しかも、馬は鞍など着けていないにもかかわらず、二人ともそんな事は感じないくらい上手に乗れていた。

対してユウは母馬の首に必死で掴まっている状態だ。


「フィノもルティナも馬に乗るの、上手なんだね」

ユウが母馬の上で何とかバランスを保っているのに比べ、フィノもルティナも余裕がある。


「子供の頃よく乗って遊んでいたからね。うちの馬はもっと大柄で角もあったけど、乗り心地は同じみたい」

フィノが自分の乗っている若馬の首をポンポンと叩きながらそう言うと、ルティナも馬の背中を撫でながらそれに続ける。

「私も嗜みとして馬は習っていましたから。馬の上で弓を引く訓練もしましたし…」

二人とも過去に馬に慣れ親しんでいたのだ。

当初はやや警戒している様子を見せていた若馬達も、あっという間にそれぞれの乗り手と打ち解けてきているのがわかる。


『では、行きますよ。しっかり掴まっていてください』

母馬の声がユウの頭に響いた。が、掴まろうと思っても何処に掴まればいいのかユウにはわからない。


『掴まるって何処に?』

『たてがみで構いません』

『痛くないの?』

『あまり強く引かなければ平気です。では、行きますよ』

ユウはたてがみを引っ張ると痛いだろうと思って控えていたのだが、母馬に言われて慌てて母馬の長いたてがみを掴んだ。


それとほぼ同時に母馬が動き出す。ユウは慌てて後ろに声を掛けた。

「もう行くみたいだから、気を付けて。たてがみは掴んでいいみたい」


ユウが、たてがみというよりは母馬の背にへばりつくような格好で、後ろを振り向く事すらできずに必死にしがみついていると、その横にフィノの乗る馬が並びかけてきた。

「この子、頭がいい子みたい。私に合わせてくれているみたいですごく乗りやすいわ」


ルティナもフィノとは反対側に駆け上がり明るく声を掛けてくる。

「この子も賢いの。思う通りに動いてくれるんですもの」


ルティナは片方の手を軽く背方についてはいるものの、ほとんど手放しの状態で楽しげな笑みを浮かべている。

反則技の運動神経を備えているフィノはともかく、ルティナも難なく乗りこなしているのに比べて、ユウは必死にしがみついていなければ落ちてしまいそうだ。


「この馬の後ろをついて来て」

二人にそれだけ何とか伝えると、その後ユウは馬にしがみつく事だけに集中した。


その甲斐あってか、しばらく走るとユウも馬に乗る事に慣れてきた。

これは、ユウ、フィノ、ルティナの乗っている三頭の馬の中ではユウの乗る馬が一番経験豊かな馬なので普通以上にユウに合わせてくれた為でもあるのだが、ユウ自身の努力によるところも少なくはない。一人だけ情けない乗り方をしているのを恥ずかしく思ったユウは、母馬の助言を借りながら色々と試すうちに、なんとか不恰好に見えない程度の乗り方が出来るようになっていた。


『まだ着かないの?』

少し余裕が出てきたユウは母馬に聞いてみた。

三頭の馬は、リスティー近郊の森を抜け、今はどこまでも続く草原の中を軽やかに疾走している。

馬が走るのにはぴったりの風景なのだが、草原に入って以来半日近くずっと同じ風景なので、ユウは少し飽きて来ていた。


『残念ですが、もう少し先です。疲れたのなら休みますが、どうします?』

母馬の言葉を受け振り返ったユウの視界に、並んで走る二頭の馬とその上で楽しそうに談笑するフィノとルティナの姿が映った。

二人に疲れた様子は全く見られない。


ユウは前を向きなおり、母馬の首を軽く叩いて言った。

『いや、いいよ。このまま行ってくれ』

『わかりました』


言い終わると母馬は少しスピードを上げたのだが、それにもなんとか対応出来た為、少し余裕が出来てきたユウは、再度母馬に話しかけてみた。

それまでは雑談する余裕など全くなかったので、ユウも乗り方が上達しているのは確かなようだ。


『ところで、昨日生まれた仔馬は大丈夫なのかい?』

聞きたかったのはずっと気になっていた仔馬の事だ。予想以上に長距離の移動になっているので、母馬の帰りを首を長くして待っているに違いない。


『仔馬の事なら仲間と一緒なので大丈夫です。それに、私もあなた方に石の場所を教えたらすぐに戻るつもりですし…』

『ごめんね、仔馬についていてあげたかったよね』

『いいえ、全て命あってのものだねです。あなたに助けて頂いていなければあの子も私も今こうしてはいられなかったのですから、気になさらないでください』

母馬はそう言ってくれるのだが、生まれたばかりの我が子なのだ、出来る限りついていてあげたいと思っているはずだ。

なるべくなら早く仔馬の元へ返してあげたい。


『少し揺れるようになってしまいますが、スピードを上げてもいいですか?』

突然、母馬が申し入れてきた。

ユウの思っている事がわかったという訳ではないだろうが、話をするうちに仔馬が心配になってきたのかもしれない。

それに母馬の言い方からは、ユウの為にスピードを抑えてくれていた事がうかがえる。だとするとユウが上手く乗る事さえ出来ればまだまだ早く走れるという事だ。


『いいよ。何とかするから』

ユウは母馬の胴まわりを足で強く挟み込むようにして、何が何でも振り落とされないようにしようと準備した。落ちてしまっては元もこもないので、必死にしがみついているしかない。


『ありがとうございます』

母馬がそう言って速度を上げると、ユウには再び余裕がなくなり、どのくらい経ったのかもわからないうちに気が付いたら目的地についていた。



その場所は草原に突然現れた窪地のような場所で、母馬によると馬達の間では「黒い谷」と呼ばれているらしく、その言葉のとおりその辺りは草もほとんど生えていない黒い地面がむき出しになっている場所だった。


母馬は谷に少し入った所でぴたりと止まり、後ろをついてきた二頭の若馬も母馬に従った。

『ここが、お話しした石のある場所です。この黒い石は燃えるので、人間達の間で珍重されているはずです』

母馬はそう言いつつ大きな岩の近くに寄ってくれたので、ユウはそれを使って地面に降りた。


久々に地面に降りたためか、踏ん張りきれずによろけてしまったユウは、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。その手に黒い石が触れる。

石は思ったよりも硬いわけではなさそうで、石と石を強くぶつければ簡単に崩れてしまう程度の硬さで、地面には砕けた破片もたくさん落ちていた。

ユウはその石を一つつまんで目の前に持ってきた。


そのすぐ隣にユウと違って華麗に地面に降り立ったルティナは、ユウが持っている石を見て、足元に転がっていた石を一つつまみ上げ、それをかざすように見ながら言った。

「これ、石炭じゃないですか。っていう事はこの辺りは全部石炭で出来ているっていう事ですか? すごい、こんな所に石炭の鉱床があるなんて知りませんでした」


「石炭って…、何に使っているの?」

思いがけない単語を聞いて驚いたユウは思わず聞いていた。


その問いにルティナは落ち着いて答えた。

「主に燃料ですね。煮炊きにしろ暖房にしろ、薪や木炭よりも火力が高くて便利なんですけど、一般にはあまり出回っていないので、知らない人も多いかもしれません。でも、王族や上級貴族の間では結構流通していますし、欲しい人は結構多いと思います」


化石燃料があるのなら、いわゆる産業革命後に登場したような大量生産を可能とするような巨大動力源が生まれていてもおかしく無いかとも思うのだが、恐らくそういうものはまだないのだろう。

この世界へ来て以降、今まで電気も自動車も見る事はなかったので、当たり前かもしれないが、逆に誰かの発明で、一気に技術が花開く可能性もあるかもしれない。


それは別にしても、確かに貴重なものではあるようだ。

だが、この近くに拠点を設けようというのならともかく、今のユウ達に必要なものかどうかは疑わしい。

石炭を少量持ち帰ったとしても、ダイヤモンドのような宝石とは違ってその場で多くの資金を一気に稼げる訳ではないだろうし、大量に取引すれば大きな収入源になるのは間違いないのだろうが、開発するにはそれなりの人手や期間も必要となるはずだ。輸送するのに道だって作らなければならなくなる。この場所に長く留まるつもりのない者からすると、資金源としては扱いにくいのも事実だ。


とはいえ、狩りよりは安定した収入源になりうるものだし、うまく使えば化ける可能性もある。実際、ユウの世界では石炭は近代化のための重要な役割を担っていたはずだ。


『どうですか?お役にたてばうれしいのですが』

『ありがとう。うまく使えばすごく役に立つかもしれない』

ユウは母馬が心配そうにしていたのでそう言ったのだが、特にいいアイデアがあるわけではない。しかし、上手に使えば莫大な富を得る可能性がある事も間違いないだろう。

つまりはユウのやり方次第という事だ。


ユウがしばらく黒い谷を見回していると、母馬はおずおずと切り出した。

『では、もうこの場所は覚えて頂けましたか? 覚えて頂けたのなら、もう、戻りたいのですが…』

母馬が仔馬の事を気にかけていることはわかるのだが、この黒い谷の周りは一面の草原で目印になる様なモノは何もない。それどころか、一人だけここに取り残されたら、来た道をだどって帰る事すらできないだろう。


『ちょっと待って。今覚えるから』

慌てたユウは、フィノとルティナにも一緒に場所を覚えてもらう様に頼んだ。

「フィノ、ルティナ、急いでここの位置を覚えて欲しいんだけど。この馬達がいなくても来れるようにしたいんだ」


すると、ルティナはそれにすぐに答えた。

「えっ、ここなら私、わかりますよ。この草原にはよく狩りに来ていましたから、多分、もう一人でも来る事が出来ると思います」


「知っている場所なの?」

ユウは驚いて聞いた。

ルティナが知っている場所ならば、もうすでに誰かに知られていてもおかしくない。

しかし、そういう訳でもないらしかった。


「いいえ、この辺りはこの草原の中では狩りの対象となる様な動物のいない地域なので来た事はありませんし、こんな場所があるなんて噂ですら聞いた事はありませんでした。あっ、いえ、一度そんな噂を聞いた事はありましたが、誰も信じていませんでした。

でも、この草原には狩りで何度も来た事がありますので、地形の微妙な変化はわかります。馬さん達はそういう微妙な変化のある地形をわざわざ通ってくれたので、今来た道をたどってならまた来ることができると思います」

つまり、馬達が案内してくれた道のりでなら、ここまででも来る事が出来そうだという事らしい。


ルティナは以前、狩りの訓練の為にこの草原には何度も来ていた。

それはもちろん、同じ草原とはいえ街に近いエリアに来た程度だったのだが、一面の草原の微妙な起伏や目印にできる小さな岩などを覚えるコツは良く知っていた。

それもあってこの草原では、目印のほとんどない中でも、一度通った道はほぼ覚えることができるのだそうだ。

ユウにとってはどこも同じに見える大草原で道がわかる人がいるというのは心強い。


「なら、この場所を覚える事、ルティナに任せちゃっていいかな」

ユウはまた他人任せになる事を少し恥ずかしく思いつつ、それよりも母馬を待っている仔馬の事を優先すべきと考えて、ルティナにお願いする事にした。


「はい、任せてください」

対してルティナは嬉しそうに胸を張っている。


その姿を見て、ユウも少し気が軽くなった。

と同時に、少し離れてしまった母馬にそれを告げようとそこへ向かって歩き出した。

その時だった。


『誰か…、誰か助けてくれないか…。もう俺にはどうする事も出来ない。頼む、誰か…』


意外にはっきりとした若い男の声がユウの頭に響いた。

渋めの声なのだが、言っている事は意外に情けない。が、心底困っているであろう事は伝わってくる。


辺りを見回すユウに気付いたフィノが例によって鋭い感で察知して、何か言おうとしたルティナの事を制してくれる。


『何とかしてくれ…、頼む』


その声は、谷を越えた向こう側から聞こえる。この場所が何処にあるのか理解できていないユウでも声の方向が今来た方向とは反対方向である事はわかる。


ユウは母馬を先に返す事を決めた。

『悪い、用が出来てしまった。先に帰ってくれないか』

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