サント
扉の奥から現れたのは真っ白なローブを身に纏った長身の男だった。
全身から特別なオーラが滲みだし、明らかに普通の人間ではない事がわかる。
ユウはその男を見た瞬間から、男から視線を外せなくなっていた。
なのでじっとその男の事を見ていると、男の後ろで誰に閉められる訳でもなく扉がゆっくり閉ざされた。
もしかしたら、今が中に入る絶好のチャンスだったのかもしれないが、そう思う反面、それが不可能だったという事もユウには何となくわかっていた。
その男には隙が全くなかったからだ。
扉から出てきたその男は、穏やかな笑みを浮かべ、真っ直ぐユウの方へと近づいて来た。
ユウは持っていた短剣を改めてきつく握り締めた。
ユウの後ろでは未だ激しい音が続いていて、左右共にまだ戦いが続いている事がわかる。
どちらの戦いもこちらが有利に進めているものと思われるが、少なくともまだケリは付いていない様だ。
という事は、援軍は期待できないという事で、ここは自分一人で切り抜けるしかない。
そう思うとユウは急に不安になって来た。
しかし、ここを切り抜けさえすればあの念声の主に会えるのではないかという思いもある。
明確な根拠はないのだが…。
男は依然穏やかな笑みを携えたままの状態で、ゆっくりゆっくり近づいて来ている。
一見すると優しい笑みだが、ある意味余裕の笑みとも受け取れるので油断できない。
が、ユウのそんな考えなどお構いなしに悠然と近づいて来た男は、お互いがあと数歩踏み出せば届くのではないかと言う所まで近づくと、そこですっと歩みを止めた。
そしてその場で軽く頭を下げる。
「あなた方には、思っていた以上に楽しませてもらいましたので、まずはお礼を申し上げておきましょう。ありがとうございますと」
その言葉は、確かに耳に届いているのだが、どこか遠くから聞こえてくる様な感覚のあるものだった。
聞き慣れた念声とも違う、奇妙な声だ。
その声に気を取られ、僅かに意識を離したその隙に、気が付くと男はユウの目の前にいた。
そして今までと同じ悠然とした態度のままユウの持つ短剣に手を伸ばしてくる。
しかし、ユウはそれについては充分警戒出来ていた。
その手をギリギリのところですり抜けて、逆にその短剣を男ののど元へと突き付ける事に成功する。
「いきなり襲いかかって来るなんて、随分と物騒な方ですね」
男は一瞬目を見開いた後いかにも面白いものを見るような目でユウの事を見つめ、
「ふ、ふふふふ」
と、不気味な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間にはもう元居た場所へと戻っていた。
「ユウさん、やはりあなたは面白い。私の事を楽しませてくれる存在ですよ」
「別に私はあなたの事を楽しませているつもりはないのですが…。っていうか、あなたは一体誰なのです? 名乗ってもらえるとありがたいのですけどね」
ユウは今までよりも警戒度を増した鋭い眼差しで男を睨みつけ、聞いた。
男が誰なのかは既に何となくわかっていたのだが、まあ、確認の為だ。
すると、男は笑みを浮かべたまま、
「ああ、それは申し訳ありませんでした。ユウさんの事ですから、てっきりもうわかっているものだと思っていました」
「私はただの人間なのですから、あなたが誰なのかなどわかる訳がないですよ」
「ふふふふ、ただの人間ですか。私には少なくともこの世界でいう所のただの人間には見えませんけどねえ。……。ああ、私の名前でしたね、私はサント、今は私がこの世界を統べる存在です」
「やはり、あなたがサントでしたか」
という事は、この男はここで言う神という存在だという事だ。
薄々そうではないかと思っていたが、背が高く普通の人とは違う特別なオーラを持っている以外は、普通の人間と見かけがあまり変わらなかったので、今までは確信が持てなかった。
が、間違いないようだ。
「あまり驚かないのですね。もしかして私の事を御存知ないとか?」
サントがゆっくり言って来る。
ユウは思い切ってふっかけてみる事にした。
「いえ、知っていますよ。この世界の神なのですよね。確か、つい最近、先代の神からその座を引き継いだとか…。で、その先代は今、何処にいらっしゃるのです?」
しかし、それを聞いてもサントは決して笑みを崩さなかった。
「ふふふ、やはりあなたは面白い」
サントは口の中でそう小さく呟くと、
「さて、何処に行ったのでしょうか、私にはとんと見当がつきません」
笑みを携えた表情のまま、そんな風に言って来た。
ずっと微笑んだままなのは、それはそれで気持ちが悪い。
が、そう思う気持ちを押し殺し、ユウは平然を装った。
「では、私が探して差し上げます。そこを通して頂けませんか? その神殿の中を調べたいので」
「まあまあ、そんなに焦らずに。そんなに急いでもどうせ中には入れませんよ。あの扉は人間には開ける事の出来ない扉なのですから」
ユウはサントの動きに注意しながら一旦神殿の扉に視線を移し、その視線をすぐにサントに戻した。
その際ユウはサントが身体の周りにとても嫌な空気を纏っている事に気が付いた。
よく見ると、サントの胸の辺りからうっすらと黒い霧のようなものが立ち上っている。
この霧が彼の周囲の嫌な空気の元凶の様だ。
ユウは何故かその霧に魅かれる気持ちに抗いながら、その事を押し隠す様にサントの目をきつく睨みつけた。




