大発光
雷の発するまばゆい光と、それと共に襲い来る振動と衝撃を、ユウは何とか堪えきった。
盾は依然ユウの前にある。
今の衝撃で、少々強く地面に押し付けられたような気もするが、盾の向きは変わっていないので、今まさに向かって来ているはずの狼達の攻撃にもまだ十分対応できるはずだ。
この雷で、狼達がダメージを負うか、そこまでは行かなくても逃げて行ってくれればありがたかったのだが、残念ながらそううまくはいかなかった。
狼達の勢いは雷の前とほとんど変わっていない。
こういう場所に住んでいる狼なので、もしかしたらこんな事態には慣れているのかもしれないが、それならばこちらはなおさら警戒する必要がある。
ユウはだいぶ土にめり込んでしまった盾を、力づくで持ち上げ、体勢を立て直そうとした。
が、その作業が上手くできない。
盾がとてつもなく重く感じるようになっていたからだ。
片手でダメならと、両手を使って持ち上げようとしてみても、やはり持ち上げる事が出来ない。
いや、それだけではない。
盾を通して微妙な振動が伝わってきている事に気付かされる。
改めて目の前の盾を良く見てみると、ユウから見て盾の向こう側、つまりは盾の表面側から、オーバーヒートしたエンジンから立ち昇る湯気のような、真っ白な蒸気が立ち上っている。
「ユウ、どうしたのよ、それ」
フィノもその現象に気づいたらしく、驚いた表情で盾の方を覗きこんできている。
ユウは出来る範囲でもう一度よく盾の状態を確認してみた。
盾の裏側には特に変化は見られないが、表側は見えないのでどうなっているのかわからない。
「なんだか良くわからないんだけど、急に湯気が上るようになったんだ」
「熱いの?」
「いや、熱くはない。けど、微妙な振動が続いている。さっきの雷の所為かとも思ったんだけど、違うみたいだ。盾自体が振動している。まるで盾がここを動きたくない、と言っているかのように…」
それを聞いたルティナが、身を乗り出す様にして言ってくる。
「それって、フィノの剣の時と状況が似ていませんか? あの時も剣が何か意志を持っている様でした」
「確かに。けど、どうすればいいんだ?」
「あの石碑には、盾に従い光を放て、とあったはずです」
「光を放つって言ったって、どうすればいいんだよ」
「それは…、わかりません」
ルティナはユウから視線を外し、軽く俯き目を伏せた。
フィノはユウが視線をやる前から右手を左右に振って、自分には聞かないようにと予防線を張っている。
そんな中、アーダは一人ユウの横へと進み出ると、ユウの身体を少しだけ横に押しのけた。
そして、そうしてできたスペースに身体を入れると、右足を思いっきり後ろに引いた。
そして、
「そういう時は、こうすればいいんだよ」
アーダは力を込めてそう言うと、ユウが止めるのも間に合わない様な素早さで、盾の裏側を思いっきり蹴とばした。
今までとは少し違う、大きな衝撃が盾を持つユウの手にも伝わってくる。
直後、先程の稲妻の光など比べ物にならない程の眩い光が、辺り一帯を埋め尽くす。
とても正面からは正視できない強烈な光だ。
この光の光源はやはりこの盾にあるらしい。
ユウから見て盾の向こう側、盾の表側がこの光を放っているのがわかる。
盾の後ろ側にはくっきりと影の範囲が出来ている。
ユウ達は皆その影の部分に入っているのだが、それでもまともに目を開けていられない状態だ。
これだけの光だと直接見たら目が潰れてしまうかもしれない。
そう思ったユウは、この盾の向こう側には狼達がいた事を思い出した。
交戦中の敵なので、気遣う必要もないのだが、目が潰れてしまっては、もう戦いにはならないはずだ。
一方的な展開になる事は容易に考えられる。
しばらくすると、光はフェードアウトするように次第に小さくなっていった。
光がユウの盾に吸い込まれるようにして消えて行く。
やはり光源はこの盾で間違いなかったようだ。
石碑の文の通りだといっていい。
「狼達は? どうなったの?」
フィノが軽い口調で聞いて来る。
ユウが急いで周囲に目を走らせてみると、遠く、雪の丘の上に、七匹の狼の姿が見える。
どんどん小さくなっていく所を見ると、今まさに遠ざかって行く所らしい。
もう一匹としてこちらを気にするモノはいない。
皆一直線にこの場所から遠ざかって行っている。
「逃げて行ってしまったみたいだな」
「多分、目が良く見えていないんだと思います。時折、仲間同士でぶつかっていますから。そんな状態で私達と戦うのは無謀だと判断し、逃げて行ったのでしょう」
「最初から、そうやって大人しくしていりゃあいいのにな。そうすりゃ、あんな目に逢う事もなかったのに」
そんな風に言い放つアーダの前にルティナが立った。
珍しく少々苛立っているように見える。
「ところで、アーダ。いつまでユウの腕に抱かれているのですか? そろそろそこから離れてください」
気が付くとアーダはいつの間にかユウの腕に抱かれている。
盾の裏を蹴った後、目の前に生じた光の渦に押されるようにしてユウの腕の中に収まったのだ。
「悪い悪い」
そんな風に言いつつも、アーダはそこを動こうとしない。
それどころか、逆にユウに身体を預けてくる。
「もうっ、独り占めはダメですよ」
ルティナがアーダに手を伸ばす。
そして、ルティナのどこにそんな力があったのか、ユウの腕の中から少々強引にアーダの身体を引っ張り出した。




