曲がる雷光
フィノの正面で、喉の奥に青白い光の渦をたっぷり溜め込んだ狼の口が開かれる。
剣が届きさえすれば、その口の中の光ごと狼の躰を真っ二つにする事もフィノならば不可能ではなかったかもしれないが、残念ながらフィノはまだその間合いには入っていない。
対して、狼の雷撃は充分射程の内に有る。
こうなってしまっては、どうにかして雷撃を躱すか、さもなければ、剣に当てて振り払うしか方法はない。
しかし、躱すと言っても、雷撃は大きく避けでもしない限りは、その衝撃を避けきれないだろうし、仮に剣に当てる事が出来たとしても、それで雷撃が振り払える保証はない。
とはいえ、他に選択肢がない以上、そのどちらかをやるしかないようだ。
フィノは、狼の口から雷撃が射出されるまでの短い時間に覚悟を決め、雷撃の動きを見逃さないよう、目の前の狼の動きを注視した。
直後、狼の口からまさに稲妻の様な雷撃が射出される。
しかし、その軌道はフィノの予想したものとは大きく異なっていた。
雷撃は狼の口から射出されるとすぐに大きく弧を描き、フィノから外れユウの方へと向かったのだ。
慌ててその軌跡を目で追うと、雷はユウの構える盾に斜めに当たって、派手な火花を散らして弾かれた。
更に、一拍置いて逆方向から同様の雷撃がユウの盾に弾かれる。
弾かれた雷撃はフィノのいる場所からさほど離れていない場所を通り過ぎて行った。
ユウの盾に弾かれた事で減衰したのか、威力は少し落ちている様にも見えるものの、それでも直撃されれば意識を刈り取られかねないので注意は必要だ。
とはいえ、そちらにばかり気を取られている訳にはいかない。
雷撃を放った直後で連発は出来ないだろうが、鋭い牙や爪を持ち俊敏性に優れる狼の攻撃は決して侮る事の出来るものではない。
だが、接近戦はフィノにとっては望む所だ。
遠くから雷を撃たれたのでは逃げるくらいしかやりようがないが、接近戦ならいくらでもやりようはある。
上手くすれば一撃で相手を屠る事も充分可能だ。
しかし、そう思って前を向いたフィノの目に入って来たのは尻尾を巻いて逃げて行く狼の姿だった。
狼は、雷撃を放った直後、すぐに逃げに転じていたのだ。
一瞬、フィノのオーラに怯んだのかとも思ったが、そうではない。
その狼と入れ替わるようにして前に出た二匹目の狼が、間髪入れずフィノに雷撃を放ってくる。
いや、それだけではない、その後ろに続いていた三匹目も二匹目の肩越しにフィノに雷撃を浴びせかけてきている。
電撃が向かっているのは、フィノのいる方向だ。
ユウの持つ盾を破るのは難しいと見て、盾の防御から外れたフィノに狙いを変えたものと思われる。
今度こそフィノを襲うかに見えたこの二匹の雷撃は、しかし、また軌道を曲げてフィノの元へは向かって来なかった。
二発とも一匹目の雷撃と同様、途中で向きを変えてユウの盾に弾かれている。
どうやらこの動きは狼達の意図するものではなさそうだ。
彼等の狙いは明らかにフィノだったはずなのだ。
にもかかわらず、その軌跡はユウの方へと向かっている。
フィノが僅かに思考に入っていたその間に、さらに二発の電撃がユウの盾に弾かれ、その跳ね返りがフィノの後ろを通り過ぎて行った。
これはフィノとはユウを挟んで反対側でアーダと戦っている狼が放ったものだと思われる。
その雷撃が軌道を変え、やはりユウの盾に弾かれた、という所だろう。
これもやはりユウを狙ったものではないはずだ。
正確に言えばあの躰の大きなボス狼だけは、ユウを狙って雷撃を放っている様なのだが、しかし、これもルティナのボス狼の動きを先読みした矢の攻撃のおかげで、碌に狙いを定める事すら出来ていない。
それでも、ユウの盾には命中しているようなので、どういう仕組みかはわからないが、やはり彼等の雷撃は彼等の意志とは関係なく、ユウの盾に向かうように出来ていると考えてもよさそうだ。
だが、そうであるならば、フィノとアーダは雷撃の心配をする事なく飛びこんでいけるという事になる。
二人にとっては絶好のチャンスと言えそうだ。
狼達はまだ諦めずにフィノに向かって代わる代わる雷撃を放っている。
しかしその雷撃はフィノに向かって飛ぶ事はなく、全てユウの構える盾の方へと曲がって行く。
フィノは狼の一匹に狙いを絞る事にした。
他の個体には目もくれず、ただその一匹を叩きのめすべくソイツのいる方向へと全力で走っていく。
残りの二匹が交代で雷撃を放ち反撃してくるが、その電撃がフィノに当たる事はない。
雷撃の全てが軌道を変え、ユウに向かって、いや、ユウの持つ盾に向かって飛んで行くからだ。
ユウの盾が雷撃を弾き、激しい音が鳴り響く。
予想よりも激しい音が鳴り響いたのは、アーダを狙った雷撃が混ざっている為だ。
それでもユウの盾は揺らいでいない。
しかし、狼達の動きもなかなかのものだった。
フィノの運動能力をもってしても、なかなか追いつく事ができていない。
せめて彼らが自ら向かって来てくれれば、フィノにも対応のしようはあるのだが、追いかけている狼は逃げの一手で反撃する素振りも見せて来ない。
残りの二匹の狼はフィノから一定の距離を取っての雷撃に徹している。
雷撃はいくら撃ってもフィノには向かわずユウの持つ盾の方へと軌道を変えるので、正直何の援護にもなってはいないのだが、このやり方を変える頭はないようだ。
フィノは逃げる狼を追いかけるのを止め、思い切ってその場に立ち止まった。




