雷狼
フィノは白狼の口の中が光っている事に気が付くと、すぐにその場に身を伏せた。
その横では、ほぼ同時にアーダも地に伏している。
直後、白狼の口から稲妻のような雷撃が射出された。
雷撃は辺りの空気を引き裂きながら直進し、最も手前に位置していたユウの盾を直撃する。
盾を持つ手に激しい振動が伝わってきて思わず盾を手離しそうになるが、ユウはその衝撃を何とか堪えてやり過ごした。
盾に破損は見られない。
感電もしないで済んだようだ。
ユウが盾を地面に立てるようにして持っていた為、雷撃は地面に伝わり放散したのかもしれない。
しかし、まだ安心する訳にはいかない。
盾越しに狼達の様子を窺うと、もう別の青白い光が瞬いている。
それも、その光は一つではない。
左右対称に三つずつ、合計六個の光が確認できる。
これは明らかにユウ達の事を扇状に取り囲んでいる七匹の狼の内の、正面の一匹以外の六匹のものだ。
六匹が一斉にこちらを狙っているのだ。
いくらフィノでもこの攻撃を避けながら反撃するのは無理だろう。
ならばもうこの盾で凌ぐより方法はない。
ユウは二人に声をかけた。
「フィノ、アーダ、俺の後ろに回り込んで!」
しかし、いくら頑丈な盾だからと言って、六方向からの攻撃を同時に受け、それを凌ぎきる事が出来るかどうかはわからない。
そこはもう天に祈るより仕方がない。
ユウの指示に従い、フィノとアーダがユウの後ろに移動してくる。
それとほぼ同時に、六匹の狼から一斉に雷が放たれた。
六本の光の束がユウを目がけて飛んでくる。
しかし、向かって左の端からの一本は、他の五本とは明らかに軌道が違っていた。
雷撃の軌跡が後方へ大きく逸れているのだ。
これは、もしかしたら後ろにいるフィノかアーダが盾の範囲から外れていて、それを狙ったものなのかもしれないが、だからと言ってユウにできる事は何もない。
角度的に、盾を動かせば、その一本の攻撃を阻止する事が出来る可能性はあるのだが、そんな事をすれば残りの五本の直撃を許してしまう。
もしかしたら、フィノの失ったあの大剣ならばこの雷撃を弾く事が出来るかもしれないが、その大剣ももう失ってしまっている。
ユウは、大きな盾を身体の前に置くようにして構えると、しかし、前回よりも少しだけ体の位置を高くした。
盾越しに向こう側が見える様、つまりは雷撃の軌跡を見極めようと思ったのだ。
とはいえ、6本全ての攻撃を防げる手立てがある訳ではない。
ただ、この状況を何とかする為には、迫り来る雷撃を観察する必要があると考えただけだ。
瞬き一つする間に、五本の雷撃がユウの前の盾に集中する。
次の瞬間、前回とは比べ物にならない大きな衝撃が、盾を構えるユウの腕に襲いかかった。
更に一拍遅れてもう一つ、今度は最初のものよりは小さな、それでもなかなかの大きさの衝撃が盾を襲う。
ユウは、それが何なのかしっかりその目で確認していた。
後ろに大きく逸れていたはずの一本が、大きな弧を描いて旋回し、盾の表面を掠る様にして通り過ぎて行ったのだ。
その稲妻の描く曲線がもう少し緩やかだったならば、雷撃は盾の裏側にいたユウの事を直撃していたかもしれない。
つまり、この攻撃はユウの後ろにいるフィノやアーダを狙った訳ではなく、盾を持っているユウの事を直接狙ったものだったと考える事が出来る。
フィノやアーダの事を心配している場合ではなかったという事だ。
それともう一つ、ユウは最初の衝撃の直後に、頭上を真っ直ぐ正面に向かって飛んでいく一筋の軌跡についても確認していた。
こちらはルティナの撃った矢だ。
その矢はユウの正面で次の攻撃を準備していたボス狼の頭目がけて飛び、結局、避けられはしてしまったものの、ボス狼の次の攻撃を遅らせる事には成功していた。
そのおかげで、僅かな時間ではあるものの、ユウは一息つく事が出来る事になったのだが、そのわずかな時間にもルティナは更に数本の矢を放っている。
ボス狼同様、他の狼達の雷撃をも封じるつもりで撃った矢だ。
しかし、残念ながら、狼達はもうそこにはいなかった。
彼等は、雷撃を撃った直後に、既にそこから動いていたのだ。
と言っても、ユウ達の方へ向かってくる訳ではなく、より大きく広がる方向へと動いている。
ユウ達の事を完全に取り囲もうという意図のようだ。
だが、そうとわかってそれを黙って見ている事も無い。
狼達の意図を察したフィノとアーダは、まわり込もうとする狼達の動きを妨害するべく左右に散った。
完全に包囲され、前後左右から一斉に攻撃されれば、ユウの盾一つではとても防ぎきれない。
そんな事にならないよう、狼達の動きを妨害しようと言う算段だ。
と同時に、狼達に接近し、攻撃に転じようという意図もある。
一連の行動から、彼等は連続して雷撃を撃つ事は出来ないし、動きながら雷撃を撃つ事も出来ない事が推測できる。
ならば今が動き出す絶好のタイミングだと考えたと言う訳だ。
しかしその考えは半分は合っていたものの、半分は間違っていた。
確かに、彼等の雷撃は連発する事は出来ないのだが、たとえ激しく動きながらであったとしても次弾を準備する事は出来るし、仲間に当てないよう注意しなければならないものの、撃つ事も可能だったのだ。
アーダよりも一足早く狼の元へと到達したフィノは、狼の正面へと飛び出すと、その勢いのまま狼に突進して行った。
狼は、小さく口角を上げて見下すような笑みを浮かべている。
そして、素早い動きで既に射出の準備の整った口をフィノに向けて大きく開けた。




