稲妻の影
雷は急激にひどくなる事もなかったが、だからと言って治まってくる様な事もなかった。
ただ、ここしばらくは常に頭上に稲妻が走っている。
幸いにして雨や雪は降って来ていないが、雲は明らかに厚みを増している。
風は依然として強い状態で、降れば吹雪になりそうなので、そうなっていない事は良かったと言えそうだ。
とはいえ強い風が体温を奪うので、道行きは決して楽ではない。
できる事なら、こんな場所からは一刻も早く抜け出したい、というのは四人の共通した考えだ。
『確かに奇妙と言えば奇妙よね。稲妻はひっきりなしに走るのに、雨も雪も降って来ない。誰かが意図してやっている、って言われれば、そう思えない事もないわよね』
ルティナ、アーダとの念話を終えて、今はフィノがユウと頭をつける番だ。
フィノは、待っていましたとばかりに、ユウに身体を寄せている。
『けど、仮に誰かが嫌がらせのような事をしているのだとして、そんな事をする意味がわからない。本気で俺達の事を排除したいと思っているのだったら、もっと強引な手を使って来てもいいはずだと思うんだよね。神なのだから、それだけの力は持っているはずでしょ』
『まあ、それはそうかもね。でもさ、私達の事を妨害しようとしている神がいるとして、その神がそんな事をするのは、私達が例の声の主の事を助けに来るのを止めたいからだよね?そんな事をする意味はそれくらいしか考えられないし…。だとすれば、私達と声の主を接触させない事が目的なのかもよ。会わなければ助ける事も出来ないし』
『なるほどね。でも、何かしっくりしないんだよな。仮にフィノの言う通りだったのだとしても、もっとうまいやり方がある様な気がするし…。例えば、俺達の事を物理的にこの地に入る事が出来ないようにする、とかさ』
『力技で声の主に近づかせない様にすればいいじゃないか、っていう事ね』
『それをやって来ないっていう事は、そもそも前提が間違っているんじゃないかな? 』
『ルティナの考え過ぎだっていう事? でも、それならそれでいいじゃない。おかげでこうしてユウとくっつきながら歩ける訳だし』
言いながら、フィノが更に身体を預けて来る。
それを受け止めるような格好となったユウは、フィノの勢いに押され、体勢を崩してしまった。
必然的に、頭と頭が離れてしまう。
「ち、ちょっと。何するんだよ」
「いいじゃない。今は私がユウに甘える順番なんだから」
「順番って…」
しかし、良く考えてみると、念話の内容を知らない第三者が見れば、三人が代わる代わる順番にユウに甘えている図に見えなくもない。
というか、そんな風に見るのが普通だろう。
すぐ後ろで、ルティナとアーダが白い目で見ているのがわかる。
ユウは離れてしまったフィノの頭を少々乱暴に掴んで自分の頭とくっつけた。
『どういう事だよ』
『別に。言葉の通りよ。誰が何処で見ていようと、私はユウと一緒にいたいだけ。ただ、ルティナがそう感じたと言うのなら、なるべくそれに従った方がいいんじゃないかな。結果的に勘違いだったっていいじゃない。そのおかげで私達はこうして順番にユウに甘えられる訳だし、ちょっと窮屈だけど、こうして久しぶりに二人っきりみたいな感じで話しも出来るしね。ユウは嫌なの? 私達とこんな風にして歩くのは』
『い、嫌じゃないけど…』
『じゃあ、もっといちゃいちゃしちゃってみたりする?』
『なっ』
ユウは反射的に後ろを振り返って見た。
ルティナとアーダの、何か言いたげな冷たい視線が突き刺さる。
二人にはこのやり取りは聞こえていないはずなので、当然と言えば当然だ。
上空では雲の中を稲妻が光り、一拍置いて雷鳴が轟く状態が続いている。
雷はひっきりなしに鳴りつづけているのだが、あれ以降、近くに落ちた事はない。
ルティナもだいぶ慣れてきたようで、最初の頃のように近くの人にしがみつくような事も無くなって来たようだ。
そんな風にあちこちで雷鳴がとどろく中、ユウはルティナの厳しい視線に気づき、身をすくめた。
ルティナはユウを睨みつけてる、のかと思いきや、その視線は微妙に合っていない。
どうやらルティナはユウではなく、ユウの遥か後方を気にしている様だ。
その事に気付いたユウは、フィノの頭を押さえたままの状態で、ゆっくりと後ろを振り返ってみた。
しかし、そこには何がある訳でもない。
ただ真っ白な雪原が広がっているだけだ。
さすがに目が慣れてきたのだろうか、この辺りには所々に大きなうねりの様な雪山が出来ている事はユウにもわかるのだが、ルティナはそれを見ている訳でもないようだった。
ルティナの視線は、うねりとうねりの間の谷間の様な場所に向けられている。
「ルティナ、どうした?」
「何か…、いるみたい」
その言葉に反応し、アーダがすぐに槍を構える。
フィノもユウの身体から離れ、ユウから貰った剣を抜いた。
すると、それにタイミングを合わせたように、それまで主に雲の中を横に走っていた稲妻が、あちこちで地面に向かって垂直に落ち始めた。
その一つがルティナの視線の先に落ちる。
それがきっかけとなったかの様に、更に幾つかの雷がたて続けにほぼ同じ場所へと落ちて行く。
交錯する稲妻の光がその辺りを明るく照らす。
すると、その光に照らされ、そこにいた何ものかの影が浮かび上がってくる。
その影の主は、どうやら四本足の獣の様で、自らの流線型の躰を誇るように雪の上に立っていた。




