兆し
城の中は意外に綺麗で整っていた。
外壁の様に朽ちて崩れているような場所なども見当たらない。
これならば人が暮らしていてもおかしくないようにも思えるのだが、やはり人の気配はどこにもないようだ。
というか、ユウ達が部屋に入るまで、まるで時が止まっていたかのように静かで、動きも音も全くない状態だった。
クリアムは、城の奥の一番大きな部屋まで進んだ所で、躰を曲げてアーダの姿を探してきた。
もはやアーダを介してコミュニケーションを取る事に決めたらしい。
「あたし達はここでくつろいでいればいいってよ。クリアムは島がいつ動くかわからないから、上で見張るって」
「なら、俺達も一緒に行こうか?」
「いや、見張りは大勢でやっても意味がない、ってさ。けど、あたしだけは付いて行った方がいいのかもな」
「確かに、何かあったら知らせてもらう為にも、その方がいいのかも」
結局そういう事に決まり、クリアムとアーダは部屋の隅にあった階段を登って上の階に行ってしまい、部屋にはユウとフィノそれにルティナの三人が残される事となった。
大きな部屋の中に三人しかいないというのは、なんとなくもの寂しい。
「しかし、残っていろと言われても、ここにいたのではやる事が無いよな。せめて外の風景でも見てようか」
何もする事が無い事もそうなのだが、この城の中は異様に静かで、じっとしていても何となく落ち着かなくなってくる。
なので、城の外にいた方がまだマシなのではないかとユウは思ったのだ。
しかし、フィノもフォーラもそんな風には思っていない様だった。
「でも、クリアムはここにいろと言っていたのでしょう? ここで待っていた方がいいんじゃない?」
「そうですよ、何も起こらないとは思いますけど、いざという時の為にクリアムとアーダからはあまり離れない方がいいと思います」
確かに、二人が言う事も尤もだ。
ユウとしても、別に無理をしてまで外に出ようとは思っていない。
「わかったよ。ここで待っている事にしよう」
なので、ユウはそう決めて、部屋の隅に移動し、そこに腰を落ち着けた。
すぐにフィノが寄ってくる。
「なら、今は自由時間でいいのよね。だったら私はここがいいわ」
そしてユウに密着する様にユウの右隣に腰を下ろした。
それを見たルティナはユウの左隣に座り、やはり体重を預けてくる。
「こうしていると、不思議と落ち着くのですよね。アーダには少し悪い気もしますけど」
部屋は充分広いのだが、ふたりに挟まれてしまってはかなり窮屈な状態にならざるを得ない。
「で、でも少し窮屈なんじゃないかな」
ユウはささやかな抵抗を試みてみた。
だが、当然、ふたりはそんな事など斟酌してくれない。
「いいの。せっかくの休憩時間なんだもの。たっぷり英気を養わなくちゃ」
「そうですよ。この島には私達以外はいないみたいじゃないですか。こういう時こそリラックスするべきです」
確かに少し窮屈ではあるものの、ユウとしてもこの状況が嫌な訳ではない。
それに、こんな風に密着していると、ふたりの鼓動が伝わって来て、城の中の異様に静かすぎて不安になるような雰囲気が少しだけ払拭されるような気もしてくる。
結局、ユウはふたりに身を任せる事となった。
「何だかもう夜になったみたい」
「本当、静かだからそんな錯覚に陥ってしまいますね」
少しすると、二人とも、眠そうな様子を見せるようになって来た。
リラックスするのはいいのだが、ここで完全に眠ってしまうのはダメだろう。
そう思い、ユウは二人が捕まっている両の腕を持ち上げるようにして、そちらに意識を引き付ける事で、二人が完全に眠ってしまわないようにした。
が、その際、ユウは左の腰の辺りに僅かに熱を帯びている場所がある事に気が付いた。
最初は、ユウに密着しているふたりの体温が熱く感じられているだけかとも思ったのだが、そうではない。
二人が身体を預けてきている所とは微妙に場所が違うのだ。
ユウは、ゆっくり起き上がり、ふたりの手を優しく解いて、腰の辺りを探ってみた。
すると、そこには小さな鞘がさげられていた。
リスティで黒猫のルナが見つけた短剣サイズの鞘だ。
「どうしたの?」
フィノが身体を起こし覗き込んでくる。
ユウは鞘を手前の方へと持ってきた。
「なんだかよくわからないんだけど、鞘が熱を持っているみたいなんだ」
ルティナが鞘に触れて言う。
「本当、少し熱を持っているみたいですね」
「何なんだろう、これ」
「良くはわかりませんが、この鞘からは何か強い力を感じますね」
「どれどれ…」
フィノも手を伸ばしてくる。
そうしてしばらく触れた後、ユウの顔を見て言った。
「本当だ、何か感じる。何かに引きつけられているようにも思えるかな」
ユウはその鞘を腰から外し片手で軽く持ってみた。
と、鞘の先が微かに持ち上がってくる。
微妙な反応だが、ユウがワザとやった事ではないので、やはり鞘が反応したものと考えるのが妥当だろう。
で、あるならば、何か理由があるはずだ。
ユウは握っていた鞘を、今度は掴まず掌の上に乗せるようにして、身体の前へと差しだした。
すると、鞘はその場で三十度ほど回転して正面を向き、そしてそこで停止した。
「やっぱりこれ、何かに反応しているみたいよ」
「鞘の先が何かの方向を示している様に見えますね」
実際、鞘は方位磁石の赤い矢印のように、ある一定の方向を指し示しているように見える。
動かしても、ゆっくり元の場所まで戻って来る。
そして、鞘の指し示すその先には、大きな扉が見えている。
どうやら隣の部屋へと続く扉の様だ。
扉には、決して華美ではないシンプルな装飾が施されている。
ユウはまずその扉を正面に見る位置まで移動すると、ゆっくりとその扉に向かって近づいて行った。




