空の島
その日は湖から少し北に入った川沿いの岩場で休み、翌日はその川をさかのぼりつつ東へ東へと迂回していくと、疎らに木の生えた峰々が続くようになった。
そこで北に針路を変えて、その山を越える方向へと更に二日ほど進んで行くと、見渡す限りに広大な草原が現れるようになる。
以前見た二段の丘とよく似た景色なのだが、方向から考えて、上段の丘の一部と思われる草原だ。
遥か遠くまでうねりの続く丘の入口で立ち止まったバールリッツはそこで小さく呟いた。
『目的地が、だいぶ近づいて来た感じがするな』
「俺の記憶が正しければ、まだまだかかるはずだと思うのだけれど…」
確かに、この丘の向こう側には岩山があって、それを超えれば目的地はもう近いのかもしれないが、この丘は延々と続いているイメージなので、ユウにはまだまだ近づいたという感覚はない。
なので、軽く抵抗すると、バールリッツが強い口調で言ってくる。
『いや、あともうちょっとだ。この丘を越えて、その先の岩山を超えればもう目的地だからな』
「それはそうかもしれないけれど、このうねった草原は延々と続いているんじゃないのか? 草原には魔獣もいるはずだし、まだまだ時間はかかりそうだと思うけど?」
『心配するな、ここには邪魔な障害物がほとんど無いからな、あっという間に抜けて見せる。魔物どもにはとても追いつけない様なスピードでな』
それが本当なら有難いのは事実だが、これまでだって普通の馬とは比べ物にならないスピードでかっ飛んできている訳で、そこから更に速度を上げるのだとしても、それほどスピードアップが出来るようには思えない。
「まあ、あまり期待しないで置く事にするよ」
『なんだと、ユウ、お前、俺の言葉を信じていないな。お前の方こそ、準備は出来ているのかよ。カノンに入るのは生半可な事ではないはずだぞ』
ユウの返事が気に入らなかったのか、バールリッツの言葉には怒気が込められている。
バールリッツの言っている事は間違ってはいない。
しっかり準備をしなければ、またリスティか、もしかしたらもっと遠くにまで飛ばされてしまう可能性だって有る。
だが、準備と言ったって、何を準備をすればいいのか、ユウには良くわかっていなかった。
一応、前回と同じ轍だけは踏まないように「珠」と思われる物だけは準備したが、それ以外の準備は出来ていない。
と、突然、ユウのすぐ後ろでルティナが大きな声を上げた。
「ユウさん、あそこを見てください。何か飛んでいます」
見ると、ルティナは腕を高く上げ、はるか遠くの空を指差している。
だが、その辺りに見えるのは青い空と白い雲だけで、特に珍しい物は見当たらない。
ちなみにルティナがユウの後ろにいるのは、今日はルティナがユウの後ろに乗る順番だからだ。
ユウは体を捩って、ルティナのいる後ろを振り返った。
すると、ルティナがもう一度促してくる。
「ユウさん、よく見てください。随分遠くの様ですが、結構大きなモノが空に浮かんでいるように見えますよ」
ユウは、ルティナの指の先を追いかけるようにして、空を見上げた。
しかし、ユウがそれを見つける前に、バールリッツが言ってくる。
『おお、あれは浮遊島じゃないか。あれはいつどこに現れるかわからない、滅多に見られないものだぞ。見る事が出来ただけでも幸運だ』
「幸運?」
思わず聞き返したユウの言葉にラビアローナが答えてくれる。
『あそこには昔神が住んでいたという伝説があるのです。今はもういないみたいなのですけれどね。でも、その神の残したという短剣は、今でもあの島に残されているという話は聞いたことがあります』
「ふうーん、そうなんだ」
目を細めて良くみてみると、遠くの空に何か浮かんでいる物があるのがわかる。
恐らくあれが浮遊島なのだろう。
「あそこから見た風景はきっと素晴らしいのでしょうね」
ルティナは羨ましそうにその方向を見上げている。
その言葉を聞き、ユウはある事を思いついた。
「なあ、バールリッツ、あの島まで行く事は出来ないか?」
『何言ってんだ。俺は鳥じゃないんだ。あんな所まで行けるわけがないだろう?』
唐突な要望にバールリッツが困惑しているのがわかる。
ラビアローナも同じ様に思っているようだった。
『あの島は浮かんだり沈んだりするという話で、低い時はかなり低い所まで降りて来る時もある、と聞いた事が有りますけど、下まで完全に降りる事はさすがに無いようですから、行くのは難しいと思います』
それはそうか。
空を飛ぶ事でも出来ない限りは、あの島へ渡る事は難しいという事なのだろう。
少なくとも思いつきで行けるような場所ではないという事だ。
ユウとしては、少し残念に思わないでもなかったのだが、今は出来ない事に拘っている場合ではないし、その為にわざわざ遠回りをするような余裕もない。
「確かに、それはそうだろうな。仮に行けたとしても、今度は戻って来れなくなりそうだし…」
『なんだお前、随分と興味があるみたいだな。だが無理だ。アレを目指した者はかつて数多くいたという話だが、島にたどり着いた者がいたと言う話は聞いた事が無い。行くつもりなら、少なくともそれなりの準備が必要になってくるはずだ。まあ、それがあっても、行けるかどうかはわからない、というか、難しいのだろうがな』
「いや、ちょっと思いついた事があったから、言ってみただけで、難しいなら拘るつもりはないよ。悪かった、あれは無視して、真っ直ぐ目的地に向かってくれ」
『ああ。全速で行くからな、しっかり掴まっていろよ』
言いつつ、バールリッツが今までよりも遥かに速いスピードで走り始める。
ユウは片方の手でバールリッツの背中に掴まりながら、後ろのルティナが飛ばされない様、もう片方の手でルティナの手をぐっと掴んで自分の方へと引き寄せた。




