いざという時
その小屋は、窓のない質素なみかけの小屋だった。
扉や壁に特別な装飾がある訳でもなく、表札など、この小屋が何なのかを表す表記も見当たらない。
しかし、小ざっぱりした印象の清潔な小屋でもあるようだ。
そんな小屋の扉の前でユウが立ち止まると、そのすぐ後ろに三人も並んで止まった。
ユウはそこでもう一度例の声の気配を探ってみた。
声の主が本当にこの先にいるのか、確認しようと思ったのだ。
しかし、残念ながら、その声は聞こえてこなかった。
もしかしたら、声の主は今は声を発していないのかもしれない。
が、気配は意外にはっきり残っている。
その気配は、確かにこの小屋を超えた向こう側にある。
ユウはその気配のある方向を睨みつけるようにして見つめながら、扉の入口に手を掛けた。
その手をフィノが捕まえる。
「ちょっと待って」
ユウはそちらを振り返って見た。
「何?」
「ツォーナの話が本当なら、ここへ入ったらもしかしたらどこか遠くに飛ばされるのかもしれないんでしょ。慎重にって言われたって言っていたんじゃなかったっけ?」
「それはまあそうだけど、声を追って行く以上、どのみち行かなくっちゃならない訳だし…」
ここまで来た以上、ここでこの扉を入らない選択肢はない。
声の主の元へとたどり着く為には、この先に進まない訳にはいかないのだ。
見ると、ルティナも随分と心配そうにしている。
「念のために、別々に飛ばされた場合に合流する場所を決めておきませんか?」
ユウは、そんな可能性がある事など全く頭になかったのだが、言われてみれば、確かにそれくらいの事は決めておいた方がいい様にも思えてきた。
「そ、それもそうだな…」
隣ではフィノがユウの腕をただ強く握っている。
言葉にこそ出さないが、フィノも相当不安に思っている様だ。
それに引き替えアーダは随分と楽観的に見える。
「別に死ぬわけじゃあねえみたいだし、ある程度なら離れても、私たちはユウの声が聞こえるんだから、仮にばらばらになってもすぐに合流できるだろ?」
アーダはさほど深刻には考えていないらしい。
ユウもどちらかと言えばアーダ寄りの考えだ。
「ツォーナの話だとツォーナ自身、何回も繰り返したみたいだし、っていう事は、それほど悪質な仕掛けがある訳じゃ無い様な気がするんだよね。ゴフジールの小屋だって思ったより楽に通れたわけだしさ。たぶん大丈夫だよ」
それに加えて、ユウにはフィノを不安がらせたくないという思惑もあった。
だから、意識してなるべく明るく言い切ったのだ。
「でも、合流場所を決めておいた方が安心できますよ。杞憂で済んだのならそれはそれでいいわけですし…」
ルティナが重ねて言ってくる。
そんなルティナの姿を見て、ユウは妙案を思いついた。
そして、決めた。
「わかったよ。なら、もし人の世のどこかに飛ばされたのなら、ルティナの家に集まる事にしよう」
「ルティナの家?」
アーダが頭の上に疑問符を浮かべている。
アーダはルティナの家には行った事が無いはずなので当然かもしれない。
しかし、スラムとはいえアーダもリスティに住んでいたのだ。
集合場所を他の街に指定するよりはわかりやすいに違いない。
「ルティナの家っていうのは、リスティにあるバーランド家の事だよ。例えバーランド家の事は知らなくたって、リスティならアーダだって多少は地理に明るいだろ。リスティでは有名な家みたいだから、誰かに聞けばすぐに分かると思うし、俺が先に行っていれば念の声でだって誘導できる」
「それならどこだって同じなんじゃねえか?」
「皆が念の声が届く場所にいればそうかもしれないけど、届かない場所にいる可能性もあるだろうし、きちんと場所を決めておいた方が間違いないでしょ。皆が同じ場所に飛ばされるとは限らないから、早く着いた人はその場所で待っていなければならなくなるかもしれないけど、その場合でもバーランド家なら待ちやすいしね。フィルスさん達には迷惑をかけてしまう事になるかもしれないけどさ」
ユウはそう言ってルティナの顔を窺った。
間髪入れずにルティナが言う。
「そんな事は気にしないで大丈夫です。家にはそんな風に思う人はいませんから。でも、合流する場所がそんな遠い場所でいいのですか? 此処からだと相当距離があるように思いますけど」
「それはそうかもしれないけど、でも、もし飛ばされるのなら、多分そのくらい遠くまで飛ばされると思うんだ。だって、ツォーナは、俺達が飛ばされるのなら、人のたくさん住む場所の近くにまで飛ばされるだろうって言っていたからね。リスティは人の住む大きな街としてはここから最も近い場所にある訳だし、俺達にとっては一番わかりやすい街でもあるから、リスティに集まるのが俺達にとっては一番いいんだよ」
確かに、リスティよりも近くにも、神秘の湖の西岸の街カーンバーや、小人の村なども存在する。
しかし、カーンバーは通り抜けただけなのでなじみが薄いし、小人の村が人の住む街と言えるのかというと、微妙な気がするのだ。
「まあ、あたしは何処でもいいけどな」
「私ももちろん構いません」
アーダとルティナがユウの意見に同意する。
フィノも頷いている所を見ると、了承してくれたと考えて良さそうだ。
「なら、もしそう言う事になったらルティナの家で合流するっていう事で…」
不安な事は他にもあるのかもしれないが、あまり考えすぎるのも良くないだろう。
そもそも、別々に飛ばされると決まっている訳でもないし、それどころか、飛ばされるかどうかさえまだわからないのだ。
心配し過ぎても仕方がない。
「とりあえず小屋の中に入ってみよう」
ユウは、今度こそ小屋の中に入るべく小屋の扉をゆっくり開いていった。




