吊るされた少女
薄い布で出来た一枚布の衣服を身に纏ったその少女は両手を後ろ手に縛られ、上の枝から吊るされていた。
長く吊るされていたのか、かなり疲弊しているように見受けられる。
ユウは腕を伸ばして少女を吊るしている縄に手を掛けると、その縄を引き寄せ少女の身体を抱きとめた。
『助けに来たよ。君の声が聞こえたんだ』
その声に反応し、少女が視線をユウの方へと向けてくる。
しかし、その青みがかった瞳の視点はまだしっかり定まっていない。
「アーダ、頼む」
「了解した」
アーダが腰の短刀で、少女を吊るしていた縄を切断した。
その縄は少女の頭の上で、意外にあっさり切断された。
「なんだ、今回のヤツは随分と簡単に切れるぞ。拍子抜けだな」
「切れないよりは切れた方がいいじゃない」
言いつつフィノも近寄ってくる。
フィノも恐らくはそう簡単には切れないと思っていたのだろう。
手伝おうと思って近づいて来ていた様だ。
フィノは細い枝の上をアーダの側をすり抜け、ユウのすぐ隣にまで近づくと、まだ縛られたままの状態でいた少女をユウの腕から少々強引に引き剥がした。
その上で体を入れ換え、少女の身体をアーダの方へと向ける。
「アーダ、切ってあげて」
「お、おう」
アーダは一瞬困惑した表情を見せたものの、すぐに少女を拘束していた縄を切り、少女の身体を自由にした。
少女は完全にフィノに寄り掛かっていて、そうしていなければ枝から落ちてしまってもおかしくない状態になっている。
「ちょ、ちょっと、フィノ。俺、まだその娘から、何も聞いていないんだけど」
助けたばかりの少女の身柄を、突然取り上げられた格好になったユウは、少しばかり声を荒げてフィノに抗議した。
すると、フィノはまた体を入れ換え、少女の身体をユウのいる側へと引き戻した。
「どうぞ」
その素っ気ない言い方に、改めてフィノの表情を窺ってみると、その表情は明らかに不機嫌そうだ。
ユウがその原因に思いを巡らしているその間に、フィノが更に言ってくる。
「話を聞くんじゃなかったの。この娘、状況がわからなくて困惑しているみたいよ」
そう言われれば、少女の目は細かく動いていて、まだ状況を理解できていないように見える。
目の前の男女が味方かどうかを判断しかねているのだろう。
早い所、安心させてあげた方がいい事は間違いない。
ユウは少女に向かって念の声を飛ばした。
『そんなに警戒しなくていいよ。俺達は君の事を助けに来たんだから』
少女が小さく顔を上げる。
『ほ、本当ですか?』
透き通った綺麗な声。
ずっと聞こえていたあの声に間違いない。
『本当さ。助けを求める君の声が聞こえたから、助けに来たんだ』
ユウは少女を怖がらせないよう、優しく声を掛けるよう心がけた。
少女に安堵の表情が広がってくるのがわかる。
『そ、そうなのですか。ありがとうございます。助かりました』
少女はフィノに支えられるようにして態勢を整え、自らの足で枝の上にしっかりと立った。
そして、自らを落ち着かせるかのように大きく一つ息を吐き、それから改めてユウに向き直った。
『私はツォーナ。浄化をつかさどる神ラビエの眷属です』
『眷属? っていう事は、もしかして君も精霊なの?』
眷属と聞いて真っ先に思い出すのが、ついさっき別れたばかりのメリン達の事だ。
しかし、ツォーナとは大きさが随分と異なっている。
なので自然と聞き返してしまっていたのだ。
『も、というのはどういう意味か分かりませんが、ええ、私は精霊です』
『って、言う事は、もしかして、ツォーナも空を飛ぶ事が出来たりするの?』
『飛ぶ?』
ツォーナに聞き返され、そんな興味本位の質問よりももっと大事な質問があると思い直したユウは、何とか話を戻すべく試みた。
『あ、いや、なんでもない。ちょっと疑問に思っただけだから。それよりも、何で…』
しかし、ツォーナはそんなユウの言葉をわざわざ遮って、ユウのした質問に律儀に答えを返してくる。
『空を飛ぶ、という意味でおっしゃっているのなら、私は飛べません。ですが、自分の背丈の三倍くらいの高さまでなら跳ぶ事はできますよ』
でもまあ、そういう事ならば、少なくともここから飛んで逃げる、などという芸当は出来なかったという事になる。
落ちたら大変な事になった事も間違いない。
ユウは密かにツォーナの身体を落とすことなく助ける事が出来た事に安堵していた。




