はっきりとした声
『ところで…』
ユウはツォーナに話しかけようとして、その言葉を一旦飲み込んだ。
その上で、ツォーナに一歩近づき、断りを入れる。
『ごめん、念のため、頭を付けて話させて欲しい』
ツォーナは最初目を瞬かせていたようだったが、すぐに納得したのだろう、ユウの目を見て頷いた。
それを確認してから、ユウはツォーナに頭を付けた。
『ところで、ツォーナはなんでこんな所に閉じ込められていたの?』
『…それが、良くわからないのです。気が付いたらここに吊るされていました』
『誰かに捕まったとか?』
『多分そうなのでしょうけど、気が付いたら拘束されていたので、訳が分からないというのが本当の所なのです』
ツォーナは嘘をついている様には思えない。
なので、恐らくは犯人がわからないというのは本当なのだろうが、この状況は捕らえられていた場所こそ違え、メリン達が捕まった時の状況と似ているともいえる。
だからといって、犯人が同じだと決めつける訳にもいかないが…。
『何か思い当たる事とか…ないのかな?』
『…いえ、ありません。……。でも、こんな事が出来るのは、よほど力のある神でないと無理だと思うんですよね。…あなた方だってそう思っているのでしょう? だからこそ、こんな方法で話しをしようと言うのでしょうし…』
『いや、これは、ここへ来る前に助けた精霊達からそうした方がいいと言われたからやっているだけで、正直、実際の効果はわからないんだ。だから、ツォーナの意見も聞きたいと思ってさ…』
ツォーナは何か考えているのか、この後少し黙りこくった。
そして、少しの間の後尋ねてくる。
『聞いてもらっていいですか?』
『いいよ』
ユウがそう答えると、ツォーナの気配は少しだけ柔らかになった。
そして、すぐに真顔になって語り出す。
『実は、私の主であるラビエ様は浄化をつかさどる神なのですが、先日、神殿に出かけて行ったきり、もう長い事神殿から戻って来ていないのです。いえ、そういう事は過去にもなかった事ではないですし、そんなにおかしな事ではないのです。でも、眷属たる私に長期間何の連絡もなく、神殿に詰めっ放しでいるというのは過去に例がない事だったので、差し出がましい事とは思いつつ、私の方からラビエ様の事をお迎えに上がろうかと、少しばかり試行錯誤をしていた所だったのです。ところが、ちょうどそのタイミングで、何者かに捕らえられ、私はここに幽閉されてしまいました。なので、私がラビエ様の事を探そうとするのを邪魔しようとする何者かが、私の事を捕まえたという風に考えられなくもないのですが、だとしても、誰が何のためにそんな事をするのか、心当たりがありません。何より、私にはもともとそんなに大きな力がある訳では有りませんので、私の事など捕えても何の意味もないと思いますし…』
『…そのラビエ様とは今も連絡は取れていないの?』
『…はい。ラビエ様が神殿内にいる事は、私の中に流れ込んでくる力の源泉が移動していない事から分かるのですが、そこに向かって声を掛けても返事は返って来ません。私の声はしっかり届いていると思うのですが…』
この状況はやはりメリン達の時の状況とよく似ている。
恐らくツォーナにはラビエの力が流れて来ているのだろう。
もしかしたらその力はいつもよりも弱まっているのかもしれないが、ラビエの力を感じているものと思われる。
『で、ツォーナはこれからどうするつもりでいるの?』
ユウはツォーナに聞いてみた。
次の声が聞こえる前までの間なら、ツォーナに協力しても構わないかと思ったからだ。
しかし、ツォーナの答えは少々意外なものだった。
『…そうですね。私はもう、今はおとなしくラビエ様の帰りを待っていようかと思っています。やはりラビエ様の許可なしにカノンの地に入るのは無理な様なので…』
『カノン…ですか?』
カノンと言う言葉にユウは聞き覚えがあった。
カノンと言うのは確か神の山の事を言っていたはずだ。
『ええ、神殿はカノンの中心ともいえる場所にありますから、神殿に行く為には、まずはカノンの地に入らなければなりません。ですが、我々眷属は主の許可なくカノンの地に入る事は許されていません。けれど、私は何としても入りたかったので、思いつくままにいくつかの方法を試してはみたのですが、やはり私には無理そうだという事がわかったので、待っている事にしようかと…』
『という事は、これからはひたすら主が帰るのを待っていると?』
『まあ、そういう事になりますね。でも、仮に百年待つことになったとしても、私達精霊にとってはその程度ならさして長い時間でもありませんし、少しさみしいですがさして大きな問題ではありません。けれど、あなた方のおかげで自由に動けるようになった事はありがたかったですね、あそこに吊るされたままでいたら、私はあそこから動けなかった訳ですから』
ツォーナが待つというのなら、それはそれでいいのだろう。
だが、だとすると、ツォーナの為にユウができる事はなさそうだという事になる。
ならば、当座はメリン達の手伝いをした方がいいのかと思い、ユウはツォーナから頭を離し、ツォーナに向けていた意識を他へと向け直した。
すると、
『どなたか私を助けてくださいませんか。私をここから出してください』
今度は、何処からかきれいなソプラノの声が流れてきている事に気が付いた。
この声は、ずっと追いかけてきたあの声だ。
今までになくはっきりと聞こえるのは、もうかなり近くまで来ているという証拠だろう。
もしかしたら神域に入った事ではっきりと聞こえるようになったのかもしれない。
声はまだ続いている。
『私は、神殿の地下にいます。この結界は内側からは壊せないのです。お願いします、少しで構いませんから、この結界に穴をあけてください。後は自力で何とかしますから。…お願いします』
そして、そこまで言った後、その声は突然、聞こえなくなった。
恐らくは、声の主が声を発する事を止めたものと思われる。
この声が常に聞こえる訳ではないのは、こうして休み休みに声を発しているからなのかもしれない。
フィノが探るような目でユウの目を見つめている。
今なら、気配を探ればこの声の主の居る場所も探れそうだ。
ユウはその気配を探ろうとして、その必要が無かった事に気が付いた。
声の主は確かに、神殿の地下、と言っていたからだ。
ユウは急いでもう一度、今度は少々強引にツォーナの頭に自分の頭をくっつけた。
『ツォーナ、教えて欲しい事があるんだ』
ユウのその突然の行為に、ツォーナは随分と動揺している様だった。




