木登り
反対側の森の中もメリン達のいた森の中とさほど様子は変わらなかった。
只一点、門から見てほぼ真横の位置に入った為、すぐ横にそそりたつように崖が迫っている、という点が違っている。
すぐ横に崖が見えているというのは、意外に圧迫感があったりする。
そんな森の中を、初め、ユウは全速に近いペースで走っていったのだが、少し走った所で、突然、立ち止まった。
目的地が近い事を感じ取ったのだ。
そして、そこから先は速度を落としてゆっくり歩いて行く事にする。
ユウの後ろにはアーダ、その次にルティナ、そして最後尾にフィノという順で一列になって歩いていくと、少しして、崖沿いに一本だけとても大きな針葉樹が生えている場所に行き当たった。
この辺りに生えている木は、ほとんど全てが広葉樹なので、その針葉樹は目立っている。
どうやら声の主の気配はこの針葉樹にあるようだ。
といっても、メリル達の時のように木の幹の中にある訳ではないらしい。
気配は遥か頭上にあるように感じられる。
この木は周りの木と比べると遥かに高く、ここから見るとその天辺はどのくらいの高さにあるのかわからない。
さすがにすぐ隣に見える崖の上までは届いていないようだが、見上げた感じは、崖の半分くらいにまで達しているようにも見受けられる。
周りの広葉樹は半分どころか四分の一にさえ達していないようなので、この森の木としては異常な高さと言えそうだ。
声の主の気配はそんな木の、恐らくはかなり上の方にある。
正確な位置についてはここからではわからない。
気配がほぼ真上にある事はわかるのだが、その気配は何やら少しぼんやりとしているように感じられるのだ。
それをはっきりさせる為にはこの木を登り、もっと近くまで行かなければならない。
立ち止まり上を見上げるユウのすぐ横を、状況を察したフィノが通り抜けて行こうとする。
その手をユウはギリギリの所で掴んで引き止めた。
「フィノ、先に行かないでいい。俺が行った方が良さそうだ」
「どういう事?」
「上手く表現できないんだけど、この声の主の気配はまるで靄がかかっているかのようにぼやけて感じられるんだ。もしかしたらまたどこかに匿われているのかもしれない」
「メリン達みたいに?」
「うーん、それとは少し違うみたいなんだよね。でも、近づけばわかるんじゃないかと思うんだ。だから、俺が行かないと…」
遠くにいた時はそんな風には感じなかったのだが、改めて良く探ってみると、この気配は何か薄いヴェールをかぶっているかのような、僅かにぼやけた感じがある。
なぜそんな風に感じられるのかはわからない。
なので、やはりユウが行く必要があるという事になるのだろう。
「わかったわ。じゃあ、皆で登りましょう」
フィノはあっさり頷いた。
そして、ゆっくりユウの方へ向き直る。
「なに?どうかした?」
「登るつもりなら、私が手伝った方がいいかと思って」
そう言うとフィノは、少し引き気味にしているユウの態度などお構いなしに、ユウの首の裏と膝の後ろにすっと手を差し込み、その身体を軽々と抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこと言うヤツだ。
抱く側と抱かれる側が逆ならば格好いいのかもしれないが、これではいかにも格好悪い。
「ちょ、ちょっと…」
「この木の下側には枝が無いから、登るのは大変だわ。だから、枝の上まで飛ばしてあげる。枝の上に乗ったら、少し待っていて。すぐに追いかけて行くから」
確かに、この木は根元から5m位の高さまでは枝が全く生えていない。
なので縄や紐を使うなどの工夫をしなければ登る事は難しそうだし、道具を使ったとしてもそれなりに時間がかかりそうだ。
等とユウがそんな事を考えているその間に、フィノはユウの身体を上に向かって勢いよく投げ飛ばした。
「うわーっ」
ユウの身体が急上昇を開始する。
ユウは物凄いスピードで近づいて来る一番下の枝に向かって腕を伸ばし、何とかその枝に手を掛ける事に成功すると、遠心力を使ってその枝の上へと降り立った。
降り立ったというよりは何とか引っ掛かったとでも言った方がいいような状況ではあったのだが、何にせよとりあえず一番下の枝に取りつく事には成功したという事になる。
そして、ユウが崩れた体勢を整えるべく枝の上でじたばたしているその間に、ユウのすぐ隣にアーダがふわりと浮き出るように湧いて出て、次いでルティナが飛んできたのをアーダが掴んで受け止めた。
ユウ同様、二人もフィノに投げ飛ばされて来たという事らしい。
尤も、二人ともユウよりも随分とスマートに飛ばされてきたようではあるのだが…。
そして最後に、フィノがするすると幹を伝って登ってくる。
ここから上は枝が密に生えているので、こんな事はしなくても枝を伝って登って行けそうだ。
ユウは、フィノが枝の上まで登って来るのを確認すると、ふらつく足を踏ん張って一つ上の枝へと手を掛けた。




